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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
23/30

キョウさん怖い

キョウさんが作っていたのは、回鍋肉とキュウリのたたき和え、それにわかめスープだった。

半島出身なら、チゲ鍋とかじゃね?とも思ったけれど、怖いので突っ込まない。


キョウさんは相変わらずニコニコとしながら、説明もなくてきぱきとこたつの上に料理を並べ始めた。そして、当然のように僕の対面に自分の皿を準備すると、腰を下ろし手を合わせる。倣って僕も手を合わせ、上目でキョウさんとのタイミングを計りながら「いただきます」と頭を下げた。


僕たちは狭いこたつを挟んで、暫く黙々と口に料理を運んだ。当然、箸をつけるのを躊躇いはしたが、その躊躇いすら悟られてはいけないと言う緊張感がどこかにあった。


料理はプロ顔負けと言っていいほど旨かったけれど、「おいしい!」と告げることさえできない。

キョウさんはいつも柔和な表情をしていているのだが、纏った空気は殺気に近い物がある。

もちろん、なんでここにいるのかと言う事も聞くことは出来ない。


「お口に合うかな?」


料理を半分ほど片づけたところで、キョウさんが唐突に口を開いた。

反射的に僕は大きく頷く。


「はい!おいしいです!!」

「はは、そんなに緊張しなくても」


とキョウさんは笑ったが、とても緊張が和らぐ感じはしなかった。

更に肩を強ばらせた僕の反応を楽しむかの様に「そいえば……」とキョウさんは、明るい声で話し始めた。


「数年前……ヤマダにも会う前かな……?」


笑顔は絶やさず、時折、思い出したように半島訛りを交えながら、でも淡々と……


最初こそ、真剣に聞いていたが、途中から何故こんな話しを聞かなくてはいけないのか……と僕は不安よりも恐怖を感じていた。


キョウさんの話しはこうだった。


十年近く前、キョウさんは真っ当じゃない仕事を手伝っていていたそうだ。それ自体には驚かない。むしろ、今は真っ当な仕事をしているのかと聞きたいくらいだけれど、口が裂けても無理だろう。


話を戻すが、その時に人には言えないようなことを山ほどやったけれど、中でも印象的だったのは、とある場所に債権回収に行った時のことだった。


債権回収――つまり借金取り。もちろん表のものじゃない。

契約時点で法律に違反するものだと言うことは聞かずともわかる。よって、回収に関するルールなども無視だったが、こちらも面倒事は避けたいので、漫画やドラマみたいな荒っぽいものでもないのだそうだ。

そんな風に言われても、常に人を威嚇するような笑顔で淡々と責められたら、そっちの方が怖いと僕は思った。


「その人は、元政治家だか、評論家だか、忘れたけど……なんか偉いおっさんだった。過去の栄光?がどうとか兄貴言ってた」


つまり、過去にそれなりの収入があった人だったが、収入が減った後でも生活を変えることが出来ず、表ではブラックになってしまった。だが、それでも一度吸った甘い汁を絶つ事が出来ず、キョウさんが関わった場所以外からも相当の借金を抱えて、とうとう首が回らない状態に陥っていたらしい。


「麻薬と一緒だねと兄貴が言っていた」


キョウさんが嘲るように笑う。そして「そろそろトぶなとも……」と付け足しながら、舐めるような視線で僕を伺った。

背筋が凍り、頬がひきつるのが解る。室内の温度が急速に下がっていくようだった。

それでも、キョウさんは話しを止めてはくれない。


そう兄貴が言った数日後、その人から連絡が入った。

「急いで来てほしい」と言った内容だった。

通常、ここまで黒い人間は、返済日の引き延ばしや、減額などについて直接会って懇願したりはしない。

出来ることならば、逃げられるところまで逃げようと言う魂胆があるからだそうだ。


最終手段――生命保険の事が二人の頭をよぎる。

給付金を受け取る条件は各社違ってくる。法的に自殺や保険金目的の殺害では受け取れないのだが、それも一慨には言えないのだそうだ。

また、怪我による高度障害でもやりかたによっては、死亡時に近い、もしくは同等の給付金が発生する場合もある。

だから、もし最終手段を使う場合は相談に乗るからと言った旨をしつこいほど伝えるのだと言う。


この時点で僕は目眩がしてきた。このまま聞いていても、楽しいことなどひとつもない。怒りにも似た感情が胸中を一杯にしていた。

なのに、目の前のキョウさんは――どこか楽しそうだった。


話しはなおも続く。

言われたとおり、二人はその人の住むマンションへと向かった。


「金もないのにこんな所に住みやがって」


そこを訪れる時に、兄貴は毎回そういうのだという。


共同エントランス前からオートロックになっているので、部屋番号を押しインターフォンを鳴らす。応答がない。

キョウさんは立ち会ったことはないが、兄貴は以前にも「来い」と呼び出され、行ってみると、すでに本人は最終手段実行済みと言う事があったらしい。

お前らのせいでこうなったのだと言うのを見せつける、一種の呪いなのだろう。


「ちっ、先走りやがったか……?」



兄貴が苛立ちと不安を口にした時、無言でオートロックが解除された。


「なんだ、いるじゃねぇか……」


少しホッとしながら、共同玄関をくぐり、二人は部屋へと向かった。

そして、部屋の前まで来ると、再びインターフォンを鳴らす。しかし、また応答はない。

今度は何度押しても、ドアが開かれることはなかった。

痺れを切らし、ドアに手をかけると、どうやら鍵が開いているようだった。オートロックは間違いなくこの室内から解除されたのだから、中にいないはずはない。

二人は室内へと侵入していった。


差し押さえられたのか、売りに出したのかは不明だが、室内は引っ越し前のように物が殆ど置かれていない状態になっていた。そのせいもあって、やたらと静かに感じられる。人の気配もしない。

それが恐ろしかったのか、兄貴はいつもより荒々しい声と動作で、各部屋をみて回っていたそうだ。


結果、その人はいた。


書斎らしきところだけは、家具も残っていて、窓際に置かれた立派な机の前の椅子に座り外を眺めていたのだ。

眺めている――は正確な表現ではない。みるからに高級で座り心地の良さそうな回転椅子を窓の方へ向けていた。高い背もたれが二人の正面に来ているため、確認できるのは肘掛けに乗せられた右腕だけだった。


兄貴が顎をしゃくり合図をしたので、キョウさんがゆっくりと歩みよる。


「○○さん、呼び出しといて出迎えもなしっすか?」


飽くまでも穏やかな口調で、しかし、動作は荒っぽく回転椅子の背もたれに手をかけ、勢いよく兄貴側へ向くように回転させた。


「ひっ!」


小さく悲鳴を上げたのは兄貴だった。


回転椅子の動作に合わせて、首が落ちた――いや、落ちたかと思った。

首がガクンと折れているのだ、うなだれているのレベルを越えている。本来曲がるはずもない角度に首が曲がっていて、後頭部が完全にこちら側を向いていた。位置もおかしい。頭が胸の辺りまで垂れ下がっているのだ。

椅子の回転が終わるとその反動で顔部分がやや兄貴側に向く形になった。


「――っ」


兄貴が二度目の悲鳴を飲み込むのがわかった。そして、動揺を誤魔化すように「さっさと行くぞ」と言い、キョウさんを待たずに書斎を後にした。


キョウさんも「すこくビビった」と言っていたが、僕の頭の中には、涼しい顔でその光景を見つめいているキョウさんが浮かんだ。



後日、その人が自殺したと報道があがったそうだ。恐らく警察も裏社会の関与に気付いたが、殺人ではないので特別捜査はしなかったのだろう。


「あれは間違いなく自殺だた」


キョウさんはそう付け足した。

自殺の殆どが首吊りで、キョウさんも何度か死体を目にしたらしい。

出ていく間際に天井を見ると、ちぎれたベルトが目に入った。

首吊りの際、衝撃で頚椎が折れたり、腐敗の進行によってぶら下がる体を支えきれずに頭と体が離れる事があるそうだ。

その前段階で、首の皮が異常に伸びる。

恐らく、頭が落ちるよりも先に耐えきれなくなったベルトが切れ、偶然にも下にあった椅子に腰掛ける状態になったのだろうと。


「漫画じゃないけど、ゴム人間みたいだった」


キョウさんは笑ったが、僕は一ミリも笑えなかった。

吐き気がして、料理の残りに手をつける事は困難だったが、残すのも怖いので無理矢理押し込んだ。

キョウさんが帰るまで吐かなかった僕を誰かに褒めて欲しい。


キョウさんは、その話を終えた直後にふと壁掛け時計を見て言った。


「ヤマダ、今日は帰らないか?」



本来の用件はそちらだったのか?


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