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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
25/30

有高さん

大学三回生の秋頃。

 

その日は休講で、僕は自室に篭っていた。

カナブンさんはいつもの如く研究室に泊まり込みをしており、キサキさんは仕事だったかイベントだったかで留守で、数日前からヤマダ君もどこかへ出掛けたきりだった。夕陽荘に居るのは僕一人である。

階段脇に置かれた、年代物のピンク電話が朝からジリジリ鳴っている事には気付いていた。

でも、僕は、ヤマダ君に邪魔されるために、なかなか進まない大作RPGを朝からプレイしており、それを無視し続けていたのだ。

昼を過ぎようとした頃、また電話が鳴った。もちろん、無視しようと決め込む。

その時、トントンと、隣室から壁をノックする音が聞こえた。僕は、ビクリと肩をはね上げた。

ヤマダ君は留守なはずだ。それなのに、隣室から弱々しくであるがトントンと壁を叩く音がする。

電話はまだジリジリとなり続けていた。

僕は全身を固くして、けたたましく鳴り響く電話のベルの隙間から聞こえるノック音に耳を澄ませていた。

どれくらいそうしていただろう。気づくと電話は鳴り止み、ノックも聞こえなくなっていた。

今は何時だろうか?などと、どうでもいいことが、僕の頭を過ぎった。

その時、


「おい……」

「お……い……」


と、くぐもった声が聞こえてきた。

再び、僕の全身がガチっと固まる。


「電話……でん……わ……出てくれ」


それは、間違いなく隣室から聞こえてきた。そして、間違いなく、それはヤマダ君の声だった。

どうやら、僕の気付かぬうちに、ヤマダ君は帰宅していたようだった。

なぜ最初にノックを聞いた時に、この可能性を考えなかったのだろうか。僕の脳は、数年の間にすっかりオカルト脳に作り替えられてしまっていたようだ。

それにしても、様子がおかしい。電話くらい自分で出ればいいじゃないか。とは思ったけれど、それが不可能とわかるほどに、ノックの音も声も弱々しい。いつものヤマダ君とは明らかに違う。

僕は、急いで自室を飛び出し、ヤマダ君の部屋へと向かった。


ヤマダ君の部屋は相変わらずがらんとしていた。

窓際に置かれた文机一つと、よく分からない本がまばらに入れられたカラーボックス一つ。

いつも閉め切っている遮光率が低いカーテンからは光が漏れ、室内の埃がハラハラ舞うのがよく見えた。

中央敷かれた万年床にヤマダ君姿はなく、一瞬ビビったが、なんてことは無い。這いずって、僕の部屋のある壁側まで行ったらしく、くたびれた掛け布団を尻に引っ掛けた状態で、ヤマダ君は壁の前で片手を上げたまま力尽きていた。

慌てて駆け寄り、抱き起こそうとしたが、30センチ近く(以上?)ある体格差では、中々上手くいかない。

四苦八苦していると、ヤマダ君の方が諦めて


「大丈夫……布団までは戻れる……」


と、明らかにしんどそうに上体を起こし、また這いずるようにして万年床へと戻って行った。

見た目にもわかる通りだが、触れてみて確信する。


「どうしたの?凄い熱じゃないか!?病院行かないと!救急車呼ぼうか!?」


出会ってこの日まで、こんなに弱ったヤマダ君を目にしたことのなかった僕は混乱し、つい大声を上げてしまった。

それが頭に響いたのか、ヤマダ君は眉間に皺を寄せて「いや、いい……風邪」と、短く言った。返答するのも辛そうだ。

とにかく、なんとかしなくては!とは思っても、僕の経験の浅さと、すぐ混乱する馬鹿な頭では看病に必要なことを整理することも出来なかった。

すぐに、カスガさんやひよりさんに助けを求めた方が効率的だったかも知れないが、そこまで頭も回らなかった。

思えば、こんな頼りない奴に枕元でおろおろされたら、ゆっくり寝込んでもいられないだろう。ヤマダ君は、眉間に皺を寄せたまま、短い言葉で僕に指示を出し始めた。

言われるがまま、納戸をひっくり返して見つけた埃をかぶった救急箱の中から使用期限の定かでない風邪薬を取り出して飲ませ、着替えを手伝い、トイレに行きたいと言うので肩を貸し――

体を拭くためのタオルを用意している時にふと、あー、着替えの時に、このくらい僕が気付くべきだったのに……僕はヤマダ君が弱っている時ですら気を回せない。なんてダメなやつなんだ……と自己嫌悪に陥っていたら、やっと僕の小さき脳に名案が浮かんだ。


「僕、コンビニに行って、熱冷ましのシートとか、飲むゼリーとか買ってくるけど、他に何かいる?」


小さき脳なので、名案と言ってもこの程度だ。

体を拭いてあげながら、そう問いかけると、ヤマダ君は軽く頭を振った。


「いや、きっとまた電話が来るから、電話に出て欲しい」


まるでヤマダ君のその言葉を待っていたかの如く、再び夕陽荘の電話がジリジリと鳴り出した。

もう、自分で電話に出られるくらい回復しているのではないかとも思えたが、ほぼ役立たずの僕である。黙って従うことにした。


そう言えば、夕陽荘に備え付けの電話はなんとなく携帯電話を持たないヤマダ君の物と言う気がして、この時まで使用した事はなかったような気がする。キサキさんやカナブンさんも、きっと同じだったのだと思う。そもそも、電話を使いたいのなら自分の携帯電話を使えばいいから、この電話を使用するのはヤマダ君だけだった。

そのせいか、僕は少し緊張し躊躇いながらも受話器を取った。


「も、もしもし?」


僕が問いかけると、相手もこれがヤマダ君専用電話だと認識していたのか、一瞬、驚いたような間があった。


「何度もお電話して申し訳ありません。私、有高(アリタカ)と申しますが、こちらは夕陽荘でお間違いございませんか?」


いかにも渋いオジサマと言った感じの口調と声色であった。有高――と言う名前も初めて耳にする。


「はい。こちらは夕陽荘です」

「ヤマダ君はいらっしゃいますか?」


やはり、ヤマダ君への用件であったかと思いつつ、いかにもオジサマ――しかも、上品そうな――が、ヤマダ君になんの用か興味が沸いてきた。それ以前に、非常識なヤマダ君がこんな常識ありそうなオジサマと繋がりがあること自体、意外で仕方ない。

僕はヤマダ君が寝込んでいて、電話に出られない旨を話し、良ければ伝言を承ると有高氏に伝えた。関係性を探りたいという意図はあったものの、嘘は言っていない。

 

「そうですか……寝込んでしまいましたか……本当に申し訳ない」

 

そう独り言のように呟いたあと、有高氏が電話越しに逡巡するのがわかる。


「申し遅れましたが、私は現在、フリーランスでライターをしております、有高(アリタカ) 友介(トモスケ)と申します。ヤマダ君には、よく取材のお手伝いなどをして頂いております。失礼ですが……あなた様は?」


フリーランスでライター?取材の手伝い?もちろん、その辺にも引っかったけれど、あなた様は?と聞かれて、今度は僕が逡巡する番だった。

ヤマダ君は自称“友達はいない”と言っている。なので、僕はヤマダ君の友達ではない。それならば、一番しっくりくるのは――おもちゃ?子分?モルモット……いやいやいやいや、そんなことを言って、万が一掘り下げられたら、なんて説明すればいい?と言うか、冗談として笑い飛ばしてくれる雰囲気でもない。


「隣人です。ヤマダ君に頼まれて電話に出ました」


結局、無難にそう返した。すると、有高氏はホッとしたのか、ふっ小さく笑ったのか、一つ小さな息を吐いてから続けた。


「そうでしたか。これは、失礼いたしました。ヤマダ君のお加減はいかがですか?」


有高氏がやや緊張の取れたような口調になったとの、聞き心地の良い声に僕の緊張も次第に和らいでいった。

有高氏はすぐに見舞いに来れないことを詫び、もし、体調が悪化するようなら病院へ連れて行ってくれるように僕に頼んだ。万が一の連絡先や、診療代金についての請求をして欲しいことなども事細かに僕に伝えてきたが、決して事務的ではなく、心から彼がヤマダ君を心配しているのがわかるものだった。その上で、すぐにこの場に駆けつけることの出来ない自分を責めているような、僕に頼むことを申し訳なくも悔しく思っているような感じもなんとなくではあるが、察することが出来た。それは、彼とヤマダ君が随分と長く親密な付き合いなのではないかと言うことを示唆しているようだった。

しかし、可もなく不可もなくのコミュニケーションスキルとチキンハートしか持ち合わせていない僕は、やはり有高氏とヤマダ君の関係性について踏み込んだ質問など出来るわけもなく――


「では、くれぐれもヤマダ君をよろしくお願い致します」


と、締めくくられ、電話は切れてしまった。

一体、なんだったのだろう?ライター?取材の手伝い?

どうしても電話に出て欲しいと懇願するような内容でもなかったはずだし……

有高氏に言われたことのメモを見つめながら、僕は首を傾げた。


部屋に戻ると、ヤマダ君はすやすやと眠っていた。

聞きたいことは沢山あったけれど、今のうちにコンビニに行っておこうと思い、僕はメモを枕元に置いて部屋を出た。

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