30 酔い覚ましは突然に。
ゆらゆら左右に揺れながら数歩前を歩いていたエイリッヒも足を止め振り返る。
「どうされたのだ?」
「……いえ」
そう答えて歩き出す。その一瞬に魔力を細く周囲に飛ばして索敵は終えていたが、敵らしい敵が見つからなかったからだった。半径二百メートルに意識がある状態で存在しているのは酔っぱらいが三人と道ばたにうずくまる身体が不自由らしい物乞いが一人。彼らが俺たちに視線を向けるのは不自然ではない。何しろ、馬鹿でかいゴーレムとひょろりとのっぽの骸骨顔、さらに俺の背中には店で売ってもらった安物の服を着たまま眠りこけているザビーネが背負われているのである。どういう連れだろう、と疑問に思っても不思議ではなかった。ちなみに汚れた服を着替えさせたのは他ならぬ俺である。なるたけ見ないようにはしたが、もちろん見えた。仕方が無い。これはあくまで事故であるが、うん、とても美しかった。もう一度言うが事故である。でも最高に素晴らしい事故である。またザビーネを飲ませに行こう。
歩き出すとザビーネの巨乳が背中に当たった。これもまたやむを得ない状況である。
放っておくとすぐに首をもたげる邪な心を滅殺しながら薄暗い通りを歩いていて、突然俺が動いた。同時にエイリッヒも動く。
エイリッヒは酔ってゆらゆら歩いている姿が嘘であったように思いがけない早さの動きで右手を振るった。
かつん、とエイリッヒに向かって飛んできた何かが弾かれて道の横の壁にぶつかった。
そのまま地面に落ちたのは投擲用の鍔がない短剣だった。暗殺用なのか刀身が黒く塗られていた。
一瞬で酔いが醒めた。
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