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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
9/30

凛ちゃん

凛ちゃんとの出会いは大学一回生のころだったか……いや、ヤマダ君と親しくなりかけの頃だから、確か一浪の末、志望大学に合格して浮かれてた時か。


因みに凛ちゃんと言うのは、話の中に突然出てきた単語から予想した呼称であって、出会ったこの日から、今の今まで、彼女にちゃんとした自己紹介をしてもらったことはない。

だから、未だに、僕は彼女のフルネームを知らないし、実際のところ名前だって凛子や凛花なのかも知れないが、それも定かではない。


大学入学前の春休み。


アルバイトを終えて下宿に戻ると、廊下にセーラー服姿の女の子が座り込んでいた。


僕たちの下宿は、今時珍しい共同玄関だから、住人か余程通い慣れた人以外が気軽に入れる雰囲気ではない。

時間も時間だし、裸電球の薄暗い板張り廊下で体育座りして、その膝に顔を埋めている様は、かなり怖いものがある。セーラー服と言うとこがまた怖い。


一個手前。つまりヤマダ君の部屋の前で座り込みを決め込んでいた。

自室へ行くには、否応なしに彼女の前を通らなくてはならない。


ふと、ヤマダ君が語った高校生時代にバイクに乗せた女の子をの話を思い出す。

まさか来ちゃったとか……まさかね。


幽霊にしては生々しいが、もし幽霊じゃなくても、こんな時間の女子高生はかなり生々しい。むしろ生臭い。


僕は進むべきか戻るべきか逡巡した。


なんにせよ、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。

そう思った瞬間、身体が自然と戻るを選択したらしい。左足を半歩後退させ、体重を乗せた瞬間、昭和の下宿の醍醐味とも言えるほど派手に床板が軋む。


当然、女の子は弾かれた様に顔を上げた。


「あれ?ヤマダじゃないじゃん?あんた誰?」


開口一番失礼な。ヤマダ君じゃなくて悪かったな。と思いつつも、怖くて何も言えない。

幽霊でも怖いけど、本物の女子高生でも僕にとっては恐ろしい。


「つーかヤマダは?」


やけに眠たそうな目で僕をジロジロと見てくる。

そのたれ目が、本当に眠いせいなのか、元々なのか、メイクなのかも僕には判断できない。それくらい僕は女の子、特に女子高生には慣れていなかった。


「あんた名前は?」

「えっと……僕は……」


やっと答えのわかる質問がきたので、僕は咄嗟に答えた。


「なんだ、喋れんじゃん。外人なのかと思ったし」


と言うと、彼女は笑った。小さな鼻の頭に皺を寄せる笑い方を見て、やっと彼女を可愛いと思えた。

大丈夫!こんな可愛い幽霊はいない……はず!


「ちょっと、ヤマダ帰るまで入れてくんない?」


彼女はスッと立ち上がり、短めのプリーツスカートを整え始めた。

そして、なんのことかとキョトンとする僕に向かって、


「あんたここの人でしょ?寒いんだけど。あんたの部屋で待たせてよ」


と、言った。

その遠慮のなさにどうも逆らえない。


「あの……鍵空いてます」


僕が奥の部屋を示すと、彼女はまた遠慮なく部屋のドアに手を掛ける。


「多分、ヤマダ君の部屋も空いてると思うけど……」


と、一応は言ってみたけれど、彼女はヤマダ君の部屋を一瞥して


「は?勝手に入るわけにいかないじゃん」


と言った。

良識があるのかないのかよくわからない。まあ、少なくとも、僕には遠慮はないらしく「おじゃましま〜す」と、彼女は朗らかに言って、部屋主より先に室内に消えていった。


こんな時、なんでヤマダ君はケータイを持たないのかと腹立たしく思う。

僕に客人を押し付けるのはこれが初めてではなかった。

しかも、今回は女子高生とかハードル高すぎだろ


「九時になったら帰るわ。ママがうるさいし」


僕はケータイで時刻を確認した。午後九時まであと三十分強。

どうせなら、僕の部屋に上がる前に諦めて帰ればいいのにと思ったけれど、やっぱり言うことはできなかった。


女子高生と二人きりなんて、普通の男子は喜ぶべき状況なのだろうが、免疫ゼロの僕にとっては拷問以外の何物でもない。

ヤマダ君が勝手に部屋に入るから、如何わしい物なんか置いてないし、割と部屋は綺麗にしている方だけど、問題はそこじゃない。

会話が出来ないのだ。


一応、座布団を勧めて、翌朝飲もうと思って帰りがけにコンビニで買ったペットボトルのジュースを出したりはしたけれど、これ以上どうすればいいんだ。


「なにしてんの?座れば?」


腰を下ろす場所さえ決められない僕に、彼女は平気な顔で小さな折りたたみテーブルの対面を指した。

もちろん、言われた通りにする。

しかし、次は視線の置き場に困る。

女子高生と向き合って、どこを見ていればいいのか?目を見るなんて以ての外だ。

不自然に部屋の隅々へと泳がせる僕の視線を、彼女はその眠たそうな目で暫く不思議そうに追っていた。


当然ながら沈黙が降りる。


「そういえばさ……」


視線を追うのに飽きたのか、彼女が思い出した様に言った。


「怖い話してあげようか?」


なんでそうなる?と思ったけれど、間が持つならばなんでもいい。

僕は「是非に!」と力強く言った。

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