夕陽荘で百物語 後日談
あの嵐は相当大きく、しかも進み方が遅かったためか、既にがたが来ている夕陽荘は、後付けされた非常階段の一部と、外壁の一部を修繕することになったらしい。
夏休みなので遅寝遅起だった僕にとって、朝からの作業音は苦痛でしかなかった。
結局、百物語は百話話し終わったのか、もしくは、百話以上話してしまったのか、終わりもよくわからない感じに終わってしまった。
もちろん化け物なども出てないし、霊界の扉らしき物も開きはしない。
怖い話はいくつもあったけれど、キサキさんのあの話が何故か一番印象に残っていた。
因みに、カナブンさんの話も、一つインパクトのあるものがあるのだけれど、これは直接僕が巻き込まれたと言うか、妙な体験をする事になった話なので、また別の機会にしようと思う。
夕陽荘の修繕も終わり、夏休みも終わりかけていた頃、ふと思い出して、僕はヤマダ君に百物語の夜のことを話してみた。
「ああ、あれ?思ったより楽しいもんじゃないな……百物語は」
「楽しいって……ヤマダ君の考える楽しい事が起きちゃったらーーいや、考えるのすら怖いから止めておく」
本気でビビる僕を横目に、ヤマダ君はカカカと笑った。
「いやいや、でも、俺の思う楽しい事は起こらなかったけど、ちょっとだけ面白いことはあった」
「えっ?」
「キサキの話しだーー」
ドキリとした。
キサキさんは十五話前後話をしていたが、一瞬であの話だと言うのがわかった。
果たして百物語の場で、僕が違和感を覚えていたのを感じ取っていたのか、それとも今の反応で了解したのかはわからないけれど、ヤマダ君はあえてどの話とは言わずに続けた。
「ありゃあ、本人の話だな」
「本人?つまり、キサキさんの体験談って事?」
「そうそう」
それならば、僕の感じた違和感の説明はつく。けれど、そんなことは大した事ではないのではないかーーヤマダ君が面白いと言う事でもないはずだ。
「言われてみればーー他の話は、同僚とかネット仲間とか伝聞でも具体的に誰から聞いたって言っていたけど、あの話だけただの“友人”だった気がする」
「やっぱり気付いてたか?」
「でも、別にそれだけで本人の話って確証には至らないんじゃないの?」
「まあ、それだけではないけど、どちらにせよ、本人の話と言う確証はないよ」
ヤマダ君はフンと鼻を鳴らした。指摘が気に食わなかったのか、それとも一点にしか気付けなかった僕を馬鹿にしたのかーーまたは、キサキさん本人には確かめられないと言うもどかしさかーー
なんだか、そんなヤマダ君の態度が鼻について(と言うか、もしかして馬鹿にされたんじゃないかと言うのがちょっとムカついて)僕は少しだけ食ってかかった。
「でもさ、別に本人の話だろうと、単に恋愛話にも繋がるから、恥ずかしくてフェイク入れただけじゃない?別に面白いことはーー」
「お前、あの話怖かったか?」
「え?」
「怖かったかって聞いてんの」
と、目が笑ってない笑顔で見つめてくるヤマダ君の方が怖いですとは言えるはずもなく
「ううん。怖くはなかったーー」
僕が頭を振ると、ヤマダ君は「だろ?」と人差し指を突き出した。
「他の話は舞台女優よろしく熱弁してたのに」
「うん。あの話だけは、なんかこうぼんやりしてたーー」
「そこなんだよ!」
スイッチを入れてしまったのかヤマダ君が、グイッと上体を乗り出す。
「よーく、考えてみろ。キサキはあの話を怖いと思っている」
「うん」
「じゃあ、あの話で一番怖い思いをしているのは誰だ?」
「えっ……と、話のままにいくと“友人の女の子”」
「本当にそうか?」
そう被されて、僕はたじろいだ。本当にそうかもなにも、あの話の登場人物は二人だ。どう考えても、告白をした男の方よりそれを聞いた女の子の方が怖いに決まっている。
「あっ……」
僕の頭の中にカナブンさんの言葉が響く。
ーー表向きは殺人者にならなかっただけで、でも、実際は殺人者ーー
それをテレパシーの如く察知して、ヤマダ君がニヤリと笑う。
「そっか……いや、わからないけれど……いや、でも……」
困惑する僕の肩にヤマダ君が手を置く。
「俺なら怖いよ。蘇生したからよしとはならない」
助け舟のつもりなのか、いつもの如く追い込みたいのかーー後者だろうけどね。
「例えば、それを蘇生したからチャラと思ってるんならそれもそれで怖いけどな」
なんだか話がよくわからなくなってきた。聞かなきゃいいのに、僕は聞かずにはいられなかった。
「で、なにが面白いの?」
ヤマダ君は「だからぁ」と呆れたため息をつく。
「怖い話って実体験を話してみると、あれ?これって人が聞いたら意外と怖くないじゃん?みたいになるよな」
話が逸れた気がするが、一応は頷く。
「その現象があの時起きていた。多分、あれはキサキの実体験だ」
「それと?」
「それと、あの話はキサキにとっては物凄く怖い話だ」
「つまり?」
「つまり、キサキはごく近くでその現場を見ていたんじゃないかと俺は思うんだ……もしかしたらーー」
その時、今度はヤマダ君の世にも珍しいフォローが頭の中で響いた
ーー物理的な力の前では、やはり被害者は女性で加害者は男性って事の方が圧倒的に多いからーー
この言葉通り、暴力沙汰と言えば、一般的に男性が起こしたものとイメージしてしまう。
でも、流石に
「それは邪推が過ぎやしませんか?」
「まあ、そうだよな?」
ヤマダ君も流石にと思ったのか、大口を開けて笑った。その後、ポツリと付け加えた。
「ただ、キサキの父親は柔道だかの師範代なんだよな」
「だからーー」
「うん?ああ、邪推も邪推。考えすぎです。はいはい」
そう言うと、ヤマダ君は僕に背を向けて横になってしまった。不貞腐れたわけではなく、単にもうこの話に興味がなくなったのだろう。
ほぼ無意識的に僕は天井を見上げた。
この時間帯は会社に行っているだろうから、彼女は留守だ。
いくら節約のためとは言え、彼女が夕陽荘に住み続けるのは何故だろうとふと思った。




