26.都マップ(2)
まるで本物、そこにあるかのような町並み。それが都というマップに対する率直な感想だった。最近のゲームはグラフィックの質がとても向上したとはよく言ったもので、これを基本無料で提供しようなどという心意気には度肝を抜かれる。
惜しむらくは病の蔓延で人っ子一人いない事と、設定の関係上、天気が常に曇りである事くらいだ。
「店とかも開いてないよね、当然」
「それはそうでしょうとも。そもそも、物を売った所で次の仕入れはどうするのです? ええ、売ったところで、と言ったところでしょう!」
珍しく正論であり、真実を話した烏羽は何故か楽しげである。余程トラブルが好きなのか、表情筋がそれで固定されているかの、どちらかだろう。花実としては前者が正しいと思いつつ、後者を推していきたい所存だ。
それにしても、このマップが本当に広い。このゲーム、作り込みは素晴らしいのだが、あまりにも現実的過ぎる。現実で歩くのと同じくらいの速度でありながら、現実の町くらいに広さがあり、目的地になかなか辿り着けない。
尤も、今は目的無く散策しているのだが、それにしたって行き止まりが遙か彼方だ。このマップを駆けずり回る事を考えると先が思いやられる。
ただ、神使が乗り物として対応してくれるケースもあるようなので、自分の足で歩く事はあまり無いのかもしれない。
と、不意に薄群青が声を発した。
「それはいいんスけど、そろそろ結界役を交代して貰っていいですか? 流石に輪力が空になったらマズいでしょ」
「えっ、もうそんなに経つかな!?」
「主サン達の使う時間に直すと、30分ちょいくらい経ってるッス」
――それは、耐えた方なのかな……?
思っていたより時間が経っている。1時間くらい散歩するつもりだったが、もう少し歩けるだろうか。ちらり、と次の結界維持役である烏羽に視線を送る。
視線に気付いた初期神使はあまりにも大袈裟に肩を竦めてみせた。仰々しい態度に嫌な予感がして堪らない。
「ええ、ええ。それでは私が結界の役を担いましょう。ただし! ご存知でしょうが、その間は戦闘に参加できませんのでそのつもりでお願い致しますよ、ええ! まあ、そうそう敵と出会う事もないでしょうし、りらっくすなされてください。ええ」
「マジで? 帰ろうか」
「えっ?」
本当は無理をしてでも1時間の散歩と洒落込みたかった。が、敵と出会う事もないでしょうという烏羽の台詞が全部嘘だったので気が変わったのである。
薄群青は真面目で良い子ではあるのだが、戦闘に関する信頼性が低い。ゲームオーバーはペナルティがあるらしいし、リアリティ追求の為にリトライとかいう非現実的なシステムを極力利用したくないという気持ちもある。
死なないよう試行錯誤している時が一番楽しいので、ゾンビ特攻はごめんだ。
――と、自分の中では色々と考えがあったのだが、烏羽にそれが伝わっているはずは当然の如くない。
不機嫌そうな初期神使は急に言動がコロッと変わったプレイヤーに対し、不満を抱いているようだ。
「先程は、それで問題無いと仰っていたではありませんか! ええ、怖じ気つかれてしまったのですか? ああ、何と嘆かわしい! この都守たる烏羽がついていると言うのに。悲しい事ですねぇ、はい」
「ええ? いやでも、結界維持中は戦闘できないって言ってたじゃん……」
「まあ、確かにそうは言いましたが。それを言ってしまえば、召喚士殿もそれで構わないと出掛ける前に言っていたではありませんか、ええ。この烏羽、しかと聞きましたぞ!」
会話が堂々巡りしている。しかし、これはゲーム。決定権は常にプレイヤーにあるものなので、花実はあっさりと踵を返した。来た道を戻ろうと思ったからだ。
ご不満を表明している烏羽が背後から声を掛けてくる。これまた珍しく、本当に困惑したような声色だった。
「召喚士殿? ちょ、本当の本当に戻るおつもりで!? どうされたのですか」
「いや、普通に気が変わったから帰ろうかなって……」
「そんな急に!? 私が言うのも何ですが、情緒が心配になってきますねぇ、ええ。心とか大丈夫ですか?」
「そっくりそのまま返すわ、その言葉」
そんなやり取りを黙って見ていたであろう薄群青が、困ったように仲裁するべく発言する。
「まあまあ、俺もこのまま無理に進むのは賛成しないし、それでいいじゃないスか。どんだけこの先に進みたいの、烏羽サン」
「別に進みたい訳ではなく、先程まであんなに浮かれ……失礼、はしゃいでいた召喚士殿が急に帰るなどと抜かし始めたので驚いているだけです」
「烏羽サン、怒ってんの? 面白」
「貴方……随分と面の皮が厚くなったようですねえ、ええ」
「まあ、こういう異常時だと上位の連中とも関わる事になりますからね。そりゃ、面の皮も厚くなるってもんでしょ」
神使同士の会話を聞いていると、胃が痛むような気持ちになるのは自分だけなのだろうか。花実は内心で首を傾げた。彼等の会話は針の上に立つかのような危なっかしさがある。




