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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
19/30

カナブンさん

カナブンさんと、初めてまともな会話をしたのはいつの事だったか?あまり思い出せない。


夕陽荘は色々と共有スペースが多いので、引越し早々、僕は住人たちに挨拶をして回るつもりだった。

しかし、入居初日で荷解きも程々にヤマダ君に捕まり、やっとの思いでキサキさんに挨拶しに行った時には、イベントだか締切だかのため忙しかったようで「また後日お願いします」と追い出されてしまった。

言葉通りその数日後、キサキさんの方から改めて挨拶に来てくれた。酒瓶片手に。

僕は何故かほぼ初対面の女性の話を素面で明け方まで聞かされる羽目になったのだが、怖い話ーーある意味怖いがーーからは逸脱するので、その日のことは省く。


カナブンさんには、中々、会えなかったのは覚えている。確か、その時期に研究材料である虫かなにかを採取しに、どこか遠い所に行っていただったと思う。それ以降も研究室に缶詰で、結局、僕が入居してから三ヶ月ほど経ってからようやく顔を合わせる形になったはずだ。

初めてカナブンさんを見た時は、正直、竦み上がった。なんせ、見た目は厳ついの一言に尽きる。

それからも、僕の苦手意識のせいで、暫くは会っても、すれ違い様に挨拶を交わす程度だった。


それから更に二ヶ月ほどして、カナブンさんが唐突に


「あんた、将棋はさせるのか?」


と聞いてきた。一応、ルールは知っていたので「はい」と答えると、「着いてこい」と言うので、渋々、部屋まで着いて行ったーー渋々と言うか、当時は恐ろしくて断れなかったが正しい。


それからも月一くらいのペースで誘われて、そのうち僕も慣れていった。そんな感じだ。

カナブンさんとは、将棋だけではなく、オセロ、トランプ、パズル……などなど、色々やった。

基本的にゲームをしている時に、カナブンさんは話をしない。なので、暫く、なんでこんな事に付き合わされているのか、全くわからなかった。

結局、その真意は本人からでなくヤマダ君から聞くことになる。


ヤマダ君も時折、カナブンさんと将棋やら碁をさしていた。僕が出来ないチェスをやっていたこともある。

ヤマダ君の場合は、どちらかの部屋に行くのではなく、食堂だったり、暖かい日は夕陽荘の前に置かれた、これまた年代物の長椅子に腰掛けてやっている。

遠目から見ると、その風景はまさに戦前。これで、二人が着流しでも着ていたら、大正明治に錯覚してもおかしくない。


「カナブンさんって、なんであんなに対戦ゲームみたいのが好きなのかな?」


僕が聞くと、ヤマダ君は何故か待っていましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「俺が思うに、カナブンには第六感みたいなもんが備わっている」


また、話が変な方向に行ったな、と思いつつも、僕は「はぁ……」と生返事をした。

やや呆れ気味の僕を気にすることもなく、ヤマダ君は続ける。


「別に奴は、対戦ゲームが好きなわけじゃないそうだ。ただ、対戦ゲームをしていると、煮詰まった頭がスッキリしたり、たまにインスピレーションみたいなのが湧くんだそうだ」

「へぇ……」


別段、これは珍しい話ではないと思う。僕も勉強で行き詰まった時などには、掃除などをすると頭がスッキリして集中力が戻ってくることがある。


「誰でもやっている事に見えるが、カナブンのそれは少し違う」


僕の心中を察したのか、ヤマダ君は嘲笑うように顎を上げた。


「これは本人から聞いた。本人の言葉を借りれば“気分転換”なのだけど、それにもいくつかルールがあるらしい」

「気分転換にルール?」

「変な話だろ?まあ、聞け。

ひとつ、必ず相手がいるゲームをしなくてはいけない。ひとつ、その相手は男性でなければいけない。ひとつ、相手は、その時、答えが欲しい問題とは無関係の人でなければいけない。概ね、この三つだそうだ」

「へぇ~。それで、ルールを破るとどうなるの?」


ルールと言うからには、守るのが当たり前で破るとペナルティがあると言うのが、僕の考えだ。

しかし、ヤマダ君は「いや、何もない」とキッパリ言い放つ。


「このルールは破っても何も無いが、守れば必ず、その時、問題となっている事に活路が見出せたり、思いもよらぬアイディアが湧くそうだ」

「へぇ~。そりゃいいね」


と一応は話を合わせてみたが、気分転換になる事柄なんて、人それぞれなので、そんなルールがあったとしても、別にいいではないか。

それを第六感と騒ぎ立てるなど、少し大袈裟すぎやしないかーーと思ったが、もちろん、面と向かって言えるはずもない。

僕がこの話に興味を無くしたのを察したのか、ヤマダ君はチッチッと舌を鳴らして、再び僕の注意を自身に向けさせた。


「金魚だ……金魚について聞いてみろ」

「金魚?」


第六感から金魚――なんの脈絡もないと思える単語に首を傾げると、ヤマダ君は勿体つけるような笑みを浮かべる。


「ああ。面白いものが見れられるぞ」


それ以上は、何を聞いても「いいから聞いてみろ」と言うだけで、教えてはくれなかった。


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