第8話 残念美少女、魔術を知る
「いや~、儲かりましたね~、ツブテさん」
私とヌンチは、宿の食堂で夕食を食べていた。
目の前には、様々な料理が並んでいる。
フォレストタイガーは、毛皮に傷が一つも無いという事で、思いがけない高値で売れた。
金貨五枚だから、五百万円くらいか。
あと、冒険者としてのランクも、鉄から銅に上がった。
私は、テーブルの上にある料理をつつきながら、ダイエットのために、そろそろ食べるのをやめようかと考えていた。
「そういえば、ツブテさんって職業は何です?」
「職業?
学生だが
むぐむぐ」
「ああ、そっちの職業ではなくて、覚醒する方の職業ですよ」
「なんだ、その『カクセイ』って?
むぐむぐ」
「えーっと、十五歳になると教会に行って『水盤の儀』をおこなうんですが、それで、何かの職業に覚醒できます」
「ふ~ん、で、お前は、何にカクセイしたんだ?
むぐむぐ」
「魔術師です」
「おおっ、魔術師ったら、魔法が唱えられるのか?
むぐむぐ」
「えーっと、マホウが何か分かりませんが、魔術はできますよ」
「おおっ!
いいなっ。
魔法少女になれるのか!
だけど、魔術師ってレアな職業じゃないのか?」
「いいえ、最も多い職業の一つですね」
「おい、すぐ教会に行くぞ」
「ああ、この時間は、もう閉まってますから。
明日行きましょう」
「よし、朝一で教会に行くぞ。
魔法少女か~、一度なってみたかったんだよなー。
こう、魔法の杖でキラキラキラって感じか。
むぐむぐ」
「だけど、ツブテさん」
「なんだ、ヌンチ?」
「あなたの世界の方は、みなさん、たくさん召しあがるのですか?」
「何をだ?
むぐむぐむぐ」
「いえ、よく食べるなーっと思って」
テーブルの上を見ると、さっきまで山のようにあった料理がほとんど残っていない。
「お前が食ったのか?」
私は、空になったお皿を指さした。
「いいえ、全部ツブテさんが」
「……ふ、太るーっ!!」
夜の街に私の絶叫が響きわたった。
◇
次の朝、私はヌンチに案内され、教会を訪れた。
教会の建物は、石造りで、十字架が無いだけで、地球の教会にそっくりだった。
「おや、ヌンチではありませんか。
あなたがここに来るとは珍しいですね?
やっと信仰心に目覚めましたか?」
白いローブを着た、上品な初老の女性が私たちを出迎えた。
「お久しぶりです、コーティス様。
今日は、こちらのツグミさんが、『水盤の儀』を受けたいそうです」
「ああ、そうですか。
準備に少し時間が掛かりますよ。
お布施の方は大丈夫ですか?」
「はい、臨時収入がありましたから。
では、後ほどうかがいます」
「そうですね。
お昼頃には、準備できているでしょう。
それまで、お説教を聞きますか?」
「い、いえ、結構です」
◇
ヌンチは私を連れ、教会近くにあるカフェらしきお店に入った。
香草茶とケーキで有名なお店だそうだ。
「ケーキは、何になさいますか?」
花柄のエプロンを着けたお姉さんが持ってきたのは、ワゴンの上に並んだ、様々な種類のケーキだった。
「うーん、どれにしよう。
悩むな~」
カロリー的には、一つだけだろう。
色とりどりのケーキに、私はどれにするか決めかねていた。
「では、お決まりになったらお呼びください」
娘さんは、ワゴンを置き、そのままカウンターに戻っていった。
私は、お茶を飲みながら、ヌンチから魔術の事を聞きだすことにした。
「魔術の事を教えてくれるか?」
「ええ、魔術は大気中にあるマナを利用する術です」
「マナ?」
「ええ、私たちには、見えませんが、この大気中には、マナと言うエネルギーがあるそうなんです」
「見えないのに、どうやってそんなものがあると分かった?
もぐ」
「ああ、昔、ヴォーモーンという偉大な魔術師がいまして、彼はマナが見えたんですよ」
「なるほど、そいつが魔術の仕組みを調べたんだな。
もぐもぐ」
「そうです。
彼の書いたものは、そのほとんどが禁書となっていますが、現在書かれている魔術についての本は、全て彼の研究が元になっていると言われています」
「魔術には、種類があるって話だったよな?
もぐもぐもぐ」
「ええ、水、土、風、火、それに聖や闇という属性がありますね」
「そういえば、おじさんが水の玉を飛ばしてたな。
むぐむぐむぐむぐ」
「あれは、水属性の『ウオーターボール』っていう魔術ですね」
「なるほど。
むぐむぐむぐむぐむぐ」
ウオーターボールって、水の玉そのままじゃん。
魔道具の指輪で翻訳されてるから、本当は何て言ってるか分からないけど。
「じゃ、そろそろ行きますか。
お姉さん、お勘定お願いします」
カウンターから、エプロンのお姉さんが出てくる。
お姉さんは、なぜかすごく驚いた顔をしている。
「えー……全部で銀貨二枚になります」
えっ!?
銀貨一枚が一万円くらいだから、二万円!
異世界の物価、「高っ」!
おっと、心の声が漏れちまったぜ。
お姉さんが、咎めるような視線をこちらに送ってくる。
「香草茶二杯にケーキ十九個で、銀貨二枚です」
えっ!?
ワゴンの上を見ると、並んでいたケーキが一つも残っていない。
「ぎゃーっ!!
太る~!」
私の叫び声が街中に響いた。
ツブテ「今回は、美味しいケーキが食べられて、少し納得したわ」
作者「ふふふ」
ツブテ「な、なに、その不気味な笑い?」