7 初披露のあとで
伏見舞踊十六人隊。略して伏見十六の、伏見城における太閤秀吉への披露は、大成功だった。
その場にいた秀吉、天海、石田三成、直江兼続、真田信繁。皆が激賞した。
太閤秀吉はその場でこの新しい芸能を民びとの前で演ずるための建物、常設館を作ることを決めた。
それも特急で。
そして出雲阿国に訊いた
「その常設館じゃが、どれくらいの数の見物衆が入れるようにするのがよいかのう」
このことについては、阿国には既に腹案があった。山三、長兵衛とも確認済だった。
太閤殿下の前での披露が成功すれば、そういう話になるであろうとの想定のもと。
「座席の数は百五十足らず。立ち見の衆を入れて二百五十くらいがよろしかろうと存じます。」
「それは小さい。この芸能、皆、熱狂するであろう。誰もが見たがる。千を超える見物衆が入れる常設館を造ろうではないか。いや、二千を超えてもよい」
「どんな芸能であっても、やがて見るものが飽きる日はやってまいります。そうならないためには、その常設館に入ること自体が難しい。なかなか見ることができない、そういう状況を作り出すこと。さすれば人びとのこの芸能に対する渇望感はいや増しに増すことでございましょう」
「ふむ、なるほど」
「そして時に殿下のお許しを得て、野外の広く民びとを集めることのできる場所で特別公演を行う。その際は数千の見物衆を容れる、そのように致したく思います」
「あい分かった。阿国、そなた人の心の機微をよう心得ておるのう。たいしたものじゃ」
「もったいないお言葉でございます」
「初公演の日じゃが、二ヶ月後とする。今できているのは、さきほど披露してくれたものだけか」
「さようでございます」
「全てそなたが作ったのか」
「妾が作りましたのは、踊りのみ。曲はそこに控えております長部長兵衛。謡の詞はあれなる名古屋山三が作りましてございます。」
「衣装を考えたのは」
「妾でございます」
「そうか、いずれも見事。おって褒美をとらす。じゃが公演となるとひとつだけという訳にもいくまい」
「はい、これからの二ヶ月。懸命に多くの曲、舞踊を、作りまする」
「うむ、頼む。長兵衛と山三も頼んだぞ」
「はは」
ふたりが平伏した。
「ところで、色々と費えもかかろう。金は足りておるのか」
阿国は、今の状況を説明した。
摂津国西宮の造り酒屋、長部家に世話になっており、そこに稽古をする場所、演奏場もあると。
「おお、そうか。もう確りとした後援者がついておるのじゃな」
殿下の前で長部の名を出すことができた。文治郎様もお喜び下されるであろう。
「これからは、この太閤も後援者じゃ。二番目というのはいささか残念じゃが」
「もったいないお言葉でございます」
「ところで阿国。乙女たち、いずれも見事な踊りじゃったが、中でも真ん中で踊っておった娘の踊りは凄いな」
殿下はそれが分かられたのか。
やはり大変なお方。
阿国は、思った。
「はい、お香と申します」
「そうか、その名直ぐに、民びと誰もが知る名となろうな」
踊り全体の凄さに圧倒されて、三成には個々の娘の踊りまでは分からなかった。
だが紛れもなくこの日が、のちに人びとの間で、観音お香と呼ばれることになる少女と、石田治部少輔三成が初めて相見た日だったのであった。




