4 記憶喪失ってたいへんです。
ジーメオンとして生きた数千年はもちろん所詮記憶だから曖昧なところはあるものの、ある程度は思い出すことができる。
なのに、昨日ジーメオンがどうしていたかが思い出せない。
何をしていたのか、いつ寝たのかさえまったく引っかかるものがない。
一昨日の記憶もない。その前の日の記憶もない。
最寄りの記憶は、一週間ほど前で内乱の兆候を側近から聞いて対策を考えていたくらいである。この国は先代の魔王にして初代魔王であるヤザガエルが分裂する魔族を二百年かけて統一した国であり、まだ日が浅いため内乱の種は多い。
さらに言えば、ジーメオンとしてだけでなく、原口太一としての記憶もここ数日がないようだった。自分が死んだのか、寝ている間に異世界転生が起こったのかも思い出せなかった。
いったい何が起こったのか。
そもそも自分は本当に異世界転生したのか。
あらゆることが不確定で、何から悩めばいいのかさえわからず、悩む順番について考えていると、突然扉がたたかれた。
「よろしいでしょうか?」
俺は眉をひそめる。
よろしいわけがない。
確認の声から相手が誰かはわかった。
侍女のザビーネだった。ジーメオンはともかく原口太一としてはめちゃくちゃ好みの美人で、しかも巨乳だった。読者人気ランキングも魔族であるにもかかわらず五位に入っていた。ラスト近くでジーメオンに裏切られたもののそれでも一途にジーメオンを信じ続け、最終的にが最後の殻を破壊されたジーメオンが封印されるのを見るに忍びず、塔から身を投げて自殺した忠義の女子だ。『みかこん』に出てきたキャラクターの中でただ一人ジーメオンを本気で尊敬し、本気で忠誠を誓っていた人物だった。まぁ、確か百年以上生きている叡智族だったはずで、見た目通りの年齢ではないし、その彼女をさえ裏切ったということでジーメオンの不人気を決定づけた存在とも言えるが。
「あー、はい。ちょっとだけ待ってください」
「承りました」
さて、少しだけ猶予ができた。この間になんとか状況を整理しよう。今いるのは見たところ魔王城の西の塔。どういう理由で夜更けにここにいるのかはわからないが、ここが魔王城の西の塔であることはわかる。ずいぶん散らかっている。魔術によって新しい兵器を作ろうとしていたのか、武器や防具があちこちに転がっていて、きれい好きの俺としては気になるが、今はそんな余計なことをする余裕はなかったから諦めた。
この西の塔は強力な魔術の実験の場として使われており、普通はジーメオンを含めて誰も立ち寄らない。
なんでジーメオンがここに来たのかわからなければそれ以上何もわからないことだけがわかった。
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