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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
20/30

カナブンさんと金魚

ヤマダ君に妙な話しをされてから数週間後。僕は、カナブンさんに誘われ、彼の部屋を訪れていた。

本日の対局は将棋。

二人とも、大した腕前ではないため、いずれも長期戦にはならず、黙々と何局か指したところで、ふと、ヤマダ君に言われたことを思い出した。


「あの……」


何故かやたらと緊張した。

カナブンさんは棋盤から目を離さずに「ん?」と答える。


「金魚って……なんの事です?」


思い切って聞いてみると、いつも表情に乏しいカナブンさんが珍しくギョッとしたように目を見開いて顔を上げた。

僕もつられてギョッとする。


「そっかぁ……ヤマダ君に聞いたのかぁ……」


口の中で呟いて、カナブンさんは少しバツが悪そうにうなじを撫でた。

僕の緊張が益々高まった。


「まあ、別に隠すような事でもないし――」


と、カナブンさんは、何でもないことのように言っていたが、話し出す前にうなじをポンと一度叩いたのが、どこか覚悟を決めなくてはならなかったかのように僕には見えた。将棋を指す手も止まっていた。


カナブンさんの話しはこうだった。


カナブンさんはある日を境に“金魚”を見るようになったと言う。

時には空中に浮遊していたり、時には飲み水の中にいたり、また、顔を洗おうと水を張った洗面器の中。

色は金色に近く、形は(僕はよくわからないが)琉金と言うやつに似てるらしい。

もちろん、本物の金魚ではない。

幻とでも言うのだろうか、それとも幽霊の類なのだろうか――それが何者なのかはわからないが、とにかく見える。

何度か触れようとしてみたが、伸ばした指先は金魚をスっとすり抜けなんの感触もしない。だが、金魚の方は、本物の金魚が刺激を受けた時のようにビクリと身じろぎ、スっと逃げていくのだそうだ。逃げると言うか、ほんの少し泳いだ後、空気や水に溶けるようにスーと消える。

大体は体調が悪い時、何かに行き詰まった時に見える。

そして、本当に行き詰まって、自分ではどうしようもないと言う時は、金色の金魚が次第に赤っぽくなっていくのだと――


「むしろ、そいつが見えたりすると、あー、俺、今あんまり良くないんだな。と気付いたりもするよ」


カナブンさんが苦笑するのを見ながら、僕は不思議な話しだな。と思っていた。

それでも、ヤマダ君が言っていたほどのオカルト臭はしてこないとも思っていた。

だが、話しはこれで終わりではなかった。


「うーん……まあ、全部俺の精神的な物が見せてる事だとは思うんだけど……」


今更のような前置きをしてから、カナブンさんは続けた。


要約するとこうだ。


大体、金魚はカナブンさんの手の届くところにいる。だが、金色が朱色に近くなった頃に、金魚はカナブンさんの側を少しだけ離れる。

目の届く範囲には居て、フヨフヨと前方の空中を泳いでいる。ついて行くと、また動き出し、立ち止まると止まる。一定の距離を保ったまま、まるでどこかに誘導するように。

そして、ついて行った先には、その時に求めていた資料だったり、悩みを吹き飛ばすくらいの見事な景色だったりがあると言う。

そのひとつに、ついて行った先に人物がいる場合も多いのだそうだ。

人物の周りをフヨフヨ浮遊している時は、その人物とある程度の時間、一緒に過ごすことで頭が整理され、活路が見出せるらしい。


「その相手は大抵、身近な人で、必ず男だけなんだ」

「へぇ~。じゃあ、今回は僕の周りをフヨフヨしてた訳ですか?」

「そうだ」


話しを聞く前までは、深刻なことなのかと身構えていたはずなのに、聞いてみたらなんて事は無い。僕の周りを金魚がフヨフヨと泳いでいるのを想像すると、どこかほっこりとした気分になった。

例え、その金魚が幽霊だとしても、あるいはカナブンさんの妄想だとしても、不思議と負の感情は湧かなかった。

それは単に、金魚と言うモチーフが可愛らしいからかも知れない。


ある程度の時間を過ごせるのなら、ゲームの内容はなんだっていいのだ。とカナブンさんは付け加えた。


「そうだったんですね」


僕はそう締めくくると、棋盤に視線を落とした。これで、話しは終わりだと思っていたからだ。


「この金魚は――妹なのかと時折思う」


「え?」と顔を上げると、カナブンさんは僕の少し手前の虚空をぼんやりと見つめていた。僕も見てみたが、何もいない。カナブンさんには、見えているのだろうか?そこに金魚が――そして、妹とは――

僕が言葉を探していると、カナブンさんは「あ、いや……」と頭を振り、そのまま押し黙ってしまった。

僕はそれでも食い下がりたい気はしていたけれど、パチっと音を立てて、次の手が指された事が、この話しが打ち止めである事を意味しているようで、それ以上は聞けなかった。


それから数時間。僕らは黙々と、大して上手くもない将棋を指し続けた。



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