第29話 残念美少女、皇太子に会う
私は王都にあるタリランさんの所へ向かった。
前回と違うのは、セバスチンが乗った馬が引くのが客車ではなく荷馬車だったことだ。
。
セバスチンは、ドンが同行すると分かるといい顔をしなかったが、私がへそを曲げるのを恐れたのか、結局それを許した。
「お姉ちゃん、これから行くところには、ケーキがあるの?」
「あるわよー。
とっても美味しいんだから、期待してね」
私の脳裏には、以前タリランさんの屋敷で食べたデザートの数々が思い浮かんでいた。
◇
「着きました」
セバスチンの声で荷台から降りる。
目の前には、古色蒼然とした石造りの平屋がある。
周囲に空いたスペースはあるが、それは庭と言うより、放置された畑のように見えた。
槍を持つ、いかつい兵士が二人、入り口に立っている。
「あれ?
お屋敷ではないんですね?」
「はい、主様は事情があってこちらから出られません」
そんな事情なんてあるのかしら?
家の中に案内され、そこが普通の住居ではないと気づいた。壁や床は石材を削りだした痕がそのまま残っており、ごつごつしている。これでは、家というより、牢屋に近い。
その印象は、部屋に入るとさらにはっきりした。
窓に太い鉄格子がはまっているのだ。
古びた木製のテーブルと木の丸椅子があるだけの部屋は、まるで尋問室を思わせた。
私と向かい合って座ったドンが、周囲を見回している。
「なんか、懐かしい感じがする」
ドンはこういう感じの場所で育てられたのかもしれないわね。
「ドン、ごめんね。
もしかすると、ケーキは食べられないかもしれないわ」
「えーっ、そうなのー?」
「でも、まかせておいて。
ここで食べられなくても、街で食べましょう」
「わーい!」
恐いほど眉目秀麗な長身の男性が、子供のような言葉を話すのだから、誰か見ていたら何かのプレイに見えるかもしれないわね。
◇
しばらくしてセバスチンに案内された私たちは、別の一室に通された。
そこは先ほどの部屋よりは少し広かったが、やはり殺風景で窓には鉄格子があった。
粗末な木の椅子に座っているのはタリランさんだったが、以前会ったとき壮年に見えたその風貌は、まるで老人のようだった。
目の下の隈や、疲れた表情、痩せてたるんだ艶のない皮膚が、そう思わせているのかもしれない。
「あ、ああ、ツブテ殿か……」
声も弱々しく、今にも消えいりそうだった。
「こんにちは、タリランさん。
一体、何があったんです?」
「ああ、そうだな。
何から話すかな……」
彼は私たちを座らせるのも忘れ、頭を抱えている。
セバスチンが、私たち二人を木製のベンチに座らせた。
「先日会ったときには身分を告げなかったが、ワシはこの国の皇太子じゃ」
「えっ!?
王子様?」
えらく老けた王子様ね。
「我が父キンベラ王は、ワシの息子エリュシアスを新国王に指名してな。
ワシは、こうして用無しになったというわけだ」
「それにしても、この建物はどうしたんです?」
「まあ、なかば幽閉されておるのじゃ」
なるほど、そういうことね。
「でも、王様になったのは、息子さんでしょ?
どうしてそんなことに?」
「ふう。
これを話すのは恥ずかしい限りじゃが、ワシは息子を甘やかせすぎた。
それがヤツを王としてふさわしくないものにしてしもうた」
「それなら、なんで息子さんは王様になれたんです?」
「父上は、ヤツを溺愛しておってな。
その上、ヤツがそれを利用して取りいったのじゃ。
若いころ賢王と呼ばれた父上も年には勝てず、正常な判断ができぬようになっておる」
なるほどねえ。じじ馬鹿というやつか。
「ヤツは、言わば”怪物”じゃ。
この国は、血塗られた歴史を築くことになるじゃろう」
話は分かったけど、なんで私が呼ばれるんだろう?
「私が呼ばれたのは、なぜですか?」
「そうじゃのう。
奇跡にすがりたくなったというところかの。
お主、先だって、未踏破のダンジョンをクリヤしたじゃろう」
ドンがいた魔宮の方は、ギルマスが秘密にしているはずだから、ゴリラちゃんがいた方のダンジョンね。
「ええ、まあ、しましたけど」
「お主は黒髪の勇者ではないが、もしかすると偉大な力の持ち主かもしれん。
それなら、力になってもらえぬかと思うてな」
「えーっと、私一人で怪物国王を真人間にしろとでも?」
「はははは、無理じゃろう、無理じゃろうて。
けれど、何かにすがらずにはおられなんだのじゃ」
タリランさんの笑いは虚ろで、私は少しゾッとした。
その後、彼ががっくり首を前に落とし、黙りこんでしまったので、私はドンを連れ部屋を出た。
◇
最初に案内された部屋に戻ると、テーブルの上にお茶が用意されていた。
何か得体の知れないモノが、お皿の上に載っている。
「セバスチンさん、これは何?」
「わ、私めが焼いたケーキでございます。
なにぶん初めてのことゆえ、できの方は……」
「お姉ちゃん、これ、ケーキじゃないよ」
まあねえ、ドンが知っているケーキはお花が載っていたり、綺麗な模様が描いてあったりするものだけだからね。
「セバスチンさんが、せっかく作ってくれたんだから、食べましょう」
「うーん、美味しいかなあ」
ケーキはその形に似合わず、優しい味がした。
「これ、美味しいね」
ドンの言葉に、セバスチンが涙ぐんでいる。
「セバスチンさん、タリランさんは、どうして私が奇跡を起こせるみたいなことを考えてるの?」
「……そういえば、ツブテ様は、迷い人でしたな。
この世界には、国が危機に陥ると、勇者が現れ助けてくれるという伝説がありましてな」
えーっ!
それって迷信みたいなもんじゃん。
こっちは、いい迷惑だよ。
「中でも黒髪の勇者は別格で、過去にも実際にそういう例があるのですよ」
えっ、そうなの?
「それでも、私は勇者じゃないし」
残念職だよ、残念職。
「それでも……すがらずにおれなかった、主の心中をお察しください」
まあ、カワイソウ。
カワイソウではあるけどねえ。
これ、どうしろっていうのよ。
「あ、そうだ。
痩身エステ十回分は?」
セバスチンは、震える手で懐からペンダントを取りだした。
大きな赤い宝石がついている。
「こ、これをどうぞ」
「これ何?」
「主が、お母上、皇太后様より頂いた宝石です。
どうかこれをお金に代え、その代金に充ててくだされ」
「あっそう。
あんがと」
私は宝石をさっとマジックバッグにしまった。
ポチ(カニ)たち『『『き、鬼畜だっ!』』』
いや、ここは遠慮なくもらってあげるのが、筋ってもんなのよ。
「じゃ、もう私に用はないわね?」
セバスチンは、黙って深く頭を下げている。
「ドン、ケーキ食べに行こう」
「わーい!」
私たちは、タリランさんが幽閉されている建物を後にした。




