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キャメロットの令嬢と不思議な本

 ───湖と虹の都キャメロット。そこに佇む白銀の城、名は都市名と同じくキャメロット。この国は、いや世界は今、混乱の只中にあった。マーリンと名乗る悪しき魔法使いの出現である。マーリンは魔獣と呼ばれる獣を操り人々を襲う。人々は皆、マーリンに恐怖していた。

 そんな彼らを守護するのがキャメロットの騎士団である。騎士団の力は絶大で、マーリンも中々手を出せないのか、この都の中は平穏そのものであった。

 噴水の水しぶきが瞬くように輝く一室。ガラス窓からは朝日がキラキラと入り込み、天使のヴェールのようだった。ここは彼女のお気に入りの場所。人の出入りもあまりなく、水の流れる音と、かすかに聞こえる風の音だけ。真っ白な机にティーセットを置いて、真っ白な椅子に腰掛ける。


 「おまたせユーサー、ごめんなさい今日は少ししか古本がとれなかったの。」


 彼女の名前はモルガン。このキャメロット城に住まう令嬢の一人。騎士団の一人であるランスロット卿と婚約を結んでおり、いずれはこの城の社交界の中心を担うことになるであることが約束されていた。

 ただし、彼女には性格的な問題がある。内向的で本を読んでいてばかり……父や母は彼女のそんな性格を直そうと様々なことに誘うが結局、本に帰結した。

 彼女は本の世界を愛していた。現実にはない夢物語に強い憧れを抱いていた。彼女にとっては本が友人なのだ。


 「しけてんな、写本でも良いってんのに。というかなんだこれ?恋愛小説じゃねぇか、こんなもん食わせるな。」

 「ユーサー、恋愛小説だって良いものよ?きっと気にいるから。あなたはいつも真面目な本ばかり。たまにはこうして夢物語を楽しむのも素敵だと思わない?」


 彼女には不思議な友人がいた。文字どおり本の友人。名前をユーサーと呼ぶらしい。城の古い本棚で偶然見つけた、喋る本。彼女にとってそれはまるで神様が用意してくれた友達のようだった。

 更にユーサーには不思議な力がある。その口で本を食べることで、食べた本の内容を理解するのだ。彼女はその力を知ってひどく喜んだ。お気に入りの小説を語り合える友人ができたのだから。


 「ん……うーむ……甘ったるいな。このマリーってやつは結局どうしてクレイスではなくカインを選んだんだ?クレイスの方がいい男だろう。」

 「それはねユーサー、マリーはカインの心の内と背負っているものを知ったからよ。確かにカインはクレイスと違って何も持たない、でも人としての魅力はそれだけで決まるものではないの。」

 「いや、しかしクレイスの奴だって見どころが……。」


 いつもの光景。食べさせた本の内容を語り合う至福の一時。本の虫である彼女にとって、ユーサーはかけがえのない大事な友達だった。


 「そうだユーサー、美味しい茶葉を手に入れたの。とても希少なのだけど、とても美味しくて。貴方も気に入ると思うわ。一口いかが?」

 「いや、いらねぇよ。俺、本だぞ?そんなもの飲んだらふやけてしまう。」


 もっとも彼?が本であることには変わりなく、食べるものも古本だけ。折角のお茶を勧めても無下に断られてしまい、しゅんとした気分になる。


 「姉さん、やっぱりまたここに……父さんが呆れていたよ。いつも一人でいるのは困ったものだって。」


 声のした方向に振り向くとモードレッドが立っていた。彼女の実弟である。彼もランスロット卿と同じく騎士団に所属している。


 「姉さんが本好きなのは分かるけどね、駄目だよいつも一人でいちゃ。せめて家族を……僕を頼ってくれ。」


 ユーサーのことは家族にも秘密にしている。喋る本。それは学術的価値観で見ると極めて珍しいものに違いないからだ。恐らくは学院に連れて行かれる。モルガンは自分の大切な友人を失いたくないがために、家族にもユーサーのことは秘密にしていた。


 「もう、そんなこといって貴方は姉さんに甘えたいだけでしょう?まったくいつまでたっても子供なんだから。」


 図星だったのかモードレッドは顔を赤くして否定する。

 もっとも意地悪を言ったが彼女はモードレッドに対して悪い感情を抱いていない。大切な弟というのもあるが、自分の趣味を理解してくれようとしてくれている。父や母と違い、自分と寄り添うことを選択してくれた。

 今もこうして必死に読んだ本の話をする。ユーサーと違って拙い言葉で、とても本を完全に読んだものとは思えないのだけど、それが微笑ましくて、何よりも苦手なのに私のためにここまでしてくれることがたまらなく嬉しかった。


 「あぁ、そうだ姉さん。ランスロットの奴が呼んでいたよ。今日は舞踏会だからね。姉さんを一応呼ばないと婚約者として顔が立たないんだろう。」

 「もう、そんな言い方したら駄目よ。貴方はいつもランスロットの話になるとそんな態度。義理の兄になるのだから仲良くしないと。」

 「……僕はあいつのことが嫌いだよ。姉さんのことなんてどうせ、箔付けにしか思っていない。」


 モードレッドは目を伏せ、部屋から立ち去っていった。いつまでも姉に依存するわけにはいかないだろうに……弟の姉離れを願いつつ、彼女は仕立て室に向かった。ランスロット卿に会うための、舞踏会のための衣装に着替えなくてはならない。


 「あ、エレイン。貴方も今日は舞踏会に参加するの?」


 仕立て室に向かう途中、エレインと出会う。小さい頃からの友人で、内向的な私を何度か助けてくれた。今日の舞踏会も彼女まで一緒になって勧めてくるからだ。


 「モルガン……そうね。貴方はランスロット様のお付きで参加されるの?」

 「えぇ、乗り気ではないのだけれど、二人に根負けしちゃった。そんなことよりも、今朝はどうかしたの?ほら、この間に約束したお茶会の話。素敵なお茶を振る舞いたかったのに。」

 「ごめんなさい。ちょっと所用があって来れなくて。空きが決まったら連絡しますわ。それではご機嫌よう。」


 会釈をしてエレインは立ち去っていった。


 「おい、お前ひょっとして今朝俺に振る舞おうとしたお茶って……。」


 周囲に人がいないことを見計りユーサーは呆然と立ち尽くす私に話しかける。


 「エレインも大変なのね、私のように呑気に暮らせるのは恵まれているのかも。」


 今度こそ仕立て室へと向かった。早くしないとランスロットに怒られてしまう。


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