8話
さて、かめさんが勝ったら、うさ子とかめさんがつきあう、というかけっこ勝負が始まりました。
みんなの提案で、かめさんに少しでも勝ち目のある長距離の勝負になりました。
「よーい、どん!」
ゴールである、丘のてっぺんに向かって、うさ子とかめさんは、一斉にすたーとしました。
仲間のみんなは、ごーる地点でまちかまえています。
うさ子は、ぴょんぴょーん、と一気に進んでいくとあっという間にかめさんを振り切ってしまいました。
うさ子が後ろを振り返ると、かめさんがもう小さく見えます。
かめさんがとことこと一生懸命、自分を追いかけてくる姿を見ると、いとおしくてたまりません。
しばらく見とれていると、かめさんが追いついてきました。
「はあはあ、やっぱりうさ子ちゃんは、はやいなあ、わっはっは」
かめさんはそう言って、笑顔で声をかけてくれました。
「そうよ、私は足がじまんなんだもの」
うさ子はそう言うと、とびっきりの笑顔を返しました。
うさ子は、こうやってかめさんと笑いあっている時間が、幸せで仕方がありません。
うさ子は、ずっとそうしていたい気持ちをおさえ、またぴょんぴょんと駆け抜けていきました。
胸の高まりがおさまりません。
うさ子はあっという間にかめさんを大きく離して、姿が見えないところまで引き離すと、立ち止まってふと考えました。
もし、負けたらどうなるんだろう。まあ、負けるはずないけれど。
で、でも、もし負けてしまったら、つ、つきあうのよね。
つ、つきあう……。かめさんとつきあう……。
つきあうって、何をするのかしら、で、でーと、とか?
……。
「ちょ、ちょっと疲れたし、休憩しようかしら、ある程度せってないと面白くないし」
うさ子は、まるで言い訳のようにひとり言をつぶやき、途中の道で横になってしまいました。
しばらくして、かめさんが追いついてきました。
目をつむったまま横になっているうさ子を通り越し、かめさんは懸命に走っていきます。
これは、かめさんの足音ね。
抜かされちゃう……まあ、仕方ないか。
私今、ちょっと足がいたい気もするし、休憩よ、休憩。
かめさんなんて、あとで追いかければすぐに追い抜けるわ。
うさ子はかめさんが先に行ってからしばらくしてから体を起こしました。
「え、えへへ、にんじん畑にでーと」
うさ子はにやけながら走り出します。
うさ子は走りながら、少し考えました。
本当にこれでいいのか。つきあうなんて、かけごとで決めていいのか。
勝ったらつきあわない、負けたらつきあう、それってどうなんだろうか。
心の中を、ふくざつな心境がめぐっています。
うさ子がようやくかめさんの後ろ姿を遠くからとらえたころ、かめさんはもう、ごーるのすぐそばにいました。
「いた、かめさん」
うさ子は、かめさんの姿を見たとたん、とても暖かい気持ちが心にあふれてきました。その気持ちのしょうたいは、ずっと前からうさ子は知っています。
うさ子は考えました。
かめさんには、ちゃんとこの気持ちを伝えるべきじゃないか。このままずるをしてつきあう、なんてことになったら、自分のことがまた嫌いになってしまうんじゃないか。
うさ子は、自分の才能を信じてくれたかめさんを、うらぎるようなことはしたくないと思いました。
「かめさーん!」
うさ子はありったけの勇気をふりしぼって、大声で叫びました。
かめさんは、うさ子に気が付いて後ろを振り返りました。
よし、やるのよ。ここで私は変わるの。
気持ちを、私の気持ちをかめさんに伝えるのよ。
だって私、かめさんが……。
始めてかめさんに会った時……。
蹴っ飛ばしてしまって、それを笑いとばされて。
かめさんに対する嫉妬が止まらなくって。
あとあと……何があったっけ。
初めて友達が出来た。
心の底から笑えた。
私の足のはやさを才能だって言ってくれた。
かけっこがもっと楽しくなった。
朝が来るのが楽しみになった。
うさ子は、思い出すたびに目がまっかになっていきました。
それは、みんなみんな、かめさんからもらった宝物でした。
「かめさーん、ありがとうー!」
気がつくと、うさ子はそう叫んでいました。
もしも、かめさんに出会えていなかったら、私はどうなっていただろうか。
私、かめさんと出会えて本当に……。
「ありがとうー!」
「かめさーん、ありがとうー!」
うさ子は、ありったけの気持ちを込めて、かめさんに叫びました。
それは、本当に伝えたかったうさ子の大切な気持ちでした。
「わっはっは」
かめさんは、分かっているんだかいないんだか。いつもの笑顔でそのままごーるいんしました。
その後、うさ子も続いてごーるいんしました。
「えー、うそ、かめさんが勝ったの?」
「なんでなんでー?」
ねこさんや小鳥さん、いつもの仲間たちがごーる地点でわいわいがやがら声をかけてきます。
「いやー、ちょっと昼寝をしちゃって」
うさ子は、負けた言い訳をみんなに話します。
「わっはっは、じゃあ僕はうさ子とつきあえるのかな?」
かめさんは冗談ぽく笑いながら言いました。どこまで本気なんだかわかりません。
「やだー、昼寝しちゃったからとりけしー!」
うさ子は、満面の笑みを見せました。
うさ子の心は、すっきりしていました。本当に言いたかったことが告白できたのですから。
「なんだそりゃー」「おかしいだろー」
まわりの仲間たちがつっこみます。
「わっはっは、まあいいか」
かめさんは、いつもの笑顔を見せます。
仲間たちと笑いあったうさ子は、これ以上ないくらい幸せな気持ちでいました。
かめさんや、こんな素敵な仲間たちとずっと一緒にいれる。そう思うと嬉しくて仕方がありません。
つきあうとかなんとか、そんなことは今のうさ子にとってはどうでもよくなってしまいました。
うさ子は、心の中で、もう一言、こう叫びました。
「みんな、ありがとう」
こんな私と一緒にいてくれて、ありがとう。
うさ子はみんなといると、自分のことがどんどん好きになっていくのを感じました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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