第31話 残念美少女、押しかけられる
王都からアヒル亭に帰ってきた私たちには、意外なお客さんがいた。
「ツブテちゃん、お帰り。
ドンさんの恋人が、訪ねて来てるよ」
おかみさんの声で食堂の中を見ると、奥のテーブルからマイヤーンが立ち上がるところだった。
「ドン様っ!」
私の隣にいたドンに、マイヤーンが飛びつこうとする。
それを止めようと伸ばした私の腕が、彼女の喉首にかかる。
「くけっ」
その腕を少し前に押しだすと、彼女は首を支点に綺麗に一回転した。
俗にいうラリアットだね。
わざとじゃないよ、わざとじゃ。
幸い、うまく、足、お尻、背中の順に着地したマイヤーンが、白目をむいている。
「しょうがないわねえ」
彼女の上半身を起こし、背中に活を入れる。
「くけっ」
エルフが目を覚ました。
「こ、ここは、どこっ?」
「ここは『アヒル亭』だけど。
あんた、なんでドンの恋人を詐称してんの?」
「ドン様は、私のモノ!」
お話にならない。
抱えあげていた、彼女の上半身を放す。
ゴン
いきなり支えを失ったマイヤーンが、後頭部を床に打ちつける。
頭を抱え、痛みに声もだせないマイヤーンをその場に残し、自分の部屋に上がる。
狭い部屋の床に毛皮を敷くと、ちゃぶ台のようなテーブルを出す。テーブルは、私が王都で見つけたものだ。
ノックがあり、おかみさんが入ってくる。
「はい、お茶三つね。
一つは、さっきのお嬢ちゃんの分かい?」
「いえ、おかみさんのですよ。
さあ、そこに座ってください」
「おや、この毛皮、やけに座り心地がいいねえ」
これはフォレストタイガーの毛皮だからね。
ちゃぶ台の上に載せてある、ケーキの大箱を開ける。
「うわっ、なんだいこりゃ。
綺麗だね」
「これ、ケーキです」
「ケーキ!
このマーク……もしかして、ポンポコ印のケーキかい!?」
「はい、王都で買ってきたんです」
「王都?
あんた、今朝、ここにいなかったかい?」
「ええ、まあ」
「どうやって、そんなで短時間で王都まで行ってきたんだい?」
「ええ、ちょっと」
「ああ、スキルの話は、ご法度だったね。
おかげで噂のケーキが食べられるんだから、あたしゃそれで構わないよ」
「じゃ、食べましょう。
いただきまーす」
「いただきまーす」
ドンが、私に声を合わせる。
「はむはむ、こりゃうまいねえ。
クリームの肌理が細かい。
一体、どうやって作ってんのかねえ」
「ああ、簡単な作り方なら、私も知っていますよ」
「えっ!
そりゃ、ツブテちゃん、ぜひ教えておくれ」
突然、ドアがバーンと開く。
「私を放置して、みんなでケーキ食べてる!」
目を三角にしたマイヤーンが入ってきた。
ささっとドンの横に座る。
「ドン様、あーん」
座るなり、いきなりあーんするとは、まことに残念なヤツだ。
ポチ(カニ)たち『『『あんたが言うな!』』』
「お姉ちゃん、あーんってなに?」
ドンは、顔に「?」マークを浮かべている。
「ああ、あーんていうのはね。
こうやって開けた口に、ケーキを入れることだよ」
「じゃ、お姉ちゃん、あーん」
「あーん、もぐもぐ、おいしいね。
ありがとう、ドン」
「おかみさんも、あーん」
「おや、私にもくれるのかい。
ドンさんにこんなことされたら、若返っちゃうねえ。
あーん、もぐもぐ。
ああ、美味しいケーキが、よけいに美味しいよ」
「ドン様、私にもあーん」
「もうケーキが無くなっちゃった」
マイヤーンが口を開けたまま、涙を流している。
不細工、その顔、チョー不細工!
ポチ(カニ)たち『『『この人、マジ鬼畜だっ!』』』
◇
マイヤーンは、おかみさんが万一に備えて一つだけ空けておいた部屋に入ることになった。
彼女はドンと同室を主張したのだが、なぜかタイミング悪く再び私のラリアットが決まったのだ。
一日に二度もそんな不幸に見舞われるとは、残念なヤツだ。
ポチ(カニ)たち『『『わざとやったよね!』』』




