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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
21/30

カナブンさんと金魚 後日談

「この話しをしたら、うつるらしい」


カナブンさんは別れ際にそう言った。

最初はなんのことか解らなかったけれど、僕はその意味を翌日の朝に理解した。

顔を洗おうと、洗面器に水を張り、その水で数回顔についた洗顔料を流したところでハッとした。

ほんの一瞬だったけれど、確かに、洗面器の中に僕は金魚の影を見た。

色はオレンジっぽい朱だったと思う。形まではよくわからなかったが、薄く漂う尾鰭が強く印象に残っていた。


それからも、何度となく、僕は金魚の影を見た。テレビや雑誌をなんとはなしに見ている時、フッと視界の端を過ぎったり、湯船に浸かった時、足先を掠めたりしたような気がした。


“うつる”とはこの事か!と思ったけれど、カナブンさんは僕との対局で本当に活路を見出したらしく、翌日には研究室に戻ってしまったため聞きたくても聞けない。

仕方なくヤマダ君に聞いてみた。すると、ヤマダ君は失笑しながら言った。


「お前もカナブンの妹につきまとわれているのか?」


僕は金魚が見えるような気がすると言っただけなのに、ヤマダ君は確かにそう言った。

妹――カナブンさんも言っていた金魚が妹――とは、一体、どういうことなのだろう。

僕はヤマダ君を問い詰めた。

しかし、ヤマダ君は


「カナブンが言わないのなら、俺から言うことは出来ない」


などと、ニヤニヤしながら言うだけで、最終的には


「妹の話までは聞けなかったのか?お前もまだまだだな」


と嫌味を言われて終わってしまった。

僕はそれから数日、この事が気になって気になって仕方なかったけれど、ヤマダ君は何も教えてくれない。

当のカナブンさんは研究室に詰めっぱなしで帰って来ない。

そうしている内に、また、色々とインパクト大な事があったりで、いつの間にか金魚の幻影も見なくなり、僕もすっかりこの事を忘れていた。


しかし、まさに夕陽荘で百物語をしたその夜。カナブンさんは、話のひとつとしてこの話を語り、実にあっけなく金魚イコール妹の意味を明かした。


カナブンさんの妹さんは、既にこの世の人ではなかった。それは、薄々気付いていた事だったけれど、内容は、僕が予想していたよりも何倍も切ないものだった。


カナブンさんは十三歳。妹さんは六歳の頃の話である。

一面に田んぼが広がる集落のようなところに祖父母と共に暮らしていたそうだ。

ある日、大雨で近くの川が氾濫したため、田んぼの様子を見に父と祖父が出ていった。どうやら、その後を追って、妹も外に出ていったらしいが、それを家族の誰も気づくことが出来なかった。

父と祖父は無事に戻り、そこでようやく妹の姿がないことに気付いたが、その時にはもう遅かった。

家族だけでなく近隣の住民たちも危険を顧みず、大雨の中を探し歩いたけれど、妹の姿は見当たらない。

翌日、彼女は自宅から1kmも離れていない水路の辺りで見つかった。既に冷たくなった状態で――

もちろん、その辺は皆が何度も探した場所だったので、家族以外の住民は首を傾げるばかりだったという。

死因は水死との事だったが、とてもそうは見えないほどに綺麗だったらしい。

その姿を最初に発見したのがカナブンさんだった。

その時から金魚が見え始めたのだと言う。

金魚に導かられて、彼女を発見出来たのか、彼女から金魚が出てきたのかはハッキリしないと言っていた。


聞き終えて、キサキさんは涙ぐんでいた。僕も思わず「いい話ですね……」と言いそうになったけれど、あまりの不謹慎さに気付き、咄嗟に飲み込んだ。


さて、ここで黙っちゃいないのがひねくれ者ヤマダ君である。

もちろん、その場では言わないくらいの常識はあったらしいが、後日、僕にこう言った。


「果たして、お前は金魚はイコール妹だと思うか?」


僕は、ヤマダ君のそんな考えが、少し腹立たしく思えた。


「さあ。でも、本人がそう思ってるのならそれでいいんじゃない?」


吐き捨てる様に言うと、なにが面白いのか、ヤマダ君はクツクツと笑う。


「そりゃあ、その通りだ。お前は正しい」


素直にそう肯定されると、余計気になるものだ。ヤマダ君は僕の性質をよくわかっている。


「じゃあ、ヤマダ君はなんだって言うのさ」


ムキになって、返してしまい、しまったと思った。

「いや、これも邪推ですけどね……」と、ヤマダ君が身を乗り出す。


「金魚が見えていたのは、最初は妹の方だったんじゃないか?」

「え?」


ドキリとした。


「つまり、あの日、妹は父や祖父を追ってではなく、金魚を追って外に出た――」


背中に冷たいものが走る。


「そして――」


やけに勿体つけた口振りで、身を屈めながらヤマダ君は僕の目をのぞき込んだ。

聞きたくない――でも、聞きたい。そんな気持ちから、僕は目を逸らしていいのか合わせていいのかわからず、しきりに泳がせていたのではなかろうか。


「カナブンにうつった」


それを聞いて、全身に悪寒が走り抜ける。


――この話しをしたら、うつるらしい――


カナブンさんの言葉が頭の中に響いた。

まさか、数日見ていたあの金魚の幻影は、僕を値踏みしていたということか?次の依代として、カナブンさんより相応しいか否か――


「ま、まさか……」


僕は、そう言うのが精一杯だった。

もし、僕がカナブンさんより相応しいと選ばれていたら、僕じゃなくても、誰かがカナブンさんより相応しいと思ったら、その時、カナブンさんは――

僕は、ぶんぶんと首を横に振った。


「なんの根拠があって、そんな物騒なこと言うのさ」


恐ろしさを誤魔化すために、僕はヤマダ君に食ってかかる。

僕がヒートアップしたところで、ヤマダ君はいつも通り


「根拠なんぞ、全くない」


と涼しい顔だ。

ただ――と、少しだけトーンを落として続けた。


「俺も話を聞いてうつった時に、追える限り、金魚を追ってみた」

「追った……?」

「そう。そしたら――」

「そしたら?」

「ドブ川に落ちた」


僕は思わず吹き出した。

ヤマダ君が泥まみれで尻餅をついている所を想像すると滑稽で堪らなかった。


「あれが、崖とか深い川だったらどうなってた事か――」


ヤマダ君は追い討ちをかけるつもりで、そう言ったのだろうが、もうオチはついている。

僕は、今の話しが、全てヤマダ君の邪推であり、ドブ川に落ちたことの単なる腹いせであると思うことにした。


――本人がそう思ってるのなら、それでいいじゃないか――


口の中で小さく呟いてみる。


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