36.そっくりさん(4)
紫黒の武器は札。ではそれをどうやって使うのか。答え合わせは疑問を覚えた後、すぐだった。
漂っていた複数枚の札の内、1枚が紫黒の額に貼り付く。そして、残った数枚が烏羽に飛来した。ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべつつ、烏羽が術を使用。札は彼に届く前に着火され、黒い墨になって儚く消えて行った。
「あ、もしかしてバフとかデバフを使うキャラクターなの? 紫黒って」
「それ、よく言われるけれど、何なの?」
紫黒は首を傾げている。説明しようと口を開いたが、それよりも先に薄群青がすらすらと解答を口にした。
「バフが味方の能力を補助するやつで、デバフが相手の行動を妨害するような術の事みたいッスよ。まあ、俺も別の召喚士から得た情報なんで合ってるかは分かんないッスけど」
「あー、なるほど。確かに私の戦闘スタイルってそんな感じだから、間違ってはいないわね。一つ賢くなった」
――AI同士の会話、興味深いなあ。
こっそりと花実は心中で呟いた。こうやってよりAIの機能が向上するのだろうか。そういった方面は一切明るくないというか、真っ暗知識なので何とも言えないけれど。
だが、バッファーとはバフを掛ける相手がいなければ成り立たない。自分自身にバフを掛けて舞えるキャラクターもソシャゲ界隈には存在するが、紫黒の武器を見るに彼女は完全なサポーターだ。
デバフも烏羽に刺さっているのかいまいち分からない。というか、戦闘風景を見るにそこまで到達できていない。やはり紫黒は1体で自己完結できるキャラクターではないらしい。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴。はっと意識を引き戻されれば、烏羽と対峙している紫黒は既に尻餅をついていた。あんまりよく見ていなかったが、やはり奴に勝つのは同じ黒でも無理だったらしい。強化も施したばかりだし、概ね予想通りの結末と言える。
ただし、相手を下した後。烏羽が取った行動は全くの予想外だった。
あろう事か初期神使は、倒れた彼女の襟首を遠慮容赦無く掴み上げる。暴力的な光景を前に、一瞬何をしているのか分からなかった。
紫黒は弱く抵抗をしているが、烏羽の腕を振り払う力はもう無いようだ。
「えっ、な、なに!? 何が始まろうとしているの?」
思わず花実が上げた困惑の声。それに反応した烏羽が、満面の笑みでこちらを向いた。嬉々として語り始める。
「なに、とは? ええ、見ての通りトドメを刺そうかと。今回はそれで良いのですよね? 紫黒は2体も要らないでしょう、召喚士殿」
「や、確かに2人いてどうするのとは思うけど……」
こちら側にいる紫黒の事を思うと、トドメだなんて野蛮な事をするのは気が引けてしまう。というか、出来れば穏便に済ませたい。
迷っている表情を読み取ったのだろうか。烏羽は言葉の矛先を、プレイヤーから召喚した紫黒へと変える。
「紫黒。貴方もそう思いますよね? ええ、自分のそっくりさんを始末する……。それに賛成でしょうとも」
本人の意見を聞くのは大事な事だ。花実もまた、ちらと紫黒の様子を伺った。
常日頃から烏羽に対して怯えている彼女は、今も怯えた表情をしている。が、意外にも意思のある声と表情で大兄の問いに対し決断を下す。
「はい。大兄様の言う通り。主様、あれは私であって、私ではない異なる存在。情けを掛ける必要は一切無いし、心を痛める必要も無いわ。似て非なるものは、結局の所別物なのだから」
「だ、そうですよ。ええ、どうされます? あくまで召喚士殿の決定に従いますよ。ええ、ええ! どうぞご決断を!」
烏羽に急かされながらも、状況を整理する。
紫黒の台詞に嘘はない。即ち、烏羽が胸ぐらを掴み上げているあの紫黒は、本当に彼女等にとっては『別物』という括りなのだろう。それが比喩表現なのか、文字通り別人なのかは判断が出来ない。
分かる事はただ一つ。当事者である紫黒が烏羽に気圧されて彼に都合の良い言葉を吐いた訳ではなく、彼女の意思でそうするべきだと思っている事だ。
プレイヤーが決断を迫られ、悩んでいる様が面白いのだろうか。烏羽がなおも言葉を連ねる。
「さあさあ、どうされますか? ええ、ええ、このまま紫黒を見逃しますか? それでも構いませんよ、ええ。召喚士殿は大変心がお優しい! 偽善めいた優しさは反吐が出ますが――」
「その紫黒はきちんと処理しようと思う」
「……えっ?」
自分で散々プレイヤーを煽っておいて、烏羽は目を丸くした。多分、彼にとって自分は非常に奇異な存在としてその目に写っているのだろう。コロコロと意見を変え、前の話と今の話で決定の下し方が異なっている。そのように見えているに違いない。
案の定、間の抜けた疑問符を飛ばした烏羽はしかし、次の瞬間にはその笑みを消し去っていた。
「どうされたのです、急に……。暴力的な事は嫌いだと、ええ、そのように仰っていた気がするのですが。烏羽の記憶違いですか? ええ。この間から言っている事が二転三転して、信用に欠けますねぇ……」
「いいや。私は都度、意見を変えている訳じゃないよ。ただ、真実に忠実なだけ」
「真実……。真実ですか……」
深い思考の海に入って行こうとした烏羽だったがしかし、掴み上げている紫黒の抵抗で我に返る。
「ふむ。まあ、よろしいでしょう。ええ、貴方様がそう仰るのであれば、その命に従いますとも。ええ! 紫黒は召喚士殿の指示で始末するとしましょう!」
「非常に嫌な言い方をするなあ……。いやでも、これもまた真実ってやつか……」




