43.密約
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「――それで? ええ、私に何の用なのでしょうか」
すぐ隣から生活音が聞こえて来るような、往来のど真ん中にて。
目の前にいる顔見知りに対し、ニヤニヤと笑みを浮かべた烏羽はそう訊ねた。対峙するその神使は嫌味が無いながらも怪しげな笑顔を向けてくる。
「お兄様、突然お呼び立てして申し訳御座いません」
「ええ、ええ。本当に。つまらない話だったら……どうなるかお分かりですね?」
召喚士達が捜そうとしている神使その人――濡羽。彼女こそがその濡羽であるのだが、ここにいるという事は主人が彼女を見つけるのはもう少し先の話になるという事に他ならない。
それにここは黄都。仲間の中に黄色はいないのだから、土地勘はどいつもこいつも同程度だと簡単に予測できる。ならば、長居している濡羽に地の利があると言ってもよいだろう。
「ここに来ていただけたという事は、アタシの話を聞いて下さるって事でしょう?」
「ええ」
足下に現れた術式。
あんなもの、目を閉じていたって回避できた。が、ここで濡羽と接触した方が面白そうだったので敢えてその罠に引っ掛かったのだ。
数いる黒い同胞の中でも、彼女は特に馬鹿ではない。襲い掛かって来ようが返り討ちにする自信はあったが、別に戦闘がしたい訳でもないので、比較的面白い話をしそうな彼女の提案に乗っかった形である。
うっすらと唇の端を釣り上げた濡羽はゆったりと話し始めた。
「お兄様。やらなければならない事があるの。色々と矛盾している光景ではあるけれども、手を出さず。見ていて欲しいのですけれど。どうでしょう?」
「いいでしょう。見ていますとも、ええ」
当然、真っ赤な嘘である。何故、上位神使である自分が格下の言う事を聞かなければならないのか甚だ疑問で図々しい事だ。
が、それはそれとして主人を名乗る小娘の情けない姿は見たい。必死に呼ばれたら出て行ってやるとしよう。
今居る神使共2人がかりでも、濡羽を倒す事は出来ない。故に、必ず召喚士は烏羽を頼る事になるとあまりにもハッキリ未来予想ができた。
「ふふ、ええ、愉しみです」
烏羽の言葉に濡羽は首を傾げていたが、曖昧な微笑みでその場を濁したようだ。そんな彼女は瞬きの一瞬でいなくなり、残された烏羽もまた良い観戦席を探すべくその場から移動したのだった。
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「どこにもいないし……。自分で戻って来られないの? あまりにも方向音痴じゃん」
烏羽を捜して彷徨っている花実は呟いて肩を落とした。
推しのいないストーリーなど、ライスのないカレーと同義である。何の為にこのゲームをプレイしているのか。今一度頭を悩ませたくなる状況だ。
真面目な話をすると、今居るメンバーの戦力不足も否めない。強化素材をほとんど全て烏羽に割いているので、この間来た紫黒に至っては未強化状態だ。あまりにも不安な布陣である。
「から――」
「主様! 危ないわ!」
それはどういう事なのか。問う前に、紫黒からとんでもない力で肩を押された。とても女性とは思えない力により、花実は前のめりに転倒する。ゲームの中であるはずなのに、心なしか痛い。
倒れ込んだ花実の前に、立ち塞がるかのように紫黒が佇む。背後からひっそりと現れた薄群青に身体を起こされた。至れり尽くせりだ。
「主サン、誰かに――というか、恐らくは濡羽サンに攻撃されてるッス」
「いつ!?」
「いやだから、今」
薄群青がそう言った瞬間、乾いた破裂音が耳朶を打つ。これはそう、運動会のスタートピストルのような音だし、それで大まかには正解だろう。
音のすぐ後、花実を守っている結界に丸い鉛玉が直撃。暴力的な音を立てて跳ね返り、地面の上を転がって行った。あんなもの、人体に当たればただでは済まないだろう。先程、紫黒に突き飛ばされた時もこれが鉛玉が飛来していたのかもしれない。烏羽を捜すのに夢中で、全然音にも気付かなかったけれど。
「あの武器、たまに持ってる神使がいるんスけど、マジで厄介なんですよね」
「銃かな? この時代背景でそんなのあるんだ……」
「ありますよ。ただ、召喚士サン達曰く『思っていたより古い』らしいッスけど。まあ、それはどうだっていいんですよ。もう次、あの鉛玉を打ち込まれたら結界が保たないッス」
そう言って、薄群青が虚空を指さす。それを辿って、花実は僅かに目を見開いた。
不可視のドームであるそれに、ヒビが入っているのが分かったからだ。卵の殻が割れているような状態に戦慄する。彼の言う通り次は保たないだろう。
「で、でも、武器を持っている濡羽はどこにいるの? 銃なんて飛び道具、かなり離れた所から使っているんじゃないの?」
「そうなんスか? 術の方が長距離で射程範囲取れるんスけど。あの武器の良い所は、準備にさほど時間が掛からない所と、物理的な攻撃に判定される所ッスかね」
「ええ?」
そんな馬鹿な。古今東西、銃と言えばロングレンジから撃ちまくるような武器ではないのか。ゲームでも銃撃戦などほとんどした事がないから何とも言えないが。
「主様、屋根の上! あそこから私達を狙っているみたい!」
「近っ!」
どんな遠くの屋根だろうと思ったが、濡羽と思わしき神使は十分に肉眼で捉えられる屋根の上に立っていた。




