カスガさんとドライブ 後日談
この話は、当然だけれど僕の中でトラウマで、話題にするどころか思い出したくもなかった。
轢き逃げしたのでは……と言う不安は何故か湧かなかった。はねてしまったと思っていた2人が、生身でないことを察していたからか、それともそう思い込みたかったのかは、この際追求しないで欲しい。
言い訳するようであるが、あの時、確実にはねた!と思ったけれど、何かが当たった感触もなく音もしなかったから、そういうことなのだろうと思っていた。
それに、ヤマダ君が言い出した事だ。
このトラウマが新たなトラウマに書き換えられた頃、カスガさんと話す機会があった。
「友人から聞いたのだけれど、あそこは……出るそうなんだ」
勿体つけた言い方というより、カスガさんは「出る」と表現することを恥じているようだ。おそらく、幽霊などを信じる事自体に躊躇いを感じるのだろう。
そんなカスガさんが、なんだか可愛らしくて、わざと「出る?」と強調する。
即座に僕の魂胆に気付いたのか、カスガさんは一瞬、ムッと眉を顰めたものの、すぐ諦めた様に首の後ろを撫でながら話しを続けた。
「確かに私も見た。ほんの一瞬だったけれど……そう、あれは男。男が2人、案内表示版の下に立って、何か話していた」
「話してた?」
「ああ。例えるのなら、交通事故の当事者が車を脇に停めて話し込んでいる感じかな?真剣に話しているけど、それ程深刻そうには見えなかった。本当に一瞬だったのにハッキリと憶えている。それも妙な点の一つなのだが……」
僕なんかカスガさんの声に反応した時には既に通過した後と言った感じだったから、一瞬以下の視認でしかなかったのに、言われた通りの状態がありありと思い出せた。
と同時にカスガさんの言う妙な点もなんとなく解り、ゾッとする。
「あと……凄く……大きかった……」
「そうだ!」
カスガさんが興奮したような驚いたような声を上げた。
「はねたと動揺して気付けなかったけれど、よく考えればあいつらやたらとデカかった」
走行中に青看板を目にしても、あまり大きさは意識しない。けれど、近寄ってみると大きいもので、3mくらいはあるのではなかろうか?
更にそれを地面から5~6m上に取り付けているのだと考えると、側溝側の小さなほうですらポールの約半分くらい――有に2m超えの身長があり、もう一方は手を伸ばせば看板まで届きそうなほど大きかった。
「それに細長かったな……なんだか、影が伸びたみたいに……」
カスガさんが記憶を探るように短い髪の毛を指先で捻り始めた。僕は、そんな彼女の指先をぼんやりと見つめた。
「あれ……?もしかすると……」
ふと、ある思いが頭を過ぎる。
「本当にそこに人がいて、交通事故かなんかの処理をしていたんじゃないかな?脇道で話し込んでいるところをライトやらなんやらの関係で影だけが――」
呆れるくらい単純だが、何よりも信憑性がある。むしろ正解を導き出した時の様な爽快感すら覚えていたくらいだ。
だが、カスガさんは緩く首を振る。
「いや、私もそう思ったが、そうじゃない」
「え?」
「だって、あの後車から飛び出して確認したろ?私達……そこには誰もいなかったし、車を脇に寄せられるスペースもなかった……」
そして、少し押し黙った後「因みに花が供えられていた形跡もない……」と付け足す。
そう聞いても、何故かもうゾッとはしなかった。
後から聞いた話だが、やはりあの辺で事故は起こっていない。高速道路が出来てからは風化してきたようだが、噂だけはいつまでも残っている。もちろん、道路建設に事故話はつきものだし、あの場所じゃなければ死亡事故なんかも起こっている。
いかにもヤマダ君が好みそうな場所だ。噂が先か、目撃例が先か――実際現場を見ても、答えは出ないような所ばかりだけど、ヤマダ君は何故か納得する。目撃することで、何か彼なりの答えが掴めるのだろうか。
しかし、何故あの場所でなければいけないのだろう。僕が首をかしげているのを見て、カスガさんが小さく口を開いた。
「青看板に気を取られ、間もなく鹿武狩に入ると言う安心感を憶えている所に現れる謎の人影――いかにも、狐や狸が好みそうないたずらだな……」
「狐や狸?」
「らしくないか?」
「全く」
柔らかな笑みを浮かべたカスガさんにつられて僕もフッと息を吹き出した。
頭の中でいたずら好きの狐とヤマダ君の姿が重なるから、なお可笑しかった。
カスガさんも同じ気持ちを抱いたのか「それにしても……」と、僕を見る。
「あんな奴に好かれるなんて、お前も災難だったな?」
その言葉に僕はポカンと口を開けた。
それをあんたが言うか?ときっと顔に書いてあったのだろう。
カスガさんは迷惑そうに溜息をついた。
「お前……なんか勘違いしていないか?」
「へ?」
「私はあいつの妹だ」
「ええっ!?」
大切な人と言ったから、てっきり……と言葉が続かないほど、僕は驚いた。
その顔がよっぽど可笑しかったのか、カスガさんが笑う。
なるほど、お似合いなのは当たり前か。笑った顔が、ヤマダ君にソックリだった。




