騎士と魔法使い
むさ苦しい死の臭い、漂う硫黄と死臭。散らばるは数多の骸。
悪趣味とも言える髑髏の山が、まるで装飾品のように飾られ、臓物は散らばり腐肉獣達が我先にと奪い合う。
この世の地獄、否、これは紛れもない現実。悪魔に魂を売った哀れなる男が作り出した異界。
「貴様の悪趣味もここまで堕ちたか。」
一人の騎士は立ち塞がる。その男を斃すために。屠るために。男はローブを身にまとい、姿の大半を隠している。
顔くらい見せたらどうだ。そんなことを思いながら、騎士は武器を構える。盾はない。両手剣一つ。選定の剣。魔人に堕ちた彼を救うために握りしめた剣。
男は浮遊する。そして手を前に突き出すと、その手は歪に変形していく。それはまるで竜の口のようだった。瞬間熱波を吹き飛ばす。竜の吐息。超高熱のそれは大地を溶かし、灼熱の世界へと変貌させる。
だが騎士は倒れない。倒れるわけにはいかなかった。
「よもやそこまで魔人化が進んでいるとはな。」
剣を振るう。鈍い金属音が響き渡る。生物を切り裂く音ではない。爪。まるで重く冷たい金属の爪である。同じだ。手の一部が変形し、竜の爪と変貌している。
だが騎士は手を緩めない。例え魔道に堕ちようとも、例え魂までもが狂気に蝕まれたとしても、あの時、確かにこいつは俺の名前を叫んだ。こいつは、こんな姿になっても尚、人の意識があるのだ。
重心を低く、距離を詰める。追撃をやめない。一撃一撃が確実に決まる渾身の一撃。それを男は全て捌く、避ける、払う。
まるで、まるで二人きりでいつまでも踊り続けるワルツのように。
鈍い金属音が響く。返しの一撃が弾かれる。一撃、二撃。思えばこのようなやり取りをしたのはいつぶりか。いつからか。このようなことになってしまったのは。
故に引導を渡さなくてはならない。彼が、人間である内に。それが俺の使命であるのだから。騎士である以前に、友として。
騎士の剣が男のローブをついに引き裂く。露わになる姿。そこには最早、面影は無かった。魔道に堕ちたその肉体は奇妙な痣と腫瘍に包まれ、おおよそ人間のものとは思えない数の目玉、異形と成り果てた両腕。
背中が膨れ上がる。肩甲骨が肉を突き破り露出する。そして両腕と同じようにそれは変形、肥大化していった。
それはまるで翼。龍の翼だ。男は竜に堕ちようとしている。
「それでも……それでも俺が貴様を倒して見せる。それがお前の友としての宿命だからだッ!!マーリンッッッ!!!!」
男は友の名を叫び、魔竜へと駆け出す。両手には選定の剣を持って。かつての友に引導を渡すために。