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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
28/30

H&C超常現象相談所

ヤマダ君は“自称”友達のいない男なのだけれど、その割には、夕陽荘で彼を待ち伏せしてる人がやたらといる気がする。

それが、凛ちゃんのような女性なら尚更、友達でなければなんなのだ!と突っ込みたくなってしまうのは、単なる僕の僻みだろうか。


大学一回生の春


授業を終え、帰宅すると共同玄関前に見慣れぬ女性が立っていた。

年の頃は20歳そこそこ。身長はヒールを履いて170cm程度、スラリと伸びた足にくびれた腰、グラビアアイドルばりの豊満な胸。腰まであるだろう長いストレートヘアは天然なのか染めているのかわからないが、綺麗なオレンジ色だ。

顔付きもスタイルに負けず劣らず艶やかで、ややつり上がり気味のアーモンド型の瞳、鼻梁は高いが主張しすぎない鼻、キュッと口角の上がった少し厚めの唇。

どこぞのモデルか女優かと思ったが、ただ残念なのは、服装だった。ボディコンとでも言うのだろうか?ボディラインを強調する黄色のミニワンピースに赤いだぼだぼのカーディガンを羽織ったもので、やや時代錯誤に思えた。眉が太めの化粧もどこか古臭い。

しかし、そんな美人と対峙したことの無い僕は、横を通り過ぎる事にすら躊躇いを感じ、夕陽荘玄関前約10メートルから一歩が進まずにおろおろとしていた。彼女はこちらには気付いていない様子である。

そこへ「あの」と、突然後方から声を掛けられ、ビクッと肩を跳ねあげる。

恐る恐る振り返ると、そこには、紺のブレザーにチェックのパンツという出で立ちの男の子が立っていた。

耳にギリギリかからない程度の気持ちばかりの脱色をした暗めの茶髪に、目も鼻も唇も大きすぎず小さすぎず、太ってもいなければ痩せてもいない。背も、当然僕よりは高いけれど(涙)平均的な、まさに平凡を判で押したような男子高校生だった。


「あの、ヤマダさん……?ですか?」


彼は僕の大袈裟な反応に目を丸くしたままで、遠慮がちに聞いてきた。

僕も体を固くしたまま小さく頭を振る。


「いえ、ち、違います」


明らかに年下とわかる人に対しても、声が裏返ってしまうとは情けない。

相手は「そうですか……」と口の中で言ったっきり黙ってしまった。ここで、僕がヤマダ君の隣人であることなどの情報を与えるか、もしくは相手がこの場を立ち去ってくれればいいものの、何故か無言で立ち尽くす僕達。

あれ?もしかして、この子も僕と同じでコミュニケーション能力に問題ありですか?と、多少の親近感を覚える。

だからと言って、気が楽になって話し出せるなんて事はまずないのだけれど……

僕らは気まずい空気の中、暫く向き合っていた。もちろん、目は合わせることなく、俯いたまま。

すると、そんな僕らに気付いたのか、玄関前に立っていた美女が無表情で近付いてきた。

無表情の美女って、なんだか怒っているように見えるのは僕だけだろうか?それとも、細いヒールが地面を叩く音がそう思わせたのか……僕はその姿を視認した瞬間に圧倒されて、カゴの隅で怯えるハムスターよろしく身を竦ませた。


「あ、ひよりさん」


ハムスター状態の僕の横で、男の子が少しホッとしたように呟いた。ひよりさんとは彼女の名前か?彼はこの美女と知り合いなのだろうか?

知り合いだとしてもこんな美女と平気で話せるなんて、先程感じた親近感は是非とも返上しなくてはならない。

美女は男の子に見向きもせず、僕を足先から頭までジロジロと値踏みするように観察していた。

ここにおがくずがあるのなら、潜りこんで身を隠したい気分である。

思わず赤面する僕に助け舟を出したつもりか、男の子が間に入るように一歩踏み出して言った。


「あ、彼はヤマダさんじゃないですよ」


当たり前だ。と僕が思うが早いか、美女が「当たり前でしょ?知ってるわよ」とピシャリと言う。

ヤマダ君じゃなくてすみませんでした。


「あなた、ここの住人なのかしら?」


僕の観察がある程度済んだのか、美女は腰に当てていた手を胸の前で組み直してそう聞いてきた。少し背を反らした体勢が余計威圧的に見える。

僕は消え入りそうな声で「はい」と頷いた。


「あなたが、ヤマダの助手かしら?」


次の質問はちょっと意味がわからなくて、僕は首を傾けてしまった。

助手?なんの助手?ヤマダ君本人が“友達なんぞいない”と言っているので、僕はヤマダ君の友達ではない。ではなんだと言われたら、隣人くらいしか言いようがないがだが……助手と言うのはこれまたしっくりと来ない。大体、この時、僕はヤマダ君の仕事を知らなかった。完全にニートだと思っていたので、ニートに助手と言うのも変な話だ。


「えっ……と……いや、あの……助手と言うのはその……」


僕がしどろもどろしていると、美女はもう興味が失せたのか、そっぽを向いてしまっていた。僕と男の子だけが、気まずくオロオロするばかりだ。一体、なんなのだ?

どうやら、この人達はヤマダ君の客で間違いなさそうなのだけど……

タイミングの悪いことに、ここ数日間、ヤマダ君の姿を僕は見ていない。凛ちゃんの時と同様に僕の部屋で待たせてくれなんて言われたら堪ったもんじゃないと思った。

とりあえず、ヤマダ君は留守であることを伝えるべきか。伝えるのなら、どうやって待つ方向ではなく帰る方向に話を持っていくべきか……ダメだ、コミュニケーション能力も語彙力も低すぎる僕には、そのような誘導作戦は難易度が高すぎる!と、途方に暮れていた所に


「おい、そんな所でなにやって――」


と聞き慣れた声が降ってきた。

声の方に顔を向けると、何故か週刊少年ジャンプを小脇に抱えたヤマダ君がすぐそばまで来ていた。相変わらず足音と気配を殺すのが上手い人である。


「あ、ヤマダ君……」


数分前の男の子のようにホッとして呟くが、ヤマダ君は「あれ?お前……」と、僕を押しのけて美女の前に歩み出た。


「あー、やっぱりひよりか?久しぶり、三年ぶりくらいか?」


確かに服装はダサいが、こんな美女に全く気負いすることなく、ヤマダ君がひよりと呼ばれた彼女の肩を叩く。珍しくテンションの上がるヤマダ君とは反対にひよりさんは「そうよ」と言わんばかりに先程よりも更にふんぞり返りクールを決め込んでいる。その態度は、どこか照れ隠しの様な感じがした。心做しか、頬も紅潮している気もする。

何?この温度差……しかも、こんな美女にこんなにも親しげに――まさか、元カノとか?と、すぐにそういう方向に持っていこうとしてしまうのは実に陳腐な思考であると自認しているが、どうも止められない。

恐らく男の子もただならぬ想像をしているのではなかろうか。歯がゆそうにチラチラとヤマダ君を見ていた。

ますます気まずくなる我々をよそに、ヤマダ君は一人でなにやら喋り続けているが、ここにいる誰もがそのテンションについていけてないない。

一向に答えないひよりさんに問いかけるのを諦めたのか、ヤマダ君は不意に男の子の方を向いて


「で、こちらさんは?」

 

と聞いた。偶然にも目が合ってしまったのか、男の子は慌てて


「あ、僕は福田千尋と申します」


と頭を下げた。それを聞いて、テンション爆発だったヤマダ君の眉毛が微かに動く。


「ちひろ?」

「そうよ。あたしの助手なの」


今まで何を言われても反応しなかったひよりさんが、急に――しかも、やや食い気味でそう答えた。それ以上の詮索を避けるためなのは明らかだ。

ヤマダ君もそれを察したのか、そこには触れずに「は?助手?」と、やや小馬鹿にしたように笑う。

ひよりさんはムッとした調子で

 

「そうよ。悪い?」

 

と、一度はそっぽを向いてみたが、

 

「いや、悪くはないけど……」


とヤマダ君が更に煽るように鼻で笑うので、不愉快を全力で表現するようにヤマダ君を睨みつけた。

ヤマダ君の煽りを間に受けて、ムキになる姿を見て、ひよりさんは見た目よりもずっと若いのかも知れないとふと思った。そして、この二人、やっぱりただならぬ……とも……

明らかに悪意のあるニヤけ顔で、二人をジロジロと見るヤマダ君に、更にムキになったひよりさんの右のヒールが地面をカツンと大きく叩いた。


「ちょっと!なによ!あたしはあんたみたいなボンクラとは違うのよ!ちゃんも事務所を立ち上げて、ちゃんと仕事としてやってるの!!」


何のことか僕にはサッパリわからなかった。いや、ヤマダ君にもわかっていない様子だ。

ポカンとする僕達に、余計腹を立てたのか、ひよりさんは荒々しく鞄に手を突っ込んで何やら取り出し、ヤマダ君の胸に押し付けた。呆気に取られるヤマダ君が受け取って確認した物は、どうやら名刺らしい。僕も横から首を伸ばし、それをのぞき込む。


H&C超常現象相談所

安西 ひより

 

と、そこには書かれていて、住所は鹿武狩市であった。鹿武狩市は僕らの住む芦利市から100キロ近く離れた場所にある。何故、わざわざそんな所から――ってか、


「なんだよ、超常現象相談所って……」


僕も思ったことをヤマダ君が言ってくれた。それをまた煽りにとったのか、ひよりさんはぷりぷりしながら、説明していた。が、要は、その名の通り、通常では説明のつかない事柄の相談を受け、調査する所らしい。調査員はひよりさんと助手の千尋くんだけ。今のところ。ゆくゆくはちゃんとした会社にしたいと熱弁していたが、その頃にはヤマダ君はもう話などどうでもいいと言わんばかりに手にしたジャンプを気を取られていた。


「で、何しに来たんだよ?」


やっと、ひよりさんの熱弁がおさまった頃合を見計らって、ヤマダ君がため息混じりに聞く。

すると、ひよりさんは腰に手を当ててふんぞり返ってこう言った。

 

「今日は勝負しに来たのよ!うちの助手とあんたの助手、どっちが有能なのかね!」


最初からそうだけれど、この人の言っていることは全く意味がわからない。わからないけれど、何故かビシッと突き出されたひよりさんの指先は、僕の方を指していた。

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