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美少女名探偵☆雪獅子炎華 (7)ラブソング

作者: 夢穂六沙

   ☆1☆


「首吊りをした女性の遺体は、もう回収してしまった。というわけね、鬼頭警部?」

 鬼頭警部が首肯する。

 別荘の内部では数人の捜査員がせわしなく室内を捜査している。

 入口の玄関を入ると豪華なリビングが広がり、壁に古風でモダンな造りの壁掛け電話が目につく。

 リビングの奥に二階に通じる階段があり、階段を登りきった手すりから太いロープが垂れている。

 炎華が瞳を細め、

「ふうん。あそこに女性がブラ下がっていた、というわけね」

 鬼頭警部が厳めしい顔つきで、

「警察では自殺と事件の両面から捜査中なのだ。が、少なくとも、子供に見せられるような現場ではないのだ。遺体は鑑識に回したあとなのだ、炎華くん」

 炎華がリビングの豪奢なソファに腰かけ、

「死体の一つや二つ、どうという事もないけど、まあいいわ。それで、事件性がある場合、その容疑者の目星は付いているのかしら?」

 炎華が我輩を膝の上に乗せ、背中を優しく撫でる。

 少しヒンヤリとした指先が心地良い。

「容疑者は二人、一人目は第一発見者の間宮大二郎、この別荘の管理人なのだ。二人目は、死んだ金満文子の大学時代の友人、志村武志なのだ。管理人と一緒にこの部屋に入ったのだ」

「二人が容疑者になる根拠は何かしら?」

 鬼頭警部が重々しく、

「リビングのテーブルには二対のティーカップがあったのだ。ティーカップの一つは金満文子の指紋が付いていたのだ。もう一つには、残念ながら手を付けた痕跡が無いのだ。つまり、犯人は金満文子に近い人間と考えられるのだ」

 炎華がそっけなく、

「その可能性はあるわね」

 鬼頭警部が続けて、

「それと、遺体の足元の床に、この部屋の鍵が一つ落ちていたのだ。他にも同じ場所に、こんな物が落ちていたのだ。よく見てほしいのだ」

 言いながら鬼頭警部がたたまれた扇子を広げて見せる。

 炎華が目を凝らし、

「扇子ね。それに筆ペンで、何か書いてあるわね」

 我輩も扇子に目を通す。

 そこには、流麗な筆使いでこう書いてある。


  愛してる

  あなたへの愛無駄にしない

  アイラブユー

  会いたいのにいつもすれ違い

  さあ行けとあなたは言うけれど忘れない

  愛してる


  星は愛の下に(震える書体で追記)


「最後の一文『星は愛の下に』は、ボールペンで慌てて書いた様子ね。文字が震えているわ。なぜ、こんなに乱れているのかしら?」

 鬼頭警部が首をヒネる。

 我輩は炎華の膝の上でダランと身体を伸ばし、死体のポーズを取る。

 炎華が我輩の意図を察し、

「そうね、ユキニャン。これは、ダイイング・メッセージよね。最後の一文がメッセージを解くカギになっているわ」

 鬼頭警部が降参したかのように、

「ワシにはただのラブソングにしか見えないのだ。炎華くんには、その暗号が解けるのかね?」

 炎華が悠然と、

「わけもないわね、もう解けたわ。だけど、ダイイング・メッセージ自体が、何らかのフェイクの可能性もあるわね。ここは慎重に、まずは一人目の容疑者、管理人の間宮大二郎と話をするべきね。呼んで来てもらえるかしら?」

 鬼頭警部が卑屈な調子で、

「その~、ダイイング・メッセージの答えのほうは?」

 炎華が鋭く、

「今は教えられない、と言っているのよ」

 鬼頭警部がハフと嘆息し、

「仕方がないのだ。そういう事なら、まずは管理人の間宮大二郎をすぐに呼ぶとするのだ」

 炎華が間髪入れずに、

「それと、この事件は自殺ではなく、他殺の線で捜査すべきね。そうしないと、犯人の思うツボよ」

 鬼頭警部の瞳が鋭く輝く、

「殺人事件か! 分かったのだ、炎華くん。君の言う通りにするのだ! 捜査員にはそのように伝えるのだ!」

 そう言い残し鬼頭警部がリビングから退室する。

 やや間を空けたのち、間宮大二郎を連れて再びリビングに戻って来る。

 厳しい取り調べを受けるのか? と、オドオドした様子の間宮大二郎が、豪奢なソファに埋もれて座る炎華を目にした瞬間、驚きを隠さず、困惑に満ちた顔つきをする。

 無理もない、炎華は小学生にしか見えない。

 天地を揺るがす絶世の美少女とはいえ、ただの少女に過ぎない。そして、

 我輩は飼い猫である。

 名前は、

 ユキニャン。

 探偵であるゴスロリ少女、雪獅子炎華の相棒を務め、探偵の真似事をしている猫探偵である。


     ☆2☆


 管理人の間宮大二郎は六十がらみの頭のハゲたショボいジイサンである。

 牛乳瓶の底みたいな黒縁の眼鏡を、落ち着きなく弄りながら炎華の質問を待つ。

 炎華が目の前のソファに座った管理人に向かって尋問を開始する、

「あなたが金満文子の首吊死体の第一発見者、別荘の管理人の間宮大二郎ね。どういった経緯で金満文子の別荘に行ったのかしら?」

 管理人が牛乳瓶の底みたいな眼鏡の下で瞳をキョトキョト落ち着きなく動かしながら、

「あ、あのう、そ、それはですね、あたしはそのう、金満文子さんから、メ、メールを頂きまして、そのう、別荘の電気がつかない、故障した。というメールでして、とりあえず見に来てくれ。と、そう書いてあったわけでして、すぐさま駆けつけた次第でございます。はい」

 炎華が尋問を進める、

「管理人が現場に向かった時、別荘の扉の鍵は掛かっていたのかしら?」

 管理人が慌てて、

「そ、それは無論、掛かっておりましたとも。あたしが扉をノックしても、一向に扉が開く気配が無かったので、仕方なく、あたしが持ってきた合鍵を使って別荘に入ったんです」

 炎華が質問を投げかける、

「窓は閉まっていたのかしら? つまり、密室だったかどうか? という事よ」

 管理人が首肯し、

「ええ左様で、密室でした。窓も閉まってました、あの別荘の外に通じる扉は玄関だけで、他には無いですからね」

 炎華が話を即す、

「室内に入ってからどうしたのかしら?」

 管理人が話を続け、

「は、はあ、ともかく玄関から入ろうとした、ちょうどその時に、金満文子の知り合いで、今日、会う約束があって来たと言う青年が現れました」

 炎華が鋭く、

「志村武志ね。管理人は突然、現れた男を怪しいとは思わなかったのかしら?」

 管理人が取り繕うように、

「以前、金満の奥さんと彼が、何度か一緒にいる所を見かけた事がありまして、その、はい」

 炎華が納得し、

「それで、管理人は志村と一緒に別荘に入った、というわけね」

 管理人が頭を上下して首肯する。

「は、はい。左様で、そういった具合でして、別荘に入りました」

 炎華がリビングをながめ、

「その時の、部屋の状況はどうだったのかしら?」

 管理人が牛乳瓶の底のような眼鏡をかけなおし、

「は、はあ、それが、玄関から入ると、広いリビングがございますよね、その奥に二階へ通じる階段がありますが、そ、その階段を登りきった手すりからロープが垂れていまして、そ、その下に、く、首を、つ、吊った、じょ、女性の……」

 炎華が冷ややかに、

「金満文子の首吊死体があった、というわけね」

 管理人が、その時の光景を再び思い出すかのように怯え、

「さ、ささ、左様でして、そ、その通りでございます。お嬢さん」

 管理人が額の冷汗をハンカチでぬぐう。

 晩秋にもかかわらず、事件現場を思い出すと冷や汗をかくのだ。

 炎華が続ける、

「遺体の周囲には何かあったのかしら? たとえば、争った跡とかよ」

 管理人が首を振り、

「い、いえ、そんな、争いごとが起きたような感じはありませんでした。ほ、本当に、自殺のようにしか見えませんでした。そ、そうだ、その金満文子さんの遺体の下、床の上に、別荘の鍵が一つ落ちていました」

 炎華が小首をかしげ、

「志村は現場に入ってから何をしたか分かるかしら?」

 管理人の言葉がつまり、

「そ、それが、そのう……」

 炎華が追及する、

「隠し事をしても後でバレるわよ。素直に話したほうが身のためよ」

 管理人が観念したように、

「じ、実は、か、鍵を……落ちていた鍵を、確かめようとして、つい、触ってしまったのです。ですが、それを、彼にいさめられまして、げ、『現場の物は何一つ触っちゃ駄目だ』と、『現場保存の法則に反する』と、そ、それで、あたしは手を引っ込めながら『いえ、まだ触ってませんです、大丈夫です』と、とっさに嘘をついたんです。め、面目次第もございません」

 恐縮する管理人に対し炎華が、

「それはたいした事じゃないわ。それより、志村は現場保存の法則を知っていたということ? ミステリーが好きなのかしら? それで、その後どうしたの?」

 管理人が息せき切ったように、

「か、彼は、あたしに警察に連絡するよう指示をしました。む、無論、管理人として当然の行為ですので、あたしは即座に警察に通報しました」

 炎華が壁掛け電話に目を向け、

「管理人はそこの壁掛け電話で警察に通報したのかしら? 志村はその時、何か言っていたかしら?」

 管理人が不意をつかれたように、

「そ、それは、た、確か、あたしが携帯で電話を掛ける前に『壁掛け電話の方が、警察が逆探知して、この別荘を特定しやすいから、それで掛けて下さい』とか言いましたね。あたしもそれを聞いて、なるほど、と思い、自分の携帯をしまって、別荘の壁掛け電話で警察に通報したんです」

 炎華が冷淡に、

「管理人は警察に通報する時、壁を向いていたから、その間、志村の動きを見ていない、というわけね」

 管理人がキョトンとしながら、

「さ、左様ですが、そ、それが何か?」

 炎華が肩をすくめ、

「別に、何でもないわ。それはともかく、メールに書いてあった電気故障は本当に起きていたのかしら?」

 管理人がシドロモドロに、

「い、いえ、それが、電気故障などまったくありませんでした。メールはデタラメだったんです」

 炎華が澄んだ瞳で管理人の間宮大二郎を見据え、

「そうでしょうね。話は変わるけど、金満文子はティーカップを二対用意していたわ。彼女はその一つに指紋を付けていた。事件の前に管理人さんが金満文子に呼ばれてお茶を出された、という事はないかしら?」

 管理人が血相を変え、

「そ、そんな! 滅相もない! あたしゃ管理人としての務め以外で、住人の方と親しく付き合うなんて真似は決してしませんよ! まして、そんな恐ろしい事件の前に会うなんて、あり得ない話でして、はい!」

 炎華が扇子を取り出し、

「この扇子に見覚えはあるかしら? 亡くなった金満文子の足元の床に落ちていた扇子よ」

 管理人が扇子を凝視し、

「は? 何ですか? それは、晩秋のこの涼しい時期に扇子なんて、おかしな話ですね。ああ、でも確か、鍵に気を取られていたけど、そんな物が落ちていたような気がします。はて、扇子に何か書いてありますね? ラブソングか、何かですか?」

 管理人の一挙手一投足を見守っていた炎華が微笑し、

「もういいわ、管理人の間宮大二郎さん。質問は終わりよ」

 間宮大二郎が退室する。

 一部始終を見守っていた鬼頭警部が炎華に声を掛ける。

「合鍵を持っていたのは、あの間宮大二郎だけなのだ。別荘の扉も窓も全部、閉まって密室だった事実は、志村武志も証言しているのだ。となると、間宮大二郎が金満文子と事件前に会い、お茶を出されたあと金満文子を絞殺し、その後、被害者を首吊死体に偽装したあと、外に出てから合鍵で扉を閉めて密室にした、という線が考えられるのだ」

 炎華が滑らかで華奢な指先を突き合わせ、まだ垂れ下がっているロープをにらみながら、

「結論を急ぐ必要はないわ。次は志村武志の話を聞きたいわね」

 鬼頭警部が鷹揚に手を振り、リビングの隣室で重要参考人として待機させている志村武志を呼び寄せる。

 炎華が我輩の頭を撫でながら編み物でもするような調子で、

「さて、ユキニャン。謎の大部分は解けたけど、まだ扇子の謎が残っているわね。志村武志がどんな証言をするのか、楽しみだわ」

「ウニャンッ!」

 我輩は炎華の聡明さを賛美した。


     ☆3☆


「あなたが志村武志ね。事件現場に二番目に到着した、と管理人の間宮から聞いたわ」

 志村武志はリラックスした調子で、

「うん、そうだよ。小さなゴスロリ少女ちゃん」

 炎華が志村武志を睨み、

「炎華よ。雪獅子炎華……探偵よ」

 志村武志が吹き出しそうになりながら、

「じゃあ、名探偵炎華ちゃん、クスクス。ぼくに何が聞きたいのかな? ぼくが知っている事なら何でも話すよ。でも、もうとっくに知れている事だけだと思うけどね、クスクス」

 完全に炎華を馬鹿にしている。

 炎華は気にも留めずに、

「第一に、なぜ志村はあの場所にいたのかしら?」

 志村武志がアクビをしながら、

「彼女から、フミちゃんからメールが届いたんだよ。すぐ来てくれってね」

 鬼頭警部が首肯し、

「確かに志村のスマホには亡くなった金満文子からのメールが届いているのだ。時刻は午前八時半なのだ。ちなみに、管理人にメールが届いたのも、ほぼ同じ時刻なのだ」

 志村武志がボンヤリした顔つきで、

「別荘に着いたのは九時ごろだったかな? 管理人さんがドアを開けていたんで、そのまま一緒に入ったら、リビングの奥の二階に続く手すりからロープが垂れていて、フミちゃんがブラ下がっていたんだよね。その下で何か遺留品に触れようとした管理人さんに現場を荒らしちゃ駄目だって叱って、とにかく、管理人さんなんだから、警察に通報しなよって、急かしたんだ」

 炎華が強調するように、

「壁掛け電話を使うように指示したわね」

 志村がニッコリ笑って、

「固定電話の方が逆探知しやすいでしょ」

 炎華が表情を変えずに、

「詳しいわね」

 志村が世間話でもするように、

「ぼくミステリー好きなんだよね」

 炎華が切り込む、

「志村は金満文子の首吊死体を見ても驚かなかったのかしら? 随分と手際の良い対応だわ。普通の人間なら、そんなに冷静ではいられないはずよ」

 志村が心外だと言わんばかりに、

「最初にフミちゃんの変わり果てた姿を見た時はショックだったよ。相当混乱したさ。だけど、とにかく、その時は必死になって、冷静になるよう努めたんだ。悲しんでる場合じゃないってね」

 炎華が澄んだ瞳で志村を見据え、

「金満文子はティーカップを二対用意して、その一つに指紋を付けていたわ。事件の前に志村が金満文子に呼ばれてお茶を出された、という事はないかしら?」

 志村武志が考え深げに、

「二対あるのなら、もう一つのカップに指紋とかは付いてないのかな? 警察なら、すぐに特定出来そうな気がするけど。えーと、たぶん、そいつが、その時のお客でしょ、あっ、ちなみにぼくは呼ばれてないよ。フミちゃんとの縁はとっくに切れてるからね、お呼ばれするはずがないよね」

 炎華が夢見るような瞳で独り言を呟く。

「そうね。私が間違っていたわ。現場に荒らされた形跡がなく、金満文子のカップには指紋を付けた跡があった。そのせいで、金満文子は客のためにお茶を用意した、と安易に考えたのだけれど、それだけではなかった、という事ね」

 志村武志が首をヒネる。

 炎華が扇子を取り出し広げて見せ、

「この扇子だけど、何か知っているかしら? 亡くなった金満文子の足元の床に落ちていたわ」

 志村武志が瞳を輝かせ、

「ああ、これなら知っているよ。ぼくとフミちゃんは五年前の大学時代に、ミステリー研究会に所属していたんだ。真夏の猛暑日に部室でフミちゃんが、扇子を振っていた時に、何の気まぐれか知らないけど、急に扇子にラブソングを書きつけたんだよね」

 炎華が首をかしげ、

「となると、金満文子はこのラブソングを誰のために書いたのかしら?」

 志村武志が戸惑いながら、

「フミちゃんがそれを最初に見せてくれたのは他ならぬ、ぼくだけど……そう言えば、扇子を渡す時に変な事を言っていたっけ。『愛する人は、愛の下にいるのよ』って。ぼくには、その時フミちゃんが何を言っているのか、さっぱり分からなかったけど……」

 炎華が扇子を見つめ、

「震える書体で書かれたラブソングの最後の一文。『星は愛の下に』と、似ている一言ね。それはともかく、このラブソングは最初、志村のために書かれた、という事でいいのね」

 急に志村の顔が曇る。

「それはどうかな? 結局、フミちゃんは、その扇子を金満文男にプレゼントしたからね」

 炎華が無表情に、

「文子の現在の旦那ね」

 志村が落胆しながら、

「そう、つまり、ぼくはフラれたってわけさ。こんな思わせぶりなラブソングを披露されたあとにね。とんだ当て馬だよ」

 炎華が鋭く、

「大学時代の志村は文子の事をどう思っていたのかしら?」

 志村が笑う、

「あは、そんな事まで聞くのかい? お人形みたいに澄ました顔のゴスロリ少女、名探偵炎華ちゃんは? 意外とツッコミが厳しいんだね」

 炎華が冷たく、

「事件を解くためよ。質問の仕方が良くなかったわね。志村は文子が好きだったのかしら?」

 志村が喉の奥で笑いをこらえ、

「クスクス、今度はストレートにきたね。そうだなあ、それは、その……フミちゃんを嫌いになるような男は、多分いないと思うよ。フミちゃんは、信じられないぐらい、とっても魅力的な女性だったからね」

 炎華がさらに追及する、

「志村は金満文男に文子を取られて嫉妬したのかしら?」

 志村が少し暗い瞳で炎華を睨み、

「そう、だね……そうかもしれないね」

 険悪な空気を一掃するように鬼頭警部が告げる。

「二人とも質疑応答中に悪いのだが、金満文子の旦那、金満文男が、出張中の隣町から、この別荘に車で到着したのだ。とりあえず、旦那にも事件の経緯を説明するのだ。志村への質疑応答はこれで一旦中止するのだ。それで良いかね、炎華くん?」

 炎華が首肯し、

「私から志村に対する質問は、もうほとんど無いわ、ただし」

 鬼頭警部が炎華の意図を察し、志村を別荘に引き留める、

「なら決まりなのだ。志村君は別の部屋でお待ちして下さると助かるのだ」

 志村武志が茶化すように、

「あは、軟禁ってわけ? ぼく、何か疑われるような事をしたかなあ?」

 志村武志がリビングを出て行く。

 鬼頭警部が、

「志村は金満文男に対してかなり嫉妬心を抱いているのだ。しかし、まずまずの好青年なのだ。そもそも、別荘に入るための鍵を持っていないのだ。まあ【白】で間違いないのだ」

 我輩と炎華はジト目で鬼頭警部を見つめ、

「鬼頭警部はお気楽ね。まあいいわ、旦那の金満文男の話も参考までに聞いておこうかしら」

 鬼頭警部の頭の上には多数のクエスチョンマークが渦を巻いている。

 が、ともかく車に待たしている金満文男を呼びに行く。


     ☆4☆


 金満文男はひょうたん顔の冴えない男だった。

 金満文男が甲高い声で、

「ええ、ええ、何故こんな事になったのか? ミーにもサッパリ分からないざんす。寝耳に水って奴ざんす。家内には、ミーなりに良くしてやったつもりなんざんすがね」

 炎華が呆然としながら、

「まさしく出っ歯の、ひょうたん! その物って感じの旦那ね」

 金満文男が目を丸くし、

「えっ! 何ざんすか?」

 素っ頓狂な奇声を上げる。

 炎華が我輩につぶやく、

「ユキニャンは私の言っている事が分かるかしら?」

 我輩は炎華の問いに対し、

「ニャニャミ、ニャー」

『中身無し』と答えた。

 炎華が我が意を得たり、とばかりにニッコリ微笑み、

「その通りよ、ユキニャン。空っぽ、って意味ね」

 青瓢箪が赤瓢箪になり、

「あ、あのね君たち、君は猫と話がしたいざんすか? それともミーとざんすか? どちらかに決めて欲しいものざんす!」

 炎華が居住まいを正し、

「冗談はさておき、どう考えても釣り合わない美しい女性と結婚して、さぞかしラッキーだったわね。どういったご縁かしら? 当然お金よね」

 金満文男が当惑顔で、

「それは、事件と何か関係があるざんすか!」

 炎華が大真面目に、

「大ありよ。この事件は他殺事件なのだから、犯人の動機を知るためには、金満文子の事をもっとよく知る必要があるのよ。旦那のあなたなら、色々と知っているでしょう」

 赤瓢箪が青瓢箪にサッと変じ、

「まっ、まさかっ! 家内は自殺したんざんしょう! 現場の状況からいって、そのはずざんす! 二階の手すりからロープを掛けて首を吊るなんて、自殺以外にないざんすぅ!」

 炎華が詰問する、

「金満文子に自殺する動機があるのなら教えてほしいわね」

 金満文男の言葉が詰まる。

「そっ、それは、そのざんす……」

 わけありの沈黙である。

 炎華がさらに、

「金満文子はあなたとの結婚生活に不満があったのかしら?」

 青瓢箪が赤瓢箪に変じ、

「そっ、そんな、プライベートな事まで聞くざんすか! おフランス人形さんみたいな小娘の分際で、いい加減にするざんす!」

 炎華が蔑みの表情で、

「あなたが話さないなら、私が推理してあげましょうか? 金満文子は本当は志村武志が好きだった。だけど、世界有数の巨大財閥の御曹司であるあなたは、金に物を言わせて金満文子を無理矢理、自分の物にした。だけど、金満文子は結婚後も、あなたになびかなかった。あなたに対してヨソヨソしかった。それで、あなたは金満文子が鬱陶しくなり、家を空けるために仕事で出張しがちになった。その上、金満文子も別荘に居ついてしまい、実質的な別居生活になった。というわけよ、違うかしら?」

 金満文男の怒りが爆発する、

「し、失敬ざんすっ! 不愉快ざんすっ! これ以上、この娘に対して、ミーは協力しかねるざんすっ! 警部っ!」

 鬼頭警部が金満文男をなだめ、炎華の尋問が再び始まる。

 炎華が澄んだ瞳で金満文男を見据え、

「金満文子はティーカップを二対用意して、その一つに指紋を付けていたわ。事件の前にあなたが金満文子に呼ばれてお茶を出された、という事はないかしら?」

 金満文男が顔をしかめ、

「ミーは仕事で隣町に出張しているざんす。朝っぱらからお茶を飲むために別荘に行くわけがないざんす。仕事場にいたという、証拠や証言は、いくらでも用意出来るざんす。今すぐそれが必要ざんすか?」

 炎華が肩をすくめ、

「その必要はないわ。それより、この扇子を見てもらえるかしら?」

 金満文男が扇子を手に取り、シゲシゲと眺める。

「これは? どこにあったざんすか!?」

 炎華が切り返す、

「その前に、その扇子は誰の物かしら?」

 金満文男が、さも当然といった顔つきで、

「決まっているざんす。私の物ざんす。大学卒業後、結婚したあとすぐに、家内からもらったざんす。どこにあったざんすか? 一ヶ月ほど前から見当たらなかったざんす。だけど、扇子を失くした事は、死んだ家内にも話してあったざんす。いったいどこで手に入れたざんすか?」

 炎華が真実を告げる、

「亡くなった金満文子の足元の床に落ちていたわ。失くした、という話が嘘でないならね」

 金満文男の目が飛び出さんばかりに見開かれ、

「まっ、まま、まさかっざんすうっ! 何で家内の足元にそんな物がざんす……ミ、ミーではないざんす! 断じてミーではないざんす! 君たちはミーが家内を殺したさいに扇子を落とした、とでも思っているざんすね! こ、これは罠ざんす! 誰かがミーを陥れるために、扇子を盗んで、家内を殺したあと、その場に置いたんざんす! そうに違いないざんす! 警部っ、これは罠ざんす! ミーが家内を殺すはずがないざんすっ!」

 絶叫する金満文男に対し炎華がなだめるように、

「あなたが犯人だなんて、一言も言ってないわ。私が聞きたいのは、この扇子に書かれている最後の一文。震える文字で書かれた、この最後の一文に見覚えがあるかどうか? よ。それを聞きたかったのよ」

 金満文男が扇子を広げ直し、

「な、何ざんす? た、確かに何か書いてあるざんす。でも、そんな一文は、ミーが家内から扇子をもらった時には、一言も書いていなかったはずざんす。ただ、そう言えば、扇子をもらう時に家内が変な事を言っていたざんす。『愛する人は、愛の下にいるのよ』って。何の事だか、当時のミーには、さっぱり分からなかったざんすが……」

 炎華が納得顔で、

「なるほど、あなたにも金満文子はヒントを与えた、というわけね。これで、より一層、事件が明確になったわ」

 炎華が夢見るような瞳を静かに閉じる。

「これで全てのピースが揃ったわ。もう、あなたに用はないから退出して結構よ、瓢箪文男。鬼頭警部、お見送りして差し上げて」

 炎華の物言いに再び憤慨した金満文男が怒りを爆発させるが、鬼頭警部になだめられ、リビングを退出した。

 鬼頭警部が冷や汗をかきながら炎華の元に戻り、

「やれやれ、いつもながら、君のやり方は肝を冷やされるのだ、炎華くん。それで、犯人の目星は付いたのかね? ワシの予想では、金満文男も臭いと思うのだ。何しろこの別荘の鍵を持っているのだ。隣町に出張しているとはいえ、眼と鼻の先なのだ。つまり、いつでも別荘に戻って金満文子を殺害する機会があったのだ」

 炎華が嘆息し、

「鬼頭警部のダメ推理はとりあえず置いておいて、今から全てを説明するわ。私の名推理をね。ねぇ、ユキニャン」

 炎華が楽しげに我輩の喉を撫でる。

 我輩は心地よく鳴いた。

「ゴロゴロ、ニャーッ!」


     ☆5☆


 炎華の推理が始まる。

「犯人は志村武志よ。志村武志は早朝に別荘を訪れ、驚く金満文子に対し、金満文男が失くした扇子を見つけたから返しに来た。と、来訪の意図を告げた。実際は、金満文男が言った通り、一ヶ月ほど前に志村武志が何らかの方法で盗んだ扇子よ。ともかく、金満文子は困惑しながらも、志村武志から扇子を受け取り、別荘に入れたわ。志村武志の目的は一つだけ、金満文子とヨリを取り戻す事よ。だけど、金満文子は拒絶した。志村武志の態度が変わり、金満文子は女の勘で身の危険を感じたけど、紅茶を淹れると言ってキッチンに半身を隠し、扇子にダイイング・メッセージを書き残したのよ。その判断は正しかったけど、結局、悲劇に終わったわね。志村武志は金満文子がリビングのテーブルに紅茶を並べたあと、金満文子がカップに指紋を付けたのを見計らって、金満文子の首をロープで締めて殺害し、自殺に見せかけるため、二階の手すりから金満文子を吊るした。二対のカップをそのままにしたのは、事件が自殺ではなく、他殺であるかのように見せかけるためよ。そして、扇子を遺体の足元の床に置いたのは、金満文男が言った通り、金満文男に罪をきせるためね。その後、志村武志は金満文子のスマホを使って、自分自身と管理人あてに適当な理由を付けて別荘へ来るようメールを送った。別荘の密室トリックは、志村武志が金満文子を殺害したあと、別荘の鍵に良く似た《偽の鍵》を金満文子の足元の床に置いて外に出たあと《本物の鍵》で玄関の扉を閉めたのよ。志村武志は管理人が別荘に来るまで近くに隠れて待ち、管理人が別荘に入ったあと、何食わぬ顔で別荘に再び入った、というわけよ。管理人が《偽の鍵》を調べようとした時、志村武志が慌てて現場保存がどうのこうの、と言って警察へ通報するよう管理人を急かしたのは、管理人が通報している隙に《偽の鍵》と《本物の鍵》をすり替えるためよ。別荘の電話は壁に掛けてあるから、丁度、鍵の落ちている辺りは、管理人にとって死角になるわ。志村武志は簡単に鍵をすり替えたはずよ。残った謎は、ダイイング・メッセージね。暗号の解き方は、少しでも暗号の事を知っている人間なら、すぐに解ける簡単なレベルよ。

【星は愛の下に】は暗号を解くヒントよ。【星】はホシ、つまり、刑事ドラマとかで、刑事が犯人をホシと言うでしょう。つまり、ホシは犯人で【愛の下】にいるわけよ。【愛】の下とは、【あい】の下の文字を拾え、という意味よ。そう考えると、

 あい【し】てる

 あなたへのあい【む】だにしない

 あい 【ら】ぶ ゆう

 あい【た】いのにいつもすれちがい

 さあい【け】とあなたはいうけれどわすれない

 あい【し】てる

【あい】の下の単語を強調して読んでみたわ。分かるかしら? 強調された文字だけを続けて読むと、しむらたけし、となるわ。つまり、金満文子が犯人として伝えたかった人物は、志村武志の事になるのよ。だけど、金満文子が本当に伝えたかったのは、たぶん、別の意味ね。金満文子はこのメッセージを伝えるヒントを志村武志に、すでに教えていたのだから。それが、『愛する人は、愛の下にいるのよ』というヒント。金満文子が本当に愛していたのは、志村武志という事よ。金満文子と志村武志は大学時代にミステリー研究会に所属していた。だから、金満文子はラブソングに隠して愛のメッセージを志村武志に送ったのよ。もし、志村武志がこのメッセージを解いていたら、金満文子は志村武志と結ばれていたかもしれないわね。でも、結局、志村武志はメッセージの謎が解けず、金満文子は金満文男の強引なアプローチと、莫大な資産に目が眩んで一時的に心が折れた。なぜ一時的かと言うと、金満文子がラブソング入りの扇子を金満文男にプレゼントする時、金満文男にもメッセージを解くヒントを与えたからよ。これは、結婚して身体は金満文男の物になっても、心は志村武志と共にある。という、金満文子なりの皮肉を込めたメッセージなのよ。だけど、それすら、志村武志にとっては嫉妬心の火に油を注ぐ結果にしかならなかったわね」

 鬼頭警部が炎華に惜しみない賛辞を送る。

「ま、まったくもって、き、君の推理は超・一流、素晴らしい! の一言に尽きるのだ。ま、まさしく、君は天才なのだ。君ほどの名探偵をワシは他に知らないのだ。だが、惜しいことに、志村武志には犯罪を立証する確実な証拠が無いのだ。動機も密室トリックもダイイング・メッセージも、全て解明したというのに、残念でならないのだ」

 炎華が澄ました顔で、

「証拠ならあるわ。管理人の間宮大二郎が別荘に入って、金満文子の遺体と、その足元の床に落ちていた鍵、扇子を見つけた時、管理人は『落ちていた鍵を確かめようとして、つい、触ってしまった』と言っていたわ。管理人が触れた鍵は、志村武志が《本物の鍵》とすり替える前の《偽の鍵》よ。そして今、その《偽の鍵》を持っているのは……他ならぬ、志村武志自身よ。管理人の指紋がベッタリ付いた《偽の鍵》をね」

 鬼頭警部の頬が紅潮し、武者震いするように身体に覇気がみなぎる。

「炎華くんっ! 君の言う通りなのだっ! 早速、志村武志を調べ直すのだっ! ありがとうっ! 炎華くんっ!」

 言うなり鬼頭警部が扉へ突進する。

 勢い良く扉が閉まったあと、炎華が我輩にささやく。

「ユキニャン、志村武志は金満文子を殺す必要なんてなかったのよ。金満文子の心は、とっくに志村武志の物だったのだから。でも、だからこそ、かもしれないわね。志村武志が彼女を殺したのは……嫉妬心からではなく、金満文子を愛していたからこそ、不幸な結婚をした彼女を殺したのかもしれないわ。そうね、もしかしたら、金満文子も、彼が来るのをずっと待っていたのかもしれない。争った跡が無いというのが、その証拠よ。それに、あのダイイング・メッセージ【星は愛の下に】は、本当はダイイング・メッセージでも何でもなくて、単純に、愛する人に殺されて星になりたい。そんな願いを込めたメッセージかもしれないわ。そう思わない? ユキニャン?」

 炎華の言葉通りなら、とんだメロドラマである。

 しかし、炎華には悪いが、我輩は飼い猫である。

 人間の男女の愛憎劇など、我輩には理解しようが無いのである。

「フゥア、アアア~~~ニャ……ム……」

 我輩はアクビ混じりの鳴き声とともに、眠たげに瞳を閉じた。


     ☆完☆

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