21 宰相様は酒を飲む。
その日の夜、俺はヤザットのとある場所にエイリッヒとともにいた。
魔族の王都であるヤザットは、初代魔王ヤザガエルの名前から採られている。ジーメオンが殺した魔王だ。
人口は三十万ほど。決して豊かな街ではないが、それは魔族が棲むイリシア大陸に原因があるためだ。とにかく厳しい環境なのだ。気候は寒冷でしかも魔獣と呼ばれる知性を持たない危険な獣がいて、餌となり得るあらゆる生き物を襲うのである。ちなみに知性を持たない、というのはこの場合『魔術を使用できない』と言う意味である。魔族にとって知性とは、魔獣と差別化するための要素であり、それは魔術そのものなのだった。
そんな地方であるから、頑健な魔族であっても生きるのは辛い。人間に比べれば個体の能力が極めて高い魔族が長らく国家を成立させ得なかったのは、それだけの余裕がなく生き延びることに必死だったためだ。
そしてどんな過酷な環境であっても戦時下であっても知性あるものにとって娯楽は必須で、魔族にとって娯楽とは歌と飲食だった。
当然、ヤザットにも歌と飲食を楽しめる居酒屋はあり、そしてそれは深夜であっても賑わっている。
そんなわけで、魔族特有の酒精が異様に高い透明な蒸留酒キッネを朝まで楽しめる『死ぬまで飲む亭』の一角に、俺とエイリッヒとザビーネがいたのだった。
当然のことながら全員、変装している。
アダマンタイトむき出しのエイリッヒは誰がどう見てもアダマンタイトゴーレムであり、アダマンタイトゴーレムはレアだから、鋼族の長の身分がばれかねない。八大魔族の長がいるとばれれば騒ぎになること必定だ。だから野戦用の迷彩塗装を施していて、今は見た目はやけにデカいただのサンドゴーレムになっていた。
ザビーネもメイド服のままだと変態か馬鹿か、あるいは連れが変態かのいずれかに思われてしまうため、頼み込んで普通の格好をしてもらった。ザビーネにとって普通の格好とはこの寒空の下、なぜか露出度がかなり高めの代物で、ようやくこれで連れがただのちょっとした変態というくらいですむだろう。
実はジーメオンの変装が一番必要なかった。ジーメオンは極悪な宰相として名をとどろかせているが、贅沢や華美とは縁遠く、飾りらしい飾りは両手の指にはめた無数の指輪くらいであるため、いつも着ている灰色のフードを頭から被るだけで事足りた。ちなみに指輪は魔法詠唱用であり、実用品である。
すでに飲み始めて一刻ほど経っており、エイリッヒはなぜか床に直接あぐらをかいて、つまみが置かれた木皿とやはり木で作られたコップも床に置いて落ち着いている。
ザビーネは席についてコップを前にぴんと背筋を伸ばしたまま身じろぎもしない。
二人は完全に酔っていた。
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