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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
僕とヤマダ君 第一部
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歩道橋の鬼

「鬼が見たいな……」


ヤマダ君が突然、妙なことを言い出した。と言っても、ヤマダ君は妙なのが普通である。


「よし、行こうか!」


そして、妙なことを言い出した後は、大体こうなる。

いつもの事だが、なんの説明もないまま、ヤマダ君は立ち上がった。僕も、何も言わず、後に続く。

以前は、どこ行くの?とか、鬼ってなぁに?と逐一、説明を求めていたけれど、どうせ「いけばわかる」の一言で片付けられてしまう。もう、諦めた。


時計をチラリと見れば、時刻は午後5時前。いつもにしては、早い時間だ。

歩いて行くようだから、そんなに遠くへは行かないのだろう。


「鬼って言うとさ、お前は何を思い浮かべる?」


初秋の心地よい風に乗せて、ヤマダ君がポツリと言った。前を歩くヤマダ君の背中は、真っ正面の大きな夕日に溶け込むように揺らぎ、まるで陽炎のようだった。


「赤鬼とか青鬼とか……」


僕は、目を細めながら言った。


「桃太郎に出てくるやつかなぁ」

「ツノがあって、半裸に虎のパンツ、棍棒持った、いかついヤツ?」

「そう、それ」

「鬼と言ったら、やっぱそれだよな。でも、今回はそれじゃない」


確かに、そんなのが徒歩圏内にいる、もしくはあるのなら、僕もしっているはずだ。この街には鬼のモニュメントが立つ様な所縁はないはずだし、コスプレオヤジならば、ソッコーポリス出動である。


じゃあ、どんな鬼なんだ?と思ったが、愚問だろうと飲み込んだ。

道中でヤマダ君が何かを語る時、それは目的地に纏わる話ではない。飽くまで、いわくから連想される関連話であって、実際に僕がその場で体験したあとでなければ、真相は明かさない。


「他にも鬼と言えば殺人鬼だとか、人の心の闇に巣喰う物の事だったり、恐ろしい物、悪いものの総称だったりするね」

「目に見える物ばかりじゃないってこと?」

「どうなんだろうね。今回は見えるといいね」


この問いも愚問だったか、それとも意外と核心をついていたのか、ヤマダ君は笑みを浮かべて振り返った。


まさに不敵な笑みという言葉が相応しい、ヤマダ君の笑み。この笑みを見る度に、僕は不安と昂揚を同時に覚える。何かに巻き込まれているのだと言う実感と、隠すことのないヤマダ君の悪意がそうさせるのだ。


先程まで空を真っ赤に染めていた夕日が、いつの間にか、薄紫のベールに侵食されて来ていて、より一層不気味に感じる。

そろそろ着くのかなと空から視線を下げると、ヤマダ君の背中が視界いっぱいに飛び込んできた。

いつの間にか、ヤマダ君が立ち止まっていた。鼻っ柱をぶつけるギリギリで、急ブレーキが間に合ったらしい。


後方からヤマダ君の顔を覗き込むと、僕らの左側を走る国道の先を少し悔しそうな眼差しで見つめているようだった。

視線を辿れば、そこには人だかりが出来ていて、警察車両が数台と、救急車が一台とまっている。片側二車線の道路だけれど、僕らから見て、対向車線側が一部通行規制されているらしく、いつもビュンビュン流れている車がジリジリともどかしそうに動いていた。


「何かあったのかな?」


僕が疑問を口にするより早く、ヤマダ君が動き出した。早足で野次馬らしき人だかりに向かい、一人を捕まえて何か聞き出そうとしている。やや、遅れて僕が駆け寄った時には既に、ヤマダ君の中ではなにかしらの結果に辿り着いていたようだ。


「そうですか……ありがとうございます」


ヤマダ君は、明らかに落胆した様子で踵を返した。そのまま、元来た道を辿ろうとするので、僕は慌ててヤマダ君の肩を掴んだ。


「なに?どうかしたの?」


ああと口の中で呟き、すっかり存在を忘れていたらしいどろんとした目でヤマダ君は僕を見た。


「うん。あの歩道橋」


首を軽く捻って、国道にかかる錆び付いた歩道橋をヤマダ君が示す。


「あそこで、飛び降り自殺だってさ……」

「え……」

「頭から落ちて、通過するトラックにはねられて、ほぼ即死だってさ」


背中を毛虫が這うような不快感が全身を駆け巡る。

怖い……

ごく身近に、生身の死があるから怖いのか——いや、それだけじゃない。

僕は、言い知れぬ恐怖が体中に纏わり付いているような感覚に陥っていた。


「お……に……?」


思わず零した僕の音に、ヤマダ君が深く頷く。が、直後に、ハッとして首を横に振った。


「さあ、どうだろうね。偶然かも知れない。ただ、ここに来れば鬼が見れるかと思ったんだ」


ヤマダ君は哀しそうだった。鬼が見れなかった事が哀しいのか、それとも面白半分に来て見れば、悲惨な事件に出くわしてしまった事に後悔しているのか……

恐らく前者だ。

誰かの死に心を痛める様な人ではないと、短い付き合いだがわかっている。

そんなヤマダ君の性格に、僕はしばしばやるせない切なさの様な物を覚えた。


「さあ、帰ろうか」


きっとヤマダ君の言う鬼は、誰かの死によっていなくなってしまったのだろう。

なんとも後味が悪いけれど、僕は何も言わずに帰路を辿るヤマダ君に続いた。

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