11 衝撃の石田父子
公演が始まり、その舞台で繰り広げられる謡と踊り。
そして今まで聴いた経験のない種類の曲。
石田治部少輔三成は、あらためてこれは凄いと思った。
そしてその踊りは、伏見城で見たものよりもさらに速く激しかった。
何故ここで釈迦が出てくるのか、その必然性が理解できなかったし、この詞は仏の教えを冒涜していないだろうか、そんなことも思った。
何か理屈を考えて詞をつくっている訳ではないのかもしれない。
理性の男、石田三成はかろうじてそう思った。
この場ではそういうことは考えないほうがよいのかもしれない。
理性の男、石田三成は、一応賢明にもそう思った。
舞台に没頭することにした。
これだけの踊りをするのに、一体どれだけの稽古を重ねたのだろう。
三成の心にいつぞやの阿国との会話が浮かんだ
「芸の道も厳しいのだのう」
軽い気持ちでそう言った三成。
常ににこやかに三成に対応する阿国がそのときだけ、一瞬表情が消えた。
三成は、おやっと思ったのだが、あの時、阿国が何を思ったのか三成には分かった。
あれは、あのような軽い口調で言える言葉ではなかったのだ。
十六人の少女たちの踊り。凄いと思った。
特に概ね舞台の中央で踊っている娘の踊り。
なんという美しさだ。人は稽古を重ねればこのような動きができる。
いや、動きではない、その少女の動き、他の十五人の少女たちと特に変わった動きをしている訳ではない。
形だ。その体の全てを使って作り出す形が美しいのだ。
その少女を三成は神々しいと思った。自分とは異なる世界に存在する聖なるもの。
三成は、そのように思った。
その少女の名が「お香」であるということは、心に刻み込まれた。
が、公演の、特に後半は三成の舞台を見る集中力は、ややそがれた。隣に座る長男重家の息遣いが荒々しく、耳に邪魔だったのだ。
伏見十六の初公演をその目で見てその耳で聴いた、石田三成の嫡男、重家。
公演が始まるやいなや先ず心に浮かんだのは、三成の阿呆、
そんな罰あたりな言葉だった。
この謡と踊りを、父はあんな下手な表現でしか伝えられなかったのか。
伏見城で演じられ、父が伝えた、この日の演目第三番「桜咲く日の本」を見ても、その思いは変わらなかった。
まるで違うじゃないか、どうやったら、この謡と踊りが、あの謡と踊りになるのだ。
そんな思いも心に浮かんだ訳だが、重家はとにかくその公演に魅せられた。
公演が始まるやいなや、重家は一瞬たりとも舞台から目を離すことができなかった。
十六人の少女、少女といっても十二歳の重家よりは全員年上であることは明瞭だったが、その少女たちが演じる踊りを食い入るように見つめた。
公演が進むに連れて、重家はただひとりの少女の踊りを見詰めるようになった。
その少女は、時に違う場所に移動することもあったが、概ね舞台の中央で踊っていた。
十六人の少女。踊りは皆、素晴らしい。その動きの速さ、激しさ、そして次々と変わるひととひとの組み合わせ。
が、その概ね中央に位置するその少女の踊りの美しさは飛び抜けていた。十二歳の重家にもそれがはっきりと分かった。
裾が膝までしかない着物、だがこれは着物なのだろうか。重家が今まで見た経験のない形をした衣装だった。
公演の途中から、重家の体の中からこれまで経験したことのない衝動が沸き上がってきた。
胸の高鳴りがとまらない、苦しい。これは一体何なのだ。
演目第六番「着物の裾をひるがえし」
十六人の少女の一斉旋回で、さーと裾が広がり、その少女の太股を露に見たとき、重家の衝動は爆発した。
苦しい、苦しい、息が出来ない。
休憩となり、演目第七番での衣装は、動きを妨げないよう体を締め付けず、ゆったりとした工夫が凝らされてはいたが、見慣れた着物とさほど変わるものではなかった。
重家はかえってほっとした。
が、その演目は、舞台で踊る十六人の少女のそのひとりひとりが順番に舞台の中央に位置して、その名前が謡の中に読み込まれたものだった。
重家は、おのれが魅せられてしまった少女が中央に来るのを待った。
名前が知りたい。
だがその少女は、この演目ではなかなか中央に来ない。重家は焦れた。
その少女が中央に来たのは最後だった。
「お香」
と謡がその少女の名を告げた。
その瞬間、舞踊場内の見物衆は、一斉に
「お香、お香、お香」
と連呼した。
重家も叫びたかった。しかし、苦しくて声が出ない。
心の中で
「お香、お香、お香」
と何度も繰り返した。
天女だ。お香は天女だ。
その日から重家は、寝ても覚めてもお香のことしか考えられなくなった。
石田治部少輔三成の嫡男、石田重家は、お香に恋をした。




