有高さんへの呪い 後日談
出会ってから暫く経っても僕はヤマダ君がどうやって収入を得ているのか知らなかった。
ヤマダ君は大抵夕陽荘に詰めていて、学生ではなさそうだし、定職に就いているとはとても思えない生活を送っていた。
そんな生活だから、出費はあまりないのだろうけど、全く使わないということはあるまい。僕のバイトがない日などは、よく近所のファミレスに夕飯を食べに行ったし、休日には共に出掛けたりもしたが、特に金に困っている様子もなく、金の無心をされたことも一度もない。
いい歳して仕送りか?とも思ったが、カスガさんから、両親が既に他界していることを聞かされて、それは無いことを知った。その流れで、カスガさんに聞けば良かったのかも知れないが、他人の収入源を根掘り葉掘り聞くのは趣味のいいものではない。
結局、本人にも聞けず数年が経ってしまった。
まあ、ヤマダ君の経済状況がわからないことで僕が困ることと言えば、外食の時の店選びくらいなものなので、ある程度の月日が過ぎた頃には特に気にすることもなくなった。
たまに数日部屋を開ける事があるので、その時に割のいい短期バイトでもしているのだろうと、勝手に決めつけていたくらいだ。
まあ、取材の手伝いをしていたと言うことで、この予想も当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。
「まさか、雑誌の取材を生業にしてるなんて」
珍しく尊敬の目を向けてみたが、ヤマダ君はいつもの通り僕を馬鹿にしたように笑う。
「生業になんかなるかよ?月に一回程度の取材の手伝いごときで……」
「え?そうなの?」
「そりゃそうさ。1ページ、多くても一、二万の原稿料の中からのバイト料なんだから生活できるほど貰えると思うか?」
「え?雑誌の記事ってそんなもんなの?」
「相変わらず、アホで可愛いなぁ」
ヤマダ君は僕の頭をポンポンと叩いた。最上級の屈辱であるが、抵抗も反論も僕には出来ません。
ヤマダ君は、取材に好きでついて行っているだけのボランティアのようなものだと言った。
有高さんは、ヤマダ君をえらく気に入ったらしく、まだ子供のうちから取材らしきものに連れて行ってくれていたらしい。以前はオカルト系や新興宗教施設周辺などの危ない場所にもバンバン行ったらしいが、あの一連の出来事の後は有高さんもすっかり大人しくなったらしい。
もちろん、依頼主である雑誌の毛色にもよるのだけれど、今では主にパワースポットなどのスピリチュアル系な場所の取材を行っているという。
因みにヤマダ君が高熱を出した時の取材は、コンビニなんかでも最前列に並ぶような某有名タウン誌の取材で滝行体験に行ったそうだ。
これは余談になるが、ヤマダ君は滝行で風邪をひいたわけではなく、日頃の運動不足のせいで、行き帰りの道中で既にへばっていたらしく、帰宅後そのままダウンしたのだった。
後日、掲載された記事を見たけれど、滝行とは、別に寺とかでやっているわけではなく、滝行専門の道場みたいのがあって、参加者が風邪などをひかないように細心の注意がはらわれていると言ったような事も事細かに書かれていた。その記事自体も面白かったのだけれど、涼しい顔で滝に当たるヤマダ君の写真もかなり笑えた。この時点で相当無理をしていたはずだ。
「そう言えば、お前にトモさんの話をしたの少しだけ後悔してる」
「え?なんで?」
ふいに、らしからぬことを言い出したヤマダ君にギョッとして問い返すと、ヤマダ君はあの時のように、どこか言いづらそうに首を傾げてこう言った。
「だって、呪いってうつるって言うじゃん?」
「えっ!?」
益々ギョッとした僕を見て、ヤマダ君はプッと吹き出す。
「いやいや、それは冗談だけど……」
「はぁ〜。ヤマダ君の冗談っていつも笑えないから……」
「いや、冗談でもないけど……」
「えっ!?どっち!?」
「まあ、どっちでもいいんだけどさ」
いや、僕にとってはよくないんですけど!?と思ったけれど、これ以上は不毛なやりとりになるため諦める。
「やっぱり、人の話をベラベラと他人に話しちゃうのは良くなかったと思うわけよ」
「ああ、確かに、そんなことするのヤマダ君らしくないなと思ったよ」
「うん。ただあの時は、お前がトモさんに会うことなんてないからいいかな?って思っちゃったわけ」
「え?なんで、会っちゃダメなわけ?」
「いや、ダメと言うか……
会ったら、本当にツいてくるかもしんないからね……」
今までで最大級の悪寒が全身を駆け巡った。
あの時、ヤマダ君が言いたいけれど言えなかったのは、この事だったのかと理解した。
本人から直接聞けと言わないのは、本人に会わせたくないと言う理由と、恐らくもうひとつ――本人は気付いていないから。
まだ、呪いのは終わってないのではないだろうか……?
「まあ、俺も呪いとか半信半疑だし、あのおばちゃんに祓ってもらったのなら、ここ数年は本人にはきっと近付けないんだろうしね」
その言葉を聞いて、悪寒より目眩が来た。
ヤマダ君にはもしかして見えているのではなかろうか?
近付きたくても近付けなくて、怒りに満ちた形相を浮かべるステレオタイプのやつが――想像してしまって、後悔と吐き気が襲って来た。
それを払うかのように、ヤマダ君が僕の背中をバンバンと強めに二回叩いた。そこからの記憶が僕にはない。
気付くと、閉め切りのカーテンの隙間から夕陽が差し込んで来ていた。どうやら、眠ってしまっていたらしい。
ヤマダ君は壁を背に本を読んでいた。マルチメディア化された話題作の文庫本だった。
僕は落ち着きを取り戻し、あの想像を再びしたとしても、どこかで見たホラー映画のワンシーンとしか思えないような気がした。
ただ、一度はお目にかかりたいと思ったロマンスグレーのイタリアンマフィアにはもう会いたいとは思わなかった。
事実、僕はこの有高友介さんなる人物に一度も会ったことはない。きっと、これからも、会うことはないだろう。
ふと、これを機会に聞きたいことを聞いてしまおうと言う気になった。
「あのさ、取材の報酬がメインの収入じゃないって事は……ヤマダ君て――」
言いたくないことであれば、どうせ濁されて躱されて終わりだろうし。
しかし、思い切って聞いてみれば、ヤマダ君はあっさりと答えてくれた。
「あれ?言ってなかったっけ?不労所得ってやつだよ」
「え?フロー……?」
「そうそう。じじいが遺してくれた不動産な。鹿武狩に割と大きなマンションあって、一棟丸々、カスガと俺が折半で家賃収入もらってんの」
「えっ……えっ?えぇぇぇ!?」
「因みにこの夕陽荘も俺の」
「はぁ……は?はぁぁぁぁ!?」
「ここは、まあ、ほぼ赤字物件だけどね」とヤマダ君は笑っていたけれど、僕は開いた口が塞がらなかった。
ヤマダ君って、もしかしてめちゃくちゃボンボン?ってか、超お金持ち??格差社会???
そんな事が思いっきり顔に出ていたのか、ヤマダ君はフォローするように付け加えた。
「いや、言っとくけどな、信託だし大してもらってないぞ?つーか、俺はここが欲しかったし、カスガはじじいのボルボが欲しかっただけで、他になんもいらねぇって言ったんだけど、それであとからたかられても嫌だからって無理矢理マンションは押し付けられて縁切りされたようなもんだからな」
それでも、僕にはわからない世界である。ボンボンであることには間違いなさそうだし……
他にも根掘り葉掘り聞きたいような気もしたが、聞いてもどうせ理解出来ないだろうと思い、諦めた。
今まで、こんな所に住むくらいなのだから、貧乏と言わないまでも、まあまあ切迫した経済状況であるのだろうと勝手に決めつけていたが、ちくしょう――今度、なにか奢ってもらおう。と心に決めた。
いや、待てよ――ヤマダ君が夕陽荘のオーナー?大家さん?ってことは、なにか粗相があったら、追い出されてしまう可能性もあるのか?これから、どう付き合えばいいんだ!?
衝撃の事実に混乱を隠しきれない僕を、ヤマダ君は今度はフォローもなしに、ただニヤニヤしながら眺めていた。




