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宿

飛んでいる間に一帯は夜になっていた。

 飛行時間はゆうに数時間に及んだ。


 最高記録は半日なので、あの高度からならぼちぼちといったところか。


 着地する場所を探していると腕の中の少女ミルミがやおら口を開く。


「え、と。なんかおかしくないですか? なんでこんなに」


「離れたかって? 国境を越えたのは見たか? さっき俺たちがいた国は隣国と同盟関係だ。あの管理者──奴に、お前何て言われてついて行った?」


「えーと……バイト……ですね」


「──はあ?」


 金ならあるはずだろう。言おうとしたらミルミが遮る。


「えーと……お恥ずかしながら、私当時手持ちが……それであの会社で簡単な治験バイトをやってる話があったので……治験にしてもお給料がやたら高くて……バイト代を渡された直後に警備員がやってきて……不覚にも……」


 返す言葉が思いつかずしばらく黙っていたが、


「なんにせよ奴と政府は繋がっていた。贄の人身売買だ。政府が表立ってできない汚れ仕事を奴の会社が受けていた。荒稼ぎしていたらしい。あとよ? 警備員を残してきただろう? 俺はカメラに姿を晒すヘマはしてないがお前はどうだ?」


 目をパチパチして謎を感じていたミルミ。


「──何のお話ですか?」


「顔写真付き手配書だよ。奴が政府の裏の顔なら残してきた警備員から通報がいく。同盟関係にある隣国まで手配書が──いやないかもしれない」


「いや、さすがにないのでは? 私は殺す予定だったんでしょうし」


「ないな。わかった俺の早とちりだ」


 腕の中、ミルミが振り向く様な動きがあった。


「俺は慎重派なんだ。死ぬ可能性が僅かでもあるならリスクはとらねえ。さっきすぐに降りずにいたのも、万が一に戦闘アンドロイドが待機していたらやべえからだ」


「なるほど。いや賢明だと思います! はい!」


 インビジブル効果中だが、加護の中にいる二人には二人がみえていた。ミルミが地上のあちこちをキョロキョロしていた。少し緊張が解れてきたのか、


「ま、なんだ。もうすぐさ。みろ」

「はい! ウルフさん! どこ?」


 現代風の高層ビルが立ち並ぶアバランチに比べ途中通過した国は全体的にオールドモダンな街並みで昔の田舎の都市圏を彷彿とさせる。


 そして今通過しているのが、ややゴチャついた街だ。昔の趣と現代さを混ぜたような感じで些か外連味がある。都市圏のように高いビルがあるが、形が歪であちこち先端が突き出ている。

 

 歪な形のビルや建物で入り組んだ街並みだ。これよりさらにその先は川と山と森林が広がる大自然地区だが、そこは別名荒野と言われる。


 今回はそこには用がない。用がある場所は依頼人の待つ地下だ。


「なあ、さっきも言ったけどとりあえず降ろすのはどこでもいいんだよな?」


 するとしばらく悩んでいるのかボーっとしているのかよくわからない間があり、


「あ、はいはい! 最悪降ろしてさえいただければ大丈夫ですはい!」


 あいよ、とノーネーム。

 窮地さえ脱すればいいって事に疑問を感じつつも、どうせ大して長い縁でもないと思い返す。


 さっき見せた銀紙幣は一枚あれば一月は生活に困らない代物だ。


 この世界で今一番信用されている通貨を持っているなら、


「なら大丈夫だな」


 ノーネームのボソッと呟いた言葉が聞き取れなかったのか、不思議そうにしていたミルミ。


 ノーネームは更に高度を落として、舗装された道路が大自然に向かって伸びているその手前で不時着した。


 降ろすと同時に魂の抜けた様な溜息が聞こえて、何故かノーネームまで肩の力が抜けた。


 じゃあ。

 はい。


 そんな短い言葉のやり取りのあと。


 ノーネームと少女ミルミは別れた。


 金は受け取らなかった。


 元々この護送は殺しの仕事のサービス残業だと思っている。だからきちんと本当の報酬を受けとるのがまず筋だ。


 ノーネームは振り返らず見送らず、視線を変える。早速、依頼人がいるとある地下への入り口を探した。


 ダウンタウンの入り口は日々空間転移している。


 最後の要塞とまで言われ過去の超兵器が山と積まれた人間たちの遺産だ。

 負の遺産だが、宝の山との見方もある。

 その厳重さ堅牢さは世界一である。


 入り口を探すには、まず、入り口があった場所を探す。同じところにまた出現している場合があるからだ。しかし、目当てのマンホールを試しに退かしてみたが、違った。次には目立たない場所。次にはゴミ箱の裏側。


 そうして気付いたら日が暮れていた。

 依頼人のところに行くのはまた明日にするかと、とりあえず近場で宿を探した。


 そして1番安いホテルとは名ばかりの蛸部屋の宿と、さらに安い値段で民宿を謳いながら、知らない誰かと寝床や風呂が同じになるかもしれない宿をみつけた。悩んだ末にノーネームは宿をパスした。


 そうして、路地裏の廃材の上に寝転がる。


「はー、上っ面は汚ねえけど景色は綺麗だな。勘は当たった」


 ビルとビルの狭間に赤と青のコントラストが映える空。


 表通りを行き交う人々は陽気に、時に足早に過ぎていく。彼らは一言で言えば何も知らない人間──役者である。


 人間のように考えて人間のように不規則に動き時に悲しみ時に怒る高精度な人間の役者である。


 この時間帯は一番外が賑やかだ。行き交う人は多い。この人々の中に俺以外にもこの茶番に気付いている者が混ざっている。彼らがどこにいるかは知らないが、確率的にはまだ何人もいる。


 獣と人が行き交う空間。その中にまた異形の使者が混ざっている。


 アバランチで彼が殺してきたのは、ではそう。

 役者である。


「チッ」


 ポタリと、雨が降ってきた。仕方ないと立ち上がって頭の水滴を払う。


 面倒臭いので今日は宿無しにしたのだが、生憎の雨だ。


「ありがとうございますねえ。お風呂は銭湯使うか、宿の共同のを使って下さいね。今日は少し混んでるから誰かと一緒になってしまうかもだけど」


「かまわねえ。それで頼む。代金は帰りか?」


 二、三やり取りを交わしノーネームは四人部屋に通された、ような気がする。よく覚えがない。


 やたら眠くて、気付けば闇の中だった。


「あ、はえーな起きるの。今は二時かよ」


 まだ深夜だ。


 ノーネームは寝床を立つ。


 寝巻きなど着ない。災害時でもすぐに活動できるような普段着だ。彼はいつも全身黒。黒ずくめの黒コート。


 身の周りの整理をする。連泊をするつもりはない。基本特定の場所に住み続けるリスクを経験上自覚しているため、宿は一泊のみだ。


 ベッドのシーツを戻して、申し訳程度に散らばったつまみの空袋を回収し、なかのつまみは逆さにして一気に口に放り込む。


「……チッ、しけてやがる」


 気にせず袋の残りを持ってベッドを立つ。


 そしてドアを開けた瞬間に、溜息を吐いた。


 黒い。夜の闇とか薄暗いなどのそんな次元の闇ではない。光が一切ささない闇。


 ドアを開けた一寸先。

 墨汁を眼球に垂らした様な闇の塊が広がっていた。


 ノーネームは嘆息する。


 早くにもここを出たかった。


「もしかしたら」


 思考に決着がついたのか、ノーネームはまた立ち上がる。


 闇を無視して何処かへといく。

 手探りで廊下を曲がって階下へ。


 ロビーに付いた。


 ノーネームはライトをつけた。フロントに向ける。


 そして闇に浮かぶ店主の顔がにっこりと笑う。


「どうかなさいましたか?」

「聞きたいことがある」

「どのような?」


「あんたは本当にこの宿の店主か?」


「ええ、不思議な事をお聴きになる。紛れもなく、私は」


「こんな時間までご苦労様だな」


 ライトの光を調整した。全体に拡散する。店主の影が浮かび上がる。虫の様な手が生えた歪な影だ。


 店主の目が白く揺めくような白銀に変わる。


「聞き方を間違えた。あんたは本当に人か? 人間じゃなくても店番はできるからな」


 しかもこんな時間に。返事を待たないで、懐から取り出した銃を店主のフリをした何かに向ける。


「お前は」


 直後、静かにゆっくりと店主のフリをした何かが手を叩いた。にっこりと笑んだまま、ご名答と拍手をする。


「仮にそうだとして何が問題で? 貴方達は我々使者が、この世にどれだけ貢献しているか知っているか?」


 何か言い出したな、とノーネームは乾いた舌を舐める。


「貴様らは滅びを招く。この地に相応しくない。だからあの変革があった。少なくとも我が世界観では、貴様らを纏めて亡き者にする事こそが」


 ぐびっと妙な音。ふくよかな顔が歪み、首から棘が突き出した。


「貴様らに未来がないのは」


 棘が全身から隆起する。そこから人間の身体を脱皮するように中から何か緑の鎌を持つ大型の虫のような生物が這い出す。


「貴様らが人間だから」


 全身の棘の一本を尾で弾き、ノーネームの頬を掠る。


「さあて、どうやって食ってやろうか?」


 虫の変異体だ。胴だけで数メートルはある。


 出方を待って呆然としていると直後、虫が絶叫した。舐めるなよと拡声器のような声で威嚇。空気が振動し、ガラス細工が粉になり、調度品が割れる。


「チッ、勝てるか?」


 直後、今度はノーネームの姿が消えた。


「ハハッ、やはりヤクか獣人。だがな地の利はこちらにある。こんな狭い場所で消えようが、お前が」


 全身がウロコで覆われているので恐らく銃は効かない。身体の硬度だけで弾く自信があるのだろう。守りなど考えずに二つの鎌のような腕で引き裂いてきた。


 しかしノーネームはそれでも撃った。

 案の定、弾かれた。そのまま鎌のような腕が空気を裂く。


 バックステップでかわし、今度は黒鉄のナイフを手にそれを振った。 

 しかし弾かれる──どころか刃が欠けた。


「ハハッ。無理さ!」


 見上げると虫は腕をかかげていた。ノーネームの頭めがけ振り下ろす。

 戦場が狭すぎるので、逃げ場はない。


 しかし、振り下ろした先はギリギリだった。ノーネームの頬を掠る。

 悔しげな声も一瞬。すぐにもまた。さらにまた。


 間一髪で避けていくが、全ては避け切れず何度目かの切り裂きが肩に入った。

 袈裟斬り。血が噴いた。しかしノーネームは無表情で黙々と回避に回る。


「逃げろ逃げろ! お前はしぬ! 力尽きてされるがままに。すり身にしてやるよ」


 異形の虫が振り下ろす鎌のような鋭利な腕。


 また間一髪避ける。しかし皮膚が確実に削げていく。

 早い、鋭い、硬い、休みない。


 ノーネームは敵を睨んでいた。


「ここじゃ狭い。でもお前を倒しても二度手間なんだよ。本性をだせ」


 虫の動きがとまる。


「ほう」


「お前には必ず弱点がある。お前らは持ち前のプライドか何か知らないが必ずそれを設定している。本当に何でなのかは知らねーけどな」


「脳書きか」


「違うな経験さ。一足飛びにはやらせないはずだ。ならばどうするって? こうするさ」


 ノーネームは銃口を今度は特に狙いをつけずに闇雲に。

 直後に虫が奇声をあげた。絶叫が外走り、虫の鎌がすぐ間近まで迫るそのコンマ1秒前。


 ノーネームの撃ち込んだ連弾計10数発中、窓の網戸に空いた穴付近の二発が景色にヒビを入れた。今度は狙ってヒビの中心部に集中砲火。静止したまま歪む虫。


「おのれ……気付いたか」


「なんとなくな、セッティングが陳腐だった。これは現実じゃない」


「ぬかったか……獣人風情が」


「お前俺を狙ってきたわけじゃねーな?」


「貴様如きを知る術がない……偶々お前が近くにいたから食ってやろうと取り憑いただけだ……」


 そう言い残し、虫諸共割れる景色。程なく朝の日差しが窓から差し込む。ノーネームはすぐ様、頭に引っ付いていた虫をヒョイと摘む。


「コイツか。随分小さな使者だな」


 潰して安堵の溜息をつく。


「脳に寄生する虫か。馬鹿真面目に正面からやらなくて助かったな。あの適当に撃ったやつが、まさかお前さんの設定していた出口に当たるとはな」


 大欠伸をし背筋を伸ばした。


「さあて時間かかり過ぎたな」


 と独りごちた。


 歪みはどこにでも発生するわけではない。屋内には基本開かない。だから外との繋がりが必要になる。


 今回はたまたま運が良くて勝てた。


 戦闘は命懸けだ。誰だって死ぬのはごめんだ。

 

「朝か」


 気付けば起きていた。ぼんやりと乳白色の世界がやがてくっきりと緻密に描画されていく。

 簡易宿泊所と天井から小さな看板がぶら下がった──ロビーだ。中世の宿みたいな内観にソファーや調度品を置いている。


 どうやらノーネームはロビーの床の上に直で寝ていた。

 それでようやく思い出す。

 途中から睡魔に捉われて覚えていないが、たしか。


「あの後、豪雨がきて慌てて避難したはいいが」


 店主に何か言われた辺りで寝入ってしまったのだ。


「チッ。わりいな店の旦那。すぐ出ていく」


 確か雨が酷いからと、空きもないのに無理矢理入れてもらったのだ。


「あーかまわないが、なんか外で待ってる人がいたよ。君がここで寝てるのを見つけて託けて行ったよ。行ってやりな」


 キョトンとしたノーネーム。外に出るとミルミがいた。


「どうしました? 固まってます。石の様に」


「考え中だ」


 あーだこーだと妄想に耽る。しかし考えるまでもなかった。

  

「何か用か?」


「えーと、昨日ぶりですウルフさん。貴方は今何か用がありますか? ないならば」


 少し悩んだ。


「戻って仕事先に報告だ。じゃねーと金が」


「そうですか。わかりました。なら、大丈夫です!」


 いや待て、と携帯を取り出す。ノーネームはセキュリティの関係上このご時世に携帯なんて使っている。こんなものは本来なら機能していないが、アナログの通信機としては優秀だ。改造して無線にしてある。地下のブローカーが安く売りに出していた。


 そして無線通信でメッセージを送信する。任務完了の報告をするのを今の今まで忘れていた。ついでに手渡しじゃなくデジタル通貨にできないかと。すぐにも返事が来る。


「待て待て。大丈夫そうだ。なぁお前も」


 振り返ると、ミルミが目の前から居なくなっていた。


「よく会うしよくいなくなるもんだな──ま、いいか」


 仕事は片付いた。ミルミが次の依頼人なら願ったりかなったりだったが仕方ない。

 手が空いてしまったから、次が埋まるまで物見遊山でもするつもりだった。


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