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17 歌舞美総合学校

 年が明けた。文禄四年。重家は十三歳。お香は十七歳になった。

 この年、歌舞美奉行、石田治部少輔三成は三十六歳である。


 伏見十六の人気がかげることはなかった。舞踊場は連日満員。入場券は当日売のみ。前日から舞踊場に並ぶことは禁止との通達が出されていたので、夜明けとともに、人びとは舞踊場の前に並ぶ。

舞踊場側は前以て連絡のあった、その日の有力者の観覧希望により確保した席数をひいた数を並んでいる人びとの前から数え、本日はここまでとする、と伝える。


 歌舞美に関わる仕組みを、奉行、石田三成は、どんどんと作り上げていった。

 伏見十六の公演は、今の暦にあてれば奇数月のみ。その月の中で一日~七日。十一日~十七日。二十一日~二十七日。

公演のない連続した三日間の内、二日は、稽古にあてる。

十日。二十日。三十日は、休み。この日については、伏見十六の娘たちの行動に制約はなく自由。


 特別公演、あるいは領主等の宴席への出演で、上記に変更が生じる際は、その旨、月の初めに、その予定を舞踊場の前に貼り出す。

が、特別公演、宴席への出演については、極力、公演のない偶数月、閏月に行うよう予定をたてた。

では、その偶数月、閏月に、伏見十六の少女たちは何をやっていたか。


 主たるものは、翌月の公演、予定されている特別公演、宴席での公演の稽古である。

そして、もうひとつ。

後述する学校で、学生たちに見本となって歌い、踊ることであった。


この頃には、日の本の各地で、新たな十六人隊が誕生していた。

が、その少女たちに歌舞美を教えるものがいない。


三成は、伏見十六舞踊場からほど近い場所に、歌舞美総合学校を設立した。

教えるのは、出雲阿国、名古屋山三、長部長兵衛である。


 学校長は出雲阿国。

 長兵衛は、伏見十六の公演の際、自ら奏でていた携帯六弦琴の演奏を他の者に任せ、学校の教師に専念した。

 今では新楽器と総称される歌を演奏するための楽器を、学校の演奏部門に入学してきた若者たちに教えたのである。


 学校は「舞踊十六人隊部門」「演奏部門」ともうひとつ「教師育成部門」を持つ。


あらゆることを、阿国、山三、長兵衛の三人だけで教えるというのは限界がある。

教えることのできる人材の育成もまた急務なのであった。


 学校は、学生宿舎も併設する。学生たちはそこで寝泊まりし、入学した部門の学習に励む。


この歌舞美が目指している最終的な目的。

「明るく楽しい世界征服」


そのことは、歌舞美奉行、石田三成と、歌舞美総合学校長、出雲阿国を通して、学生たちにもしっかりと伝わっていた。


 学生たちは、この壮大な事業の尖兵となって、日の本中へ、やがては世界に羽ばたいていく、将来のおのれの姿に夢を馳せていたのであった。


 石田の若様は、月に五度、公演を見に来られる。

内一度は、治部様もご一緒。


握手会のとき、治部様は以前と同様、若様の握手が終わるのをじっと待っておられる。

若様とご一緒に私のところに並んでくださったら。

お香は、そんなことも思ったが、直ぐに打ち消した。

歌舞美奉行である治部様が、特定のおなごのところに並べるわけもない。


若様は相変わらず、他の並んでいる見物衆と同様、握手して、ひとことずつ言葉を交わしたら、そそくさと次に並んでいる見物衆と交代する。

その制約の中で、お香は、握手に精一杯の力をこめ、言葉を交わすとき、鏡で研究した最も相手の印象がよくなるであろう、笑顔を送った。

若様のお顔が、ぱっと赤らむのが分かった。

若様がお屋敷で、治部様に、お香のことを話題にしてくださったら、との思いを込めて。


干し柿のことがあっても、その日以降も治部様が、お香に話しかけてくることはない。

が治部様は、舞踊場で、お香と視線が会うと、少し表情が変わった。

これは多分、笑顔のおつもりなのでは、そう思えなくもない表情だった。

それに対してお香は、もちろん、研究した最高の笑顔を送った。


 お香にとって、最大の楽しみは、宴席での公演。

その公演の中で、三成様は、どうやら「干し柿隊」と呼ばれているらしい、あとのお二方とともに舞台に上がられる。


 その隊の名称は、おのれのあのときのふるまいに起因していることは明白、おそれ多いことと思う。


 が、舞台に上がられた治部様は、いつもそれが当たり前のように、お香の横に来てくださる。

一度、恵瓊様が

「治部殿、いつもお香を独占とは許せませんな。今日は拙僧と変わりなされ」

と呼びかけられたが、治部様はまるで何も聞こえなかったかのようにご返事もなさらなかった。


 治部様は相変わらずだ。私の動きをなんとかなぞろうと手足を動かされているようだが、まるでばらばら。

でも治部様は、周りに沸き起こっている笑い声なども意に介さず、懸命にお香の動きを見てくださる。

その治部様の全てがいとおしい。


好きだ。

お香は思う。

私はどうしようもないくらい、この方が好きだ。


 その日、重家は、屋敷で、父三成に対してお香のことを話題にした。


「最近、お香どのが、握手会の際、以前にもまして力を込めた握手をしてくださるようになったのです」


「そうなのか」


「それから、あの笑顔。以前は笑っておられても、どこか近寄りがたい、そのような雰囲気があったのですが、最近のお香どのが投げかけてくださる笑顔は、もう何とも、たまりません。私のことを少しは気にかけてくださるようになられたのでしょうか」


ああ、あの笑顔。あれはたまらんなあ。


「父上、聞いておられるのですか」


「おお、聞いておるぞ」


「ところで父上、最近、父上は、お香どのに、何やら目で合図されておられませんか。何かあられたのですか」


こいつ、鋭いなあ。未来の嫁と思い定めた娘のことだ。そうなるか。


三成は、仕方なく、宴席の時のことを重家に語った。

「父上は、たびたびお香どのに躍りの直接指導を受けられておられるのですか。それはおずるい」


直接指導、あれが。儂はお香の前に行くと、もう緊張してしまって、自分が何をやっているのか訳がわからなくなるのだぞ。


「私も直接に指導を仰ぎたく存じます。それに何よりもっと、お香どのとお話いたしたく存じます。伏見十六、休みは自由に行動できると聞いております。

父上、お願いです。お香どのをこの屋敷にお招きくださいませんでしょうか」


「なに、お香どのをこの屋敷へか」


重家が真剣な顔をして、三成を

見つめている。


「分かった。その旨、阿国どのに申し入れる」

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