表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/21

5 お香

 お香の父、安藤利嗣は関東一円を治める北条氏に仕える五十石取りの武士だった。


 天正十八年。北条氏が豊臣秀吉により滅ぼされた時、お香は十二歳だった。


 北条氏の旧臣は、その後北条氏の旧領を治めることになった徳川家康に召し抱えられた者も多かったが、安藤利嗣はそうではなかった。


 安藤利嗣は妻を労り、お香をはじめとする三人の子に大きな愛情を注ぐ優しい男だった。


 が、気は弱く、武士として一途に主家に忠勤を励むという以外のことは考えていなかった。


 浪人となり、一家は相模国小田原の外れの掘っ立て小屋で暮らすようになった。


 利嗣は日雇い仕事、農場の手伝いなどをして何とか一家を支えようとしたが、もともと何の能もない不器用な男である。要領も悪く稼ぎは微々たるものだった。


一家は困窮を極めた。


 小田原にその芸能一座がやって来たのは、北条氏が滅びた翌年のことだった。


 その日、利嗣の一家は、貧しい日々の暮らしの中でのせめてもの楽しみとその一座を見に行った。


 観客は多かった。木戸賃が払えるわけでもない安藤の一家は、遠巻きにするだけ。


 何やら音楽が聴こえてくる。それから笑い声も。

その一座が踊りを見せ、芝居をやっていることは分かった。

だがほとんど見ることはできなかった。


 一座の公演が終わろうとする頃、観客が一斉に踊り出した。

一座の女座頭が、


「最後は総踊りです。さあ皆様ご一緒に」


と、言ったらしい。


 お香もこの踊りに加わった。

聴こえてくる調べに合わせて夢中になって踊った。

日々の、貧窮を極める暮らしも忘れた。


 踊りが終わったとき、女座頭がお香のところにやって来た。


「一座に入らないか」


 女座頭が、父利嗣に示した金は、貧窮を極める一家が断れるものではなかった。


 別れのとき、利嗣はお香に、すまぬ、すまぬ、と繰り返し、せめてこれを、とお香に差し出した。

それは、利嗣が掘っ立て小屋の中に、そこだけは清めていた場所に置き、日々祈りを捧げていた、高さ二寸ほどの観音像だった。


 その観音像だけを胸に抱き、お香は一座に加わった。

一座には、お香と同じ年頃の七人の少女がいた。


 阿国は芸術志向が強かった。できることなら、純粋に踊りだけで、一座を成り立たせていきたかった。

 しかし、それだけで観客の興味を繋ぎとめ続けることは難しかった。


 ましてや、うら若い娘がおおぜいいるのだ。観客は別のものも期待する。


 芝居において、阿国は事実上の亭主である名古屋山三と、時に異性装を見にまとい、倒錯劇を見せたりした。


 そして、乙女たちによるややこ踊りは、時にエロティックな色彩を帯びた。


 公演のあと、その地の有力者に招かれることもしばしばあった。

阿国は、乙女たちは、酒席に侍った。そしてそれ以上のものを求められることもあった。


 一座を維持していくためには、それを拒絶することは難しかった。


すまぬ。

阿国は、乙女たちに心で詫びた。

許してたもれ。


 阿国は、のし上がりたかった。娘たちにこんなことをさせずにすむように。


 純粋に踊りだけで一座を成り立たせたかった。


 そのためには、それだけで観るひとを大きく感動させるような、これまで誰も見たことがないような踊りを考えなければならない。


 十四歳の秋、お香は女になった。

絶世の美男だったと言われる名古屋山三は、西暦1595年までは、蒲生氏郷に仕える武士だったそうです。

従ってこの時期に既に阿国の一座に加わっているということは史実ではありえません。


もともと荒唐無稽な話を書いているわけですが、それだけにできるだけ、歴史上実際に起こった時期にはこだわりたいのですが、小説の都合上、時に史実を無視、時代考証めちゃくちゃということは、今後もあると思います。

お許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ