第47話 残念美少女、探偵になる
商業施設に関する騒動がひと段落ついて、落ちついた日常が戻ってきた。
まあ、戻ってきたと言っても、住む所は、商業施設にある宿泊所というか、もう、ホテルといっていいグレードのものに変わった。
宿泊施設の支配人になったおばさんと、副支配人になったおじさんが、帝都にある一流宿泊施設からアドバイスを受け、そこを運営している。
ただ、以前の『アヒル亭』もまだ密かに営業を続けており、私とドンの部屋もそのままだ。
時おり、そちらで息抜きするのが、楽しみになっている。
商業施設にいると、仕事が山のようにあるからね。
それは、『アヒル亭』のおばさん、おじさんも同様で、時々、そちらで仕事をしている。
人を使わない分、気楽らしい。
そんなある日、久しぶりに『アヒル亭』に、おばさん、おじさん、私、ドンが揃った。
◇
「おばさん、『アヒルホテル』の方はどうです?」
「連日満員だからねえ。
儲かりすぎて、怖いくらいさ」
「嬢ちゃんよ、しかし例の『カニの部屋』は、売り上げが凄いらしいな」
「そうなんですよ。
陛下が、一人一回銀貨一枚なんて言ったから、まさか人が入ると思ってなかったのですけどね」
「あの部屋目当てに、他国から団体旅行する人たちも、少なくないからねえ」
「そういや、この前、あの部屋の前を通りかかったとき、ヌンチさんを見たよ」
「えっ?
なんで、彼があんなところに?」
そんなに稼ぎがあるとも思えないヌンチが、銀貨一枚を払って何をしているのかしら。
これは気になる謎ね。
「ほれ、噂をすれば、その当人がやってきたよ」
「こんにちはー。
あれ?
今日は、みなさん、こちらにお揃いなんですね」
「ヌンチよ、その後、『赤い稲妻』での調子はどうだい?」
「おじさん、もう絶好調ですよ。
リーダーのグラントさんが、『お前がいなきゃ、このパーティはダメだ』みたいなこと言ってたし、へへへ」
「そういや、あんた、この前、『カニの部屋』から出てきたよね。
他の『赤い稲妻』メンバーも、あんたと一緒だったわね」
おばさんの言葉に、ヌンチは動揺を隠しきれなかった。
「え、そ、そんなこと……人違いです、きっと。
うん、ボクに似た人がいたんですよ」
これは何かあるわね。
突きとめないと。
探偵ツブテに変身ね。
「そう、それなら『赤い稲妻』全員に似た人たちがいるっていうのね?」
「ぐっ、そ、それはっ……あっ、討伐依頼に遅れちゃう!」
ヌンチはそう叫ぶと、戸口から外へ飛びだしていった。
私たち四人は、顔を見合わせる。
「ヌンチは怪しい、それとも、怪しくない?
あたしゃ有罪に一票だね」
おばさんが真剣な顔をしている。
「有罪だな」
おじさんもヌンチを疑っているみたい。
「ボクも有罪だと思う」
やはり、ドンもそう思うのか。
「私も有罪。
よし、ここは任せて。
ヤツが何を隠しているか探ってみるから」
「「ヌンチ、可哀そう!」」
おじさんと、おばさんの声がそろう。
いや、まだ探偵ツブテとしては、何もしてないから。
◇
私はドンに頼み、外見を変える魔術を掛けてもらった。
これはどういう仕組みか知らないが、他人から見た時だけ、こちらの姿が別のものに見えるという地味な魔術だ。
ただし、声は変わらないから要注意だ。
私は変身するのに、よぼよぼのおばあちゃんを選んだ。
男性になることも考えたのだが、ちょっと声色に自信が無かった。
声優様、偉大なり。
◇
ギルドの向かいにある路地で見張っていた私は、『赤い稲妻』のオリジナルメンバー四人、そして、少し遅れて新メンバーであるヌンチがギルドに入るのを見届けると、よぼよぼとギルドの扉を潜った。
五人が座っているテーブルの隣にある椅子に腰を降ろす。
「ん、なんだいばあさん、見ねえ顔だな」
グラントさんが声をかけてくる。
「ああ、なにを言っているか、聞こえんのじゃが」
「おばあさん、何の用だい?」
グラントさんが、一語一語はっきり区切るように、大きな声で言った。
「あ、ああ、孫、孫と待ち合わせじゃ」
「孫?
なんて名前だい?」
「マサ、マサムネじゃ」
「変わった名前のお孫さんだなあ。
それより、おばあさん、娘っ子のような良い匂いがするなあ」
「な、なんのことじゃ?」
「匂い袋か何かか?
今度、あいつに買ってやろう」
すると、『赤い稲妻』のパーティメンバーが話に割ってはいった。
「だけど、匂い袋って高いって言うぜ」
「そうそう、銀貨五枚はするって話だ」
「俺もそう聞いてる」
「そんなにするのか。
じゃあ、また、うまい討伐依頼があるまで待つか。
今は、あれのために金を貯めねえとな」
ヌンチが声を上げる。
「そうですよー、あれもいつ終わるか分かりませんから。
今のうちに楽しんでおきましょうよ」
「ちげえねえ、あんなに面白えもんは、そうそうねえからな」
この人たち、何か面白いことに、お金を遣っているようね。
「じゃあ、昨日の討伐で資金もできたことだし、今日も行くか?」
「「「おおーっ!」」」
グラントさんの誘いに、みんなが乗った。
「なあ、お前さん方、たまたま聞こえてきたんじゃが、何か楽しい事をするのかい?」
「ああ、そりゃもうな。
一度行ったら病みつきになっちまうぞ」
「ほうほう。
そりゃええのう。
頼むから、あたいも連れていっておくれな」
「そりゃいいが、婆さん、お孫さんのことはいいのかい?」
「孫とは、また今度会えばええんじゃ。
老い先短いこの身じゃ。
楽しいことがあるなら、ぜひ見てみたいのう」
「そうかい、そうかい。
俺にも故郷に残してきた、母ちゃんがいるからな。
他人事じゃないぜ。
ばあさん、金までは出してやれねえが、ついて来な」
「お前さん、ありがとうよ」
席を立った『赤い稲妻』五人の後を追い、私もギルドの外へ出た。
◇
グラントはゆっくり歩いている私に気を遣い、ときどき立ちどまっている。
彼らがやって来たのは、複合商業施設『青の店』だった。
「ここだぜ。
この扉は少したつと勝手に閉まっちまうから、気をつけな」
店の中に入ると、ヌンチが先にたち、奥へと向かう。
彼らが入ったのは、やはり、『カニの部屋』だった。
入り口の係員に、ヌンチが慣れた感じでお金を払う。
私も予め懐に入れていたお金で支払った。
しかし、こんな場所で、そんなに面白い事なんてあるのかしら?
◇
クリスタルで仕切られた『カニの部屋』には、ポチ(カニ)たちがいた。
親子連れの声が、聞こえる。
「お父さん、あの椅子に座ってる女の人が『青い悪魔』さん?
「そうだよ。
だけど、『悪魔』って言ってもね、悪い人じゃないんだよ。
この国を救ってくれたんだから」
「へえ、すごいんだね」
「あなたも、魔術学校か騎士養成所に入って、立派な大人になりなさい」
「うん、お母さん!」
ほのぼのしてるな~。
だけど、自分の事が褒められるのを聞くと、ちょっと恥ずかしい。
水辺では、ポチ(カニ)たちがのびのび遊んでいる。
最初は違うカニを放すつもりだったのだが、試しに彼らを放すと、ここが気に入ってしまったのだ。
だから、私が討伐などで出かける時を除き、彼らの家はここになった。
ヌンチたちは、じっとカニの方を見ている。
一匹のカニが、ヌンチたちに近づいていく。
よく見ると、それはポチだった。
長い付き合いで、私はカニたち一匹づつの違いが分かるようになっている。
クリスタルガラス越しにヌンチが何か話しかけると、ポチがしきりに爪を振っている。
ポチが水辺に戻ると、他のカニが彼の周りに集まった。
ポチが、その爪を大きく振る。
他のカニも同じ動作をした。
なんだこりゃ。
しかし、驚くのはその後だった。
水辺に置いた椅子に座っている私の人形に、カニたちが一列で向かっていく。
人形の足を伝いその身体に登ると、四匹が顔へ向かい、残りが左右の手に三匹ずつ分かれた。
最初に人形の右手に取りついた三匹のカニが、思い思いの指を爪ではさむ。
「おおーっ!
よくやった!」
ヌンチが、叫び声を上げる。
となりの男の子が、不思議そうに父親に尋ねる。
「お父さん、カニさんは『悪魔さん』の友達じゃないの?」
「あ、ああ、きっとあれは握手なんだよ」
「ふ~ん、痛そうな握手だね」
人形の左手に取りついたカニが、やはり指を爪ではさんだ。
「おおーっ!
いいぞ、いいぞーっ!」
おじさんたちから声が上がる。
人形の顔に取りついたカニが、左耳、右耳、唇を爪ではさむ。
「「「おおーっ!」」」
部屋にいるおじさんたちが歓声を上げる。
最後に、ポチが人形の鼻を爪ではさんだ。
「「「あはははっ、最高だぜー!」」」
おじさんたちが声を揃えている。
「いやーっ、日頃のうっぷんが晴れますな~!」
「おや、あなたも『悪魔』にひどい目に遭わされたんですか?」
「同じギルドですからね。
しょっちゅう、えらい目に遭ってますよ」
「この腕を見てください。
私はね、前国王の命令で出かけただけなんですよ。
それをなんですか、あいつは!
問答無用で跳ねとばしやがって。
あのトラウマで、鎧が着れなくなったんですよ」
「そりゃ、ひどいな。
だけど、俺はもっとひどいぜ。
ケーキを買いに行ったら、『悪魔』に突き転がされ、挙句の果ては騎士から一兵卒に格下げだぜ。
母さんには泣かれるわ、親父はどなりちらすわ、恋人には逃げられるわで、もう死にたくなったよ」
「おいおい、そりゃ可哀そうだな。
だが、俺に較べりゃまだマシさ。
お前ら、城の地下に巨大な昆虫型魔獣がいるのを知ってるか?
まあ、巨大なGなんだが、『悪魔』は、それを潰してこのくらいのボールを作ってよ、俺、それを頭からかぶらされたんだぜ。
一瞬で意識を失ったから、まだよかったが、あれから虫を見ただけで、吐いちまうんだ」
「「「ひでーっ!」」」
「だけど、この部屋に来ると心が洗われますねぇ」
ヌンチがそんなことを言っている。
「「「全くだ!」」」
もう十分だ。
私は変化の魔術を解く呪文を唱えた。
そして、おじさんたちの背後に立つ。




