キョウさん怖い 後日談
後日――と言うか、帰ってきたヤマダ君にすがりつく様にして、昨晩あった出来事を話した。
「なになに!?なにが言いたいの?俺は怖いんだぞアピール?」
混乱と恐怖に興奮状態の僕を「まぁまぁ」と宥めながら、ヤマダ君が言う。
「単に世間話じゃないの?あの人にとっての」
「まさか!わざわざ、ご飯まで用意して、あんな気持ち悪い話しするなんて、むしろ拷問!」
「ははは。確かに。でも、本当に怪談話とか好きだろうって言う気遣いなのかもよ?」
確かに、怪談話と言えばそうだ。
この話にはおかしな所がいくつもある。
紐が切れる、首が伸びる――つまり、それなりの時間が必要だろう。電話があってどのくらいで駆けつけたのかは不明だけど、少なくともオートロックを開けてから行動に移ったのならば、そうはならないのではないか――
「幽霊からの電話……」
そうやって、ただの幽霊話しとして分類してみれば、いくらか恐怖が薄らいだ。
「でも、本当に怖いのはそこじゃない」
僕の呟きに、ヤマダ君がすかさず含み笑いを差し込んできた。
「え?」
「そもそも、落下した先が椅子なのがおかしい。普通、首を吊るなら椅子を蹴るだろ?真下に椅子はない」
「でも、回転椅子なんだから、準備している時点で椅子が回っちゃって、首が締まったとか……」
「いや、それもおかしい。大体、そんな安定性のないものを選ばないだろ?」
言われてみれば、確かにそうだ。でも、精神的に完全に参っていて、そこまで頭が回らなかったと言う可能性もある。
とは口にしなかったけれど、ヤマダ君は察したようだった。
「例えば、椅子の件はお前の意見が正しかったとしても、落下した後、偶然にも着席した状態になると思うか?高い椅子なら尚更、バウンドして下に落ちるのが普通だ。更に、硬直だってあるのに、自然にそうなることはまず不可能だろうね。変なところだらけだよ」
「そう……だよね?ってことは、この話しは嘘?」
僕は少しホッとしていた。僕にこんな嘘をつく意味はわからないけれど、嘘なら嘘でもうおしまいにしたい。
「まあ……そうとも言い切れないけれど……」
ヤマダ君がふっと息を吐いた。微かに笑ったのか、単なるため息だったのか判断できなかった。
「もしかしたら、全部誰かが仕込んだ事だったとか……」
「仕込みって?」
「うん。仮説だけれど、その人が自殺しているのを発見した人がいて、その第三者が死体を動かし、電話をし、オートロックをはずした……」
「は?なんで、そんな事……」
「そりゃ、第一発見者、果ては殺人罪を擦り付けたかったからじゃないか?」
幽霊話しなんかよりもよっぽど説得力がある。
怨恨か、同業者が面倒を擦り付けたかったのか……理由はいくらでもある。
「実は、この話しには続きがある」
「え?ヤマダ君、この話、知ってたの?」
「うん。まあ、オチまで聞いた」
オチ――聞きたくない気もするが、聞いて置かなきゃ気が済まない感じがする。僕が戸惑っている間に、ヤマダ君はかまわず話し始めた。
「数日後、兄貴と呼んでいた奴が死んだ」
「ちょ……え?呪いって事……?」
「いやいや、全然別の債権者だかの奥さんだか母親に刺されてね」
「あ……うん。え?これが、どうオチなの?」
「ん?そこで、キョウくんは人間の怨念とか業とかってあるんだなって思って、その仕事を辞めたとさ」
「ちゃんちゃん」とヤマダ君は手を打った。オチとしてもなんだか煮えきらない話しだ。
色々疑問も残るけれど、もう考えたくない。
僕にも話してヤマダ君にも話すと言うことは、理解はできないけど彼にとっての単なる世間話か自慢話なのかもしれない。
「たぶん、反応が見たかったんだよ」
ヤマダ君が独り言のように呟いた。
「反応ってなんの?」
という僕の問いに、ヤマダ君は答えなかった。
「とにかく、あの人に関わらない方がいいよ」
とだけ言った。
そして、ここからが本当の後日談。
あの日、下宿には人がいなかった。もちろん共同玄関の鍵は閉まっている。
更に、心許ないが僕の自室の鍵も閉めていた。
なのに、キョウさんは僕の部屋にいた。
最初はヤマダ君が面白がって鍵を渡していたのかとも思ったが、反応を見る限りではそうではないようだ。
きっと、この古びた下宿の鍵を開ける事など、技術的にも精神的にもキョウさんにはなんともないことなのだろうと思うと、一層あの人が怖くなった。




