04.チャット(1)
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社に戻ってきた。フリースペースと違って、この場所はいつだって現実に近い。試しに空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。コンクリートジャングル日本より、ずっと新鮮な空気のような気がする。
綺麗な大気を堪能していると、背後からそっと近付いた烏羽が上機嫌な様子で顔を近付けてきた。小さな女の子同士が内緒話をする距離感に、思わず後退る。
ドン引きしているのに気付いている彼はしかし、ニッコニコ笑顔のままにヒソヒソと話始めた。彼のノリにはいつだって付いて行けない。
「有意義な時間でしたねぇ、召喚士殿。ええ、私、面白おかしくお話を聞いていましたとも!」
大嘘。完全なる皮肉。
しかし、他プレイヤーと話した事で分かった。花実自身は嘘を見抜く特技のお陰で彼が大嘘を吐いているとすぐに分かるが、こんなに仰々しい態度でも他者には大嘘だとすぐには伝わらないらしい。
烏羽について礼儀正しい神使だ、とか最初に評価された時は普通に鳥肌が立つくらいの気持ちに襲われた。自分の視点で見れば彼はずっと大嘘吐きだからだ。
が、再三述べるが所詮はデータ。何も聞かなかった事にして問いを投げる。
「チャットはどこから入るの?」
「おやおや、また無視ですか。ええ。何が召喚士殿の機嫌を損ねてしまったのか、この烏羽にはとんと分かりませんねぇ、はい」
「……チャット」
「ちゃっと、ですか。私には関係の無い話ですからねえ、ええ。貴方様の所持している端末なる物からちゃっとを選べば始められるそうですよ。ですが、今日はすとーりーを進めるのでしょう? ええ、ちゃっとなど弄くっている暇はないかと思いますが」
「……」
――チャットか……。
フリースペースには12サーバーのメンバーしか入れなかった。チャットはどうだろうか? 初心者サーバー以外のプレイヤーも参加しているのであれば、1話ストーリーがあまりにも万人受けしないであろう内容だった事について解説してくれるプレイヤーがいるかもしれない。
まさかとは思うが、最初に引いた神使で物語の本筋が変わるとは信じたくない所だし。
考え込んでいると烏羽が何かを察したのか、猫がすり寄って来るかのように近付いてきてしつこく話し掛けてくる。
「ねえ、召喚士殿? まさか、また私を放置して部屋に籠もるおつもりですか? ええ、退屈で死んでしまいそうだと少し前にお伝えしたと言うのに……」
無視して社の中、自室を目指す。あの部屋、本当に鍵を掛けたら烏羽は入ってこられないようなので邪魔されずチャットを利用できるだろう。
などと考えている内に部屋の前に到着。とうとう烏羽が声を荒げた。
「召喚士殿!! すとーりーを、進めましょう!!」
「いやごめん、先にチャットにお邪魔してくるわ。適当に時間潰してて」
「はぁ!? こんなにこの烏羽がお願いしているというのに? ええ、貴方、本当に恐い物知らずですねぇ。貴方様が――」
「はいはい」
ぱたん、と戸を閉める。瞬時に鍵を掛けたら烏羽が騒ぎ始めたがスルーした。運営の『ゲームをさせる』という貪欲な意思を感じさせる台詞のオンパレードだったが、とにかく1話ストーリーの真実を知る事が先決である。
早速スマートフォンの画面をつけ、チャットのバナーをタップする。フリースペースの時には出なかった、チャット専用のページへと飛ばされた。
またも神使ではなく、スマホによるチュートリアルが挟まる。曰く、『チャットでもプレイヤー名が使用される』という旨のアナウンスと、ルームの決まりを守って~、と言うマナーあれこれのアナウンスである。
さて、肝心のチャットルームだが、結構な量のルームが並んでいる。雑談ルームから始まり、神使に関するステータスの仮想値を決めるルームだったり、推しについて語る部屋だの、ストーリー考察ルームだのと多種多様だ。
ストーリー考察に顔を出す事を考えたが、最初はノーマルな雑談部屋に入ってみる事にした。というのも、チャットの雰囲気が分からないのが酷く不安だったからだ。
そして、残念な事に文字による言葉の真偽については花実でも判断しかねる。文字でのみ会話するチャットは割と鬼門であった。陳列されている情報が嘘か本当かを見極める術が無いのである。
あまりにも初心者お断り、の空気だったら困るのでルールの緩そうな部屋から入ってみるとしよう。
雑談ルームをタップする。情報によると、かなりの人数がリアルタイムで部屋の中にいるようだ。20人と少し。これならば、急にド素人が加わっても酷い迷惑を掛けたりはしない事だろう。
恐る恐る『入室』を選択する。すると、ルームに関する注意事項が表示された。あまり細かい事は決められていないようだが、幾つか重要なルールが存在している。
・ストーリーに関するネタバレ禁止
・神使の性能語り禁止
・質問の前にQ&Aで確認
うっかりでルール違反を踏みそうなので、発言は慎重にしよう。花実はそう心に決めて、今度こそルームに入室した。すぐに数名のプレイヤーが反応する。
『黄山8:新しい人入ってきたね』
『緑里4:こんにちはー。あ、こんばんはだっけ?』
『青水2:こんにちは、で合ってるわよーん』
――これが、チャットデビューか……!
個性的な文字列の人達を横目に、花実は震える指で挨拶文を打った。そう、人間が円滑なコミュニケーションを築く為には第一印象が重要なのである。
『黒桐12:こんにちは、お邪魔します』
無難だがこれでいいだろう。ルームに入ってすぐ個性を丸出しにするのは自分の性格的にとても恥ずかしい。普通の人を装っておかなければ――
などと考えながら、次は何を入力するべきか考えながら画面に視線を落とす。しかし、花実の挨拶を皮切りにルームの会話は完全に静まっていた。誰も何も返してこないし、別の話を始める気配も無い。
――え? なに、イジメ? まだそこまで到達出来てなくない? 挨拶しただけじゃんか……。




