2 父が語る伏見十六
その日重家は、父、三成の帰りを待ちわびた。
父とふたりで考案し、先日空き地で、直江兼続、真田信繁、島左近をはじめとする石田の家臣たちと始めて試合をした棒鞠。
それを今日、父は殿下に説明する。
父が帰宅した。
「棒鞠は決まりが複雑で、真田が考案した広場蹴鞠、直江が考案した鎧鞠のほうが人びとには分かりやすいのでは、ということであった」
「そうですか」
重家は肩を落とした。
「重家、がっかりすることはない。別に棒鞠をやめる、という訳ではない。
真田も、それから直江も、実際に試合をしてみてとても楽しかった、ということは殿下の前で口添えしてくれた。
要は棒鞠の決まりを人びとに理解してもらうことに努めればよいこと。
決まりが分かれば、やって楽しく見て楽しい技競べであることは自明のことじゃ。
重家、そなたと父、ふたりで考案した棒鞠じゃ。広場蹴鞠や、鎧鞠に負けず、多くの人びとにやってもらえるようがんばろうぞ」
「はい」
父とふたり、棒鞠の決まりを、ああでもない、こうでもない、と決めていくのは楽しかった。
これからも父とふたり、同じ目的を持って励むことができる。
重家には、そのことが嬉しかった。
「そうじゃ重家。今日はな、殿下の元で大変なものを見た」
三成は長男に、伏見舞踊十六人隊の話をした。
「あれは凄い。今まで聴いたことも見たこともない類いの謡いと、踊りであった。
そして、衣装がのう、着物の裾が膝までしかないのじゃ。
たしかに普通の着物ではあの踊りの動きはできまい。
今もあの場で聴いた謡が耳を離れん。何とも斬新な謡じゃった。あの謡と踊り、そして衣装。人びとが熱狂するであろうことは間違いない」
作者注
音楽の三要素は、メロディ、ハーモニー、リズム。
それぞれ旋律、和声、律動と訳される。
「メロディ」音の高さが様々に変化しながら進んでいくこと
「ハーモニー」複数の音の高さが重なり合いながら進んでいくこと。
「リズム」音の時間的な長さがある規律を持って進んでいくこと
日本には古来リズムという概念はなかったと言われる。
伏見舞踊十六人隊が太閤秀吉のもとで披露した謡は、作ったほうも聴いたほうもその意識はなかったが、この日の本で初めて作られた、リズムを持った唄だったのである。
注 終わり
「父上、どのような謡と踊りなのでしょう。教えてください」
ううむ、三成は渋ったが、重家がさらに懇願すると、
そうかどうしても見たいか、仕方ないな、と充分に勿体をつけてから、見様見真似で伏見十六の謡と踊りを嫡男の前で披露した。
三成は、謡も踊りも下手だった。
だが伏見舞踊十六人隊の謡と踊りがいかに斬新であるかということは、重家に伝わった。
「二ヶ月後にこの伏見で、舞踊十六人隊の初公演が行われる。
殿下は今日お役目方に、その日までに間に合わせるようにと、公演を行う建物の建築を命じられた。
伏見十六舞踊場という名にされるそうじゃ」
「はい」
「その初公演、父と一緒に見にいこうぞ。うたと重成も連れていってやろう。辰はまだ幼いから分かるまい。その日は乳母に預けて留守番じゃな」
「はい、ぜひお連れください。楽しみでございます」