第51話 残念美少女、名前を偽る
ボクの名前は、マンパ。タルス魔術学園の四回生です。
実家は田舎の小さな町で魔道具屋をやっています。
今日、ボクのクラスで凄いことがあったんだ。
それは何かというと、転入生が入ってきたんだ。
えっ?
全然、凄くないって?
魔術学園は、普通、転入生を受けいれないから、とても珍しい事なんだよ。
そして、何より、その転入生が凄かったんだ。
何が凄いって、その女の子は、今まで見たことないほど綺麗だったんだ。しかも、その動作の一つ一つが美しいんだ。ああいうのを優美っていうんだろうね。
その上、その少女は黒髪で黒い目をしている。歴史で習った『真の勇者』と同じなんだよ、凄いでしょ。
ここだけの話、ボクは彼女の姿を目にした瞬間、頭がガーンとなって、周囲がキラキラして見えたんだ。
あれは、なんだったんだろう。
その女の子はレイチェルさんって言うんだけど、アレクの友達みたいなんだ。
アレクはボクの親友だから、もしかしたら彼女と友達になれるかもしれない。
そう思うと、胸の辺りが苦しくなってくる。
おかしいなあ。ボク、体調が悪いのかもしれない。
でも、今日は、がんばって最後まで教室にいるつもりだよ。
だって、レイチェルさんをなるべく長く見ていたいから。
◇
「初めまして、私はこのクラスを受け持っているシシンです。
自己紹介しれくれるかしら」
教室の前に立っている若い女性が、私に話しかけてきた。
「初めまして。
えー、私は、ツブ……いえ、レイチェルです」
「レイチェルさんは、今日から皆さんのクラスメートです」
シシン先生の声で、なぜかクラスがどよめいた。
「では、みなさん仲良くしてあげてくださいね。
アレク君、レイチェルさんを空いた席に」
「はい」
私の席は窓際の一番後ろだった。
ここなら、お昼寝できそうね。
◇
「さあ、それではレイチェルさんがいらっしゃることですし、今まで習ったことを基礎からおさらいしますよ。
魔術は周囲にある目に見えないものによって発動しますが、それはなんですか、マンパ君」
「マ、マ、マ、マナです」
「レイチェルさんが入って緊張しているようね。
そう、マナ、正解ですよ。
そして、基本的な属性には何がありますか、メタリさん?」
「最も基本的な属性は、四つ、水、土、風、火です」
「そうです。
そして、そういったことを解明した偉大な魔術師は誰ですか、ナティン君?」
「うん、ヴォーモーン大先生だね」
「そう、魔術師ヴォーモーンですね。
よくできました。
それから、それぞれの魔術には相克がありますね。
ミャートさん、説明できますか?」
「はい、先生。
水は土に勝ち、土は風に勝ち、風は火に勝ち、火は水に勝ちます」
「素晴らしい答えです。
そして、こうした魔術を使いこなす職業が?
みなさん、一緒に」
「「「魔術師です」」」
「そうですね。
では、ここからは、各属性に関する基礎知識を確認していきますよ。
まず、水属性ですが……」
そのあたりから私は意識が朦朧として、気が付くと授業終了の鐘が鳴っていた。
◇
授業の後、私は生徒たちに囲まれた。
「レイチェルさん、どこから来たの?」
「今、何歳?」
「魔術師のレベルは?」
「何の属性が得意?」
「アレクとは、どんな関係?」
生徒たちから、口々に質問が放たれる。
私は、その質問に答える必要はなかった。
なぜなら、教室前の扉が開き、ヴェルテール学園長が入ってきたからだ。
彼女はドンを連れていた。
「ヴェ、ヴェルテール先生!?」
一瞬で教室が静かになる。
私の周りに集まっていた生徒が、こまねずみのような動きで、自分の席に戻った。
「魔術実習の副指導教官としていらっしゃった、ドン先生です」
教壇に立った学園長がドンを紹介する。
ドンが私を見て、にっこり笑った。
「きゃーっ!」
「素敵っ!」
「なんて綺麗な方なんでしょっ!」
「静かに」
声を張りあげたわけではないのに、ヴェルテール学園長の言葉は、教室の隅々まで通った。
生徒たちが、また静かになる。
「先生はこの容姿ですから、あなたたちの年頃ならば気になる事もあるでしょう。
しかし、……」
学園長は、声を少し低くした。
「ドン先生を煩わせるようなことがあれば……分かっていますね?」
「「「ひゃい」」」
生徒たちが、青くなってるわね。
学園長はドンを連れ、教室から出ていった。
去り際、ドンは何度もこちらを振りむいていた。




