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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
僕とヤマダ君 第一部
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幽霊マンション

志も低く、彼女もいない夏の大学生ほど時間を無駄にしている生き物はいない。


僕のことである。おまけに出不精だから終わっている。


あれは、大学二回生の夏休み。

前日にヤマダ君が花火をしようと言うので、訝しみながらも了承した。


当日、いつまで経ってもヤマダ君が迎えに来ないので、もう寝てやろうか、と、ロフトベッドのハシゴに足を掛けたところに、やっとヤマダ君が現れた。

チラリと壁がけ時計を見れば、時刻は午前一時を過ぎたところ。


「さあ、行こうか!」


悪びれるそぶりは一切なし。

僕は、やっぱりな……と、呆れつつもヤマダ君に続いて自室を出た。

文句は言わない。いつものことだ。



黙ってヤマダ君の後をついて行くと、近所の公園に辿り着いた。


「よし、やるぞー!」


ヤマダ君の気合が入った口調とは裏腹に、出てきたのは線香花火が一袋。僕は二度目のやっぱりな……を、溜息に乗せた。


花火が口実であることは、誘われた時から感づいていた。

ヤマダ君はいつもそうだ。さほど親しくなかった頃から、何かしら理由をつけて、僕をいわくつきの場所へと連れていくのだ。

いわくつき。つまり、心霊スポット。


しかし、今日はやや拍子抜けだ。夜の公園というだけで、多少の迫力はあるものの、いつもに比べれば超初心者クラス。

昼の顔を知っている事も含めて、ちっとも怖くない。それに、一応、この近所に数年住んでいるが、この公園にはなんの噂も聞いたことはなかった。

まさか、本当に花火をやりたかっただけなのか……?いや、ヤマダ君に限ってそれはない。


「で、ここはなんなわけ?」


はしゃぎ過ぎて火種を落としまくるヤマダ君に、僕は呆れながら言った。

すると、ピタリとはしゃぐのをやめ、ヤマダ君は待っていましたと言わんばかりに、ニヤリと口端を歪める。


「あれ……」


突然に声を落とし、ヤマダ君は顎をしゃくる。さっきまで、近所迷惑構わず騒いでたくせに、と言う突込みは飲み込んでヤマダ君が示す先へ視線を向けた時、僕は「あ、」と声を上げた。


そこには、円形のマンションが建っていた。大体15階建て。高層マンションとまでは言えないだろうが、この辺りにすると、かなり高い建物だ。

壁の染みが築年数を物語っている。デザインからして昭和時代の建物だろう。


「幽霊マンションか……」

「そう。幽霊マンション」


いつも通る道なのに、全然気が付かなかった。

このマンションが、近所でも有名な“幽霊マンション”だと言うことは、この街に越してきた当初から知っていた。確か、焼身自殺と飛び降り自殺があったとか……いや、無理心中か……詳細は忘れたけれど、幽霊が出ると言う場所にありがちな噂がある。

だが、僕は、このマンションを怖いと思った事は一度もなかった。

廃墟ならまだしも、そんな噂が立つ割には空き室が目立つ訳じゃなさそうだし、車通りも人通りも多い通りに面しているからか陰気な雰囲気もない。

そりゃあ、築年数がそれなりに経っていれば、自殺の一つや二つ、事件の一つや二つあって当然だろ。変に騒ぎたてて、住人はさぞ迷惑しているだろうな。くらいに、今まで思っていた。


しかし、なるほど。

夜中に来てみると、昼とは全然違いえらく不気味に見える。

時間も時間なので、灯りの点いている部屋はなく、辺りにこれほど高い建物がないから、この一棟だけがやたら浮いて見え、言い知れぬ威圧感のような物を与えてくるのだ。

この姿をみれば、幽霊が居るとも言いたくなるだろう。


「ヤマダ君。今回はハズレだよ」


僕は鼻で笑いながら、粘り強く火花を散らす手元の線香花火に視線を戻した。指先まであと十数センチのところで、僕の線香花火の火種が落ちた。

次に手を伸ばそうとしたが、さっき、ヤマダ君が束ねて火をつけてしまったのが最後だったらしい。



「さあ、帰ろうか」


立ち上がり、伸びをして、マンションを見上げているヤマダ君の隣へ並んだ時、ヤマダ君の白い腕がすっと上がった。


「ハズレじゃないよ」


ヤマダ君の抑揚のない声に、蒸し暑さがさっとひいた気がした。恐る恐る、ヤマダ君の腕を視線で撫で、指先が指し示す場所へとたどり着いた時、僕の肌は一気に粟立った。

窓だ。五、六階くらいの中央にある部屋の窓から、人が見ている。

それだけなら、もちろん恐ろしくない。ヤマダ君がうるさいせいで警察を呼ばれるかもと言う、別の恐怖はあるけれど、それはないと断言できる。

その人影は、明らかに妙だった。

大きさは小学校低学年の子供と同じくらいで、部屋は真っ暗なのに、輪郭だけは光を背後から当てたかの如くはっきりとしている。そのくせ、表情はもちろん髪型や着ているものなどは一切わからない。


ーー出た


と、思った。確信に近い。


「ヤ、ヤマダ君……」


声が震え、指先は縋る様にヤマダ君を探すのに、視線はそこから外せなかった。


「……っ!!」


僕は悲鳴を飲み込んだ。人影が増えている事に気付く。

一つまた一つと、別の部屋の窓に同じ様な人影があるのに気付かされる。

妙な言い方だが、そうとしか言えない。

僕は怖くて瞬きすら出来ていないのだ。

それなのに、浮かび上がる訳でもなく、気付いた時には人影が増えているのだ。


「こりゃ、やばいな。いくぞ」


恐らく、全ての部屋に人影が見える直前にヤマダ君が、僕の手を握り引いた。

そこで、やっと視線を外す事が出来た。

最後に視界の隅に映った人影が、手を振っている様な気がした。


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