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僕の隣にヤマダくん  作者: 結城太郎
人物紹介的なお話
16/30

夕陽荘で百物語~始まり~

大学一回生の夏頃。


その日は超大型の台風が接近しており、近隣の殆どの学校や会社が元より休みとなるか、昼過ぎから強くなり始めた雨風を見て学生や社員を早めに帰す措置をとっていた。


丁度、着替えのために戻ってきていたカナブンさんは再び出て行くことが出来ず、キサキさんは上席の判断で早退させられ、僕は確か夏休みだったか……ヤマダ君は言うまでもない。久々に住人全員が夕陽荘に居合わせた。


時間毎に強くなる雨風に、ボロ屋は素直な悲鳴を上げ。皆ーーヤマダ君以外ーー不安だったのか、なんとなく食堂に集まっていた。

口数も少なく、食堂にある年代物のテレビも使い物にならず早々に消してしまったために、寄り添っていても不安だけが募って行くようだった。


「なにかあるもので作りますね」


そんな状況に耐えかねたのか、キサキさんが唐突に席を立つ。「手伝います」と、僕とカナブンさんも続いた。

ヤマダ君は相変わらずマイペースで不気味な表紙の古書を読んでいる。


「いつ電気やガスが止まってしまうかわからないから、少し多めに作っておきましょう」


いつどんなタイミングで出し入れがあるのかもよくわからない、共同の大型冷蔵庫内をまさぐりながら、キサキさんは言った。

我々もそれに同意し、賞味期限などを加味し、使えそうな食材を調理台に並べて、三人で献立を考える。そして、分担して作業に取り掛かった。

時折、電灯が明滅し、その度にキサキさんは怯えるように肩を跳ねさせた。

こんな時に女性を安心させる一言を掛けられるような気の利いた奴は、この場にはいない。やや気まずい空気の中、僕達は何品かの料理を拵えた。


「コロッケにカレーって……いつガス止まるかわからないって言ったわりには時間かかるもん作ったねー」


食卓に並べられた料理を見て、更に気まずくなる発言を平気でするのがヤマダ君である。


「なんだよ!ヤマダ君、手伝いもしなかったくせに」


キサキさんの手前、僕がプリプリしたのだけれど、何故かカナブンさんは「確かに……」と反省したのか納得したのか神妙な顔をしていた。

キサキさんに至っては


「いや、台風って言ったらコロッケ!って私の常駐してる掲示板ではそうなってるんですよ!だから、絶対コロッケはなくちゃって……」


なんてコロコロ笑っている。

なるほど、ヤマダ君の溢れ出さんばかりの悪意に順応出来る人のみが、夕陽荘の住人として選別されているのだーーと、僕は、この時思った。

そんなヤマダ君通常運行のお陰か、先程までの緊張感も緩み、僕たちは夕食を囲みながらとりとめのない話をした。

こうして四人が集まると、大体は各々が自分の話をする。もちろん、それぞれ関わっている事柄が違うために話し手以外に話の内容を完全に理解することは難しいのだが、聞き手となる側は、決して興味のない風ではない。だが、逆に、更に掘り下げて理解を深める事もしない。聞いたままに感想を述べ、笑い、時には憤ったりもする。悪く捉えれば、上っ面だけの会話だけれど、僕にとっては、このくらいの興味と無関心のさじ加減が丁度よく心地よいものだった。


ダラダラと食事をし、片付けを終えたのは何時くらいだろうか。

普段使っていない食堂の壁掛け時計は電池切れのまま放置され、いつも二時五分前を指していた。僕の入居当時からそうだったために、午前か午後なのかもわからない。


外壁や屋根を叩く雨音は、弱まるどころか更に強くなっている気がした。

全員が再び食卓に戻り、ひと心地つくと、さっきまでは気にしないようにしていた外部からの攻撃音につい耳をすませてしまい黙り込む。

もう生きて朝を迎える事は出来ないかも知れない――いや、この嵐のせいで、気付かぬうちに、周囲は飲み込まれ押し流され、残っているのは既に我々だけなのかも知れない。荒れる大海のど真ん中にポツンと浮かんだノアの方舟の如き夕陽荘の妄想が頭をよぎった。


「これからーーどうしよう……?」


誰に問うともなく僕が言うと、キサキさんはギョッとした様に目を見開いた。

カナブンさんも何も答えない。

そんな我々の深刻な様子がよっぽど可笑しかったのか、ヤマダ君が突然クスクスと笑い出した。


「これから解散して各自寝ると言っても、君らの様子からして無理だろう。今夜は不寝番となる訳だ……それならーー」


わざとらしく音を立て手元の古書を閉じてから、ヤマダ君はゴソゴソと足元から何かを取り出した。鬼が出るか蛇が出るかーー僕たちは息を飲んで、テーブル中央を注視した。

そして、ドンと音を立てて、そこに置かれたのは、何の変哲もない60サイズ程度のダンボールだった。

社名や商品名の記載がない無地のダンボールである点は気になるが、勿体つけた割にはやや拍子抜けする代物である。ただ、中身がわかるまでは油断出来ない。なんたってヤマダ君だ。

我々の落胆や緊張、期待の全てが彼の思惑通りだったのか、ヤマダ君はダンボールに片手を突っ込みニヤリと笑った。


「百物語とでも洒落こもうか!!」


言葉と共にヤマダ君が眼前に翳したのは、15cmくらいの真っ赤な蝋燭だった。見れば、どこから仕入れて来たのか、ダンボールいっぱいにそれは詰め込まれていた。


こんな時に百物語だなんてーー


僕は呆れると同時に、とても嫌な気分になっていた。

百物語の正式なやり方などは知らないけれど、確か一話語り終える毎に一本ずつ蝋燭を消していって、最後の百話目を終えると化物が来るとか、霊界の門が開くとかそんな感じだったはずだ。

そんな物騒な事を、ただでさえ不安な状況である今、やる必要はどこにもない。と言うか、やるなよ。と思ってしまう。

こんな提案には、キサキさんもカナブンさんもドン引きだろう。


ーーと、思いきやーー


「いいですね!やりましょう!!」


そう鼻息を荒くしたのはキサキさんだった。

まさかと思い、カナブンさんを見ると「4人だから……え~、二十五話もないぞ……」などと深刻な表情を浮かべている。

要するにノリノリなのだ。

ただ不安なのか、それともほとほと呆れたのか、自分でもわからないけれど、僕は何故か泣きたい気持ちになった。

かと言って、空気を読まずに拒否することも出来ない。


急なことでネタ準備のない我々に考慮し、日頃からオカルト話収集が趣味であるヤマダ君が多く話すという事になった。

順番はキサキさん→ヤマダ君→カナブンさん→ヤマダ君→僕→ヤマダ君と、もうヤマダ君が百話全部行けばいいじゃん?と思うレベルだ。

それでもヤマダ君以外も十五話くらい話さなくてはいけない計算になるため、伝聞OK。誰もが知ってる有名な話でもOK。古典怪談もドンと来い。この際、幽霊、妖怪の類の他に生きてる人間の方が怖ぇよってのも含めてよしと、開始前からなんだかグダグダ感が漂っている。

更に蝋燭についても、火事が怖いし、百本立てた所で数話終えた時点で燃え尽きてしまうのは明白だったため、一応百本用意はするものの、火を点けるのは常時十本前後。消したら点けるという事にした。


そんなルール決めや、各々念のための防寒具を持ち寄ったりなんだりと、準備に手間取り第一回夕陽荘百物語が始まったのは提案から約一時間後であった。

正確な時間は確認しなかったけれど、この調子だと百話終わらぬうちに嵐が去るだろうとも思え、開始直前には僕も大分気が楽になっていた。


「お水はもしもの時に取っておいた方がいいから……」


とかなんとか言い訳して、キサキさんは酒瓶を持ち出したりもしていたし。

当時未成年だった僕以外は、キサキさんに付き合い飲み始めていたので、もう怖い雰囲気はどこにもないような気さえした。


しかし、僕の考えはやっぱり甘いのだと、この日のことを思い出してみて改めて思う。


と言うのは、少し大袈裟だけれど……

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