婚約破棄令嬢の「さまぁ」
長編小説の気分転換に書いてみました。
2000字以下なので、サクッと楽しんでいただきたいです。
「七覇、お前との婚約を破棄したい」
若い男女四人が畳の間にて座卓を挟み正座で向かい合う、現代にしては奇妙な状況の中。
その内の一人である世界征一郎は、正面に座る婚約者の龍神王七覇に婚約破棄を切り出した。
世界征一郎と龍神王七覇は共に日本を代表する名家の子女であり、同い年の二人は八歳の頃から婚約関係にあった。
ところが、婚約から十年経った今。
征一郎は自宅に七覇を招き、突如婚約破棄を申し出たのだった。
……隣に、若い娘を連れて。
征一郎の隣に座る彼女の名は横鳥間子。
特に際立つ容姿や技能の無い、どこにでもいそうな庶民の子である。
にもかかわらず、間子は見事な手腕で征一郎の心を射止め、虜にしてみせた。
才色兼備で誰もが認める完璧な令嬢であるはずの七覇は、間子に恋の戦いで敗れたのだ。
それでも、七覇は龍神王家の令嬢として毅然とした態度を保つ。
「征一郎、貴殿は一度交わした契りを破るというのだな」
七覇の話し方は少々古臭いが、これは一族の教えで幼少期から武人の生き様を叩き込まれて育ったことが影響している。
素直な性格だった幼い七覇は「武将のようになりなさい」という言葉を真剣に受け止め、話し方までそっくりそのまま真似てしまったのだ。
七覇に問われた征一郎は、嫌そうに目を細めた。
「ああそうだ。それが何か悪いか」
「悪いに決まっているでしょう! そちら都合で一方的に婚約を破棄だなんて! はっきり言って征一郎様の浮気じゃないですか!」
開き直る様子の征一郎を糾弾したのは七覇ではなく、彼女の隣にそれまで大人しく座っていた地味な男だった。
もう我慢ならないといった表情で座卓を叩いて立ち上がり、征一郎と間子を指で差す。
「月人、余計な口を挟むな」
「……はっ、申し訳ございません七覇様」
月人と呼ばれた青年は、七覇に咎められて再び席に着いた。
下部月人。物心ついた頃から龍神王家に使える、七覇の最も信頼する付き人である。
「他のおなごに心変わりとは。私では満足できなかったか?」
七覇は一切動揺した様子を見せず、むしろ試すような目つきで征一郎に問いかけた。
「ああ。お前には女らしさが足りない。可愛げが全く無いんだよ。侍みたいだし」
「左様か」
やはり七覇は動じない。
「や〜ん!」
そこに、間子が場違いなふざけた悲鳴をあげた。
「間子、どうしたの?」
征一郎は柔和な態度で間子に尋ねる。
七覇に向けた冷たい表情とは正反対だ。
「あのぉ……足、痺れちゃいましたぁ」
間子は甘ったれた鳴き声を厳かな畳の間に響かせた。
「もう、しょうがない奴だなあ。すぐ終わらせるからもう少しの辛抱だよ」
これが征一郎の望んでいた「女らしさ」だというのなら、確かに七覇にそういった要素は一欠片も無い。
現に七覇は顔色一つ変えることなく正座の姿勢を保ち続けている。
「という訳で、間子も辛そうだしそろそろ返事をくれないか?」
征一郎に促された七覇は間子を一瞥し、少し間を置いてから口を開いた。
「……よかろう。婚約破棄を認める」
その後、七覇は月人を連れて龍神王家の屋敷に帰宅した。
「七覇様、このまま征一郎様に恥をかかされたままでいいんですか⁉︎」
納得いかない様子の月人は、主人にお茶を出しながら質問した。
「よくない。このままでは我の気分は晴れぬ。だから『さまぁ』を楽しもうと思う」
「ざまぁですか⁉︎ やはり復讐を……!」
月人は目を輝かせたが、七覇は首を横に振る。
「違う。『さまぁ』だと言っておるだろう」
月人は首を傾げた。
わかっていない様子の従者を見て、七覇は言葉を付け足す。
「『さまぁばけえそん』とやらで気分を晴らすのだ」
ここでようやく月人は七覇の言いたいことを理解した。
「……サマーバケーションですね」
完璧超人と思われた龍神王七覇には、カタカナ語が言えないという唯一の欠点があった。
おそらく、武将になりきるあまり言語中枢までそれっぽくなってしまったのだろう。
「それだ。我は『けうば』の『べえち』に行きたい」
「キューバのビーチですね」
長年七覇の付き人を務めてきた月人は、瞬間的に彼女の言葉を翻訳してみせる。
「うむ。ほれ月人、早速『ふれえと』の『れざべえそん』を取りたまえ」
「そこは素直に飛行機の予約と言えばいいですよね⁉︎」
こうして、婚約破棄された令嬢は付き人と共に『さまぁ』を満喫したのであった。
その後、征一郎の家は事業で大失敗し莫大な借金を抱えることに。
「……諸行無常だな」
「そこは『ざまぁ』とおっしゃってくださいよ七覇様!」