1 宰相ジーメオンの困惑。
2022年、一世を風靡した、『勇者ミカエルの困惑』はもともと作者である串本ニワギが2020年にウェブサイトに公開した小説で、それが商業出版され、ベストセラーになり、さらにアニメ化もされ、最終的には劇場アニメも公開された。
小説全六巻のストーリー本編すべてはTVアニメで消化されており、完全新作をうたわれた劇場アニメはとってつけた感が強くかなり微妙だったが、六巻で完結した小説とアニメのテレビシリーズの傑作っぷりは少しもスポイルされず、主人公のミカエル・ラインハルトとヒロインの魔王ハインリーケは人気キャラランキングで今もぶっちぎりの一位である。ミカエルに至ってはとある理由で主人公ランキングとヒロインランキングの双方に入っているという状況だ。
一方、『勇者ミカエルの困惑』に最凶の悪役として登場する悪の宰相ジーメオンもアニメ終了から一年たったにもかかわらず、嫌いなキャラクターランキングで今なお最上位なのだった。
魔王ハインリーケをゴミのように扱っていた以外にも、人類に対する根源的な敵意、骸骨のような痩せぎすの身体に、うつろな目、乱ぐい歯とビジュアルも最悪で、さらにジーメオンは魔王ハインリーケの側近にもかかわらず彼女を裏切って私利私欲のために戦争を進めていた、という鬼畜っぷりで、死ぬ間際の「私がこの世界から消えるのは何かの間違いでしょう。この運命を修正をしなければなりませんね」は彼の異常さを表す名台詞として語り継がれている。
ちなみに『勇者ミカエルの困惑』の中身はありがちな異世界転生もので、名もなき兵士の息子に転生したOLが、聖剣によって勇者ミカエルとなり、魔王軍と人類軍が全面戦争している世界で、事情も分からずジーメオンによって神輿に担がれていた魔王と仲良くなって、魔王軍とも人類軍とも異なる第3軸の勢力を作って行くという内容である。転生した先は男子なのでTS要素もあり(これが主人公とヒロインの二つのランキングに入っている理由である)、魔王である美少女ハインリーケとの百合要素もあり、エロさについてもとても奥深いものだった。
日本の平凡なサラリーマンだった俺は『英雄ミカエルの困惑』が『みかこん』と呼ばれていたウェブサイト時代からのファンなのだった。当然、単行本もTVアニメのディスクもすべて購入、酷評された映画さえ特典ほしさに七回見ており、スーパーマニアだった。上級信者だった。仕事が忙しく布教活動さえしてなかったが、最初期からいるわけで、信者の中でも最上位、使徒と呼ばれてもおかしくないレベルだった。
そんな俺が、朝起きたら、異世界にいたときの驚きを想像して欲しい。
そう、俺はいつの間にか、ファンタジーの世界にいた。
低かった身長が体感で二メートルになっていた。
毎晩の晩酌のビールのせいで出っ張り始めていた腹がへこんだだだけではなく全般的に痩せぎすになっていた。
『特徴が無いのが特徴だよね。新橋の街頭ニュースの時に後ろを歩いているサラリーマンに五十人くらいいそう』と同窓会で言われた平凡な顔が、一目見たら忘れられない骸骨顔になっていた。
二十八歳、先輩からは従順な奴隷として扱われ、後輩からはめんどくさいことを押しつけられる便利な奴と思われていたサラリーマンがなっていたのはどう見ても『みかこん』最凶最悪の嫌われ者--悪の宰相ジーメオンだった。
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