第2話 残念美少女、戸惑う。
周囲は、水に覆われていて、その所々から木が顔を出している。
明らかに、汲み取り便所の中ではない。
だいたい、臭くない。
それが、私が感じていた違和感の正体だった。
「来ましたっ!」
若い男性の声は、再び危険を知らせていた。
木々の間から、背びれが近づいてくる。
それほど大きなものではないが、人懐っこい魚ではないだろう。
近くまで来た背びれが、宙に舞う。
水中から出てきたのは、ピラニアによく似た魚だった。
大きさは、両手を広げたくらいあった。
歯をカチカチ鳴らしながら、襲い掛かる魚に、私は冷静に対処した。
右手を握ると、飛びかかる魚にタイミングを合わせ、身体を捻る。
ゴンっ
そんな音がして、私の拳が魚の左目と鼻の間を強打する。
バシャン
動かなくなった魚が、私の側で水に浮いた。
声がしていた方を振り向くと、小舟に乗った若い男が口を開けたまま固まっている。
私は、平泳ぎで船に近づくと、舷側に手を掛け、身体を持ち上げようとした。
小舟は、それだけでぐらぐら揺れた。
「ま、待ってください。
あ、ダ、ダメですっ」
ザパン
小舟は見事にひっくり返った。
◇
水面から突きでている木を利用し、なんとか小舟を起こした私とその男は、さんざん苦労した上、やっとそれに乗りこんだ。
「し、死ぬかと思いましたよ」
「死ねばよかったのに」
「えっ?」
外国人ぽい若い男性は、私の言葉が聞こえなかったのか、頭の片側を叩き、耳に入った水を出そうとしている。
「ところで、ここ、どこ?」
「えと、ここと言うのは?」
「この池とか、この場所とか、この国とか全部よ」
「えー、どういうことか、よく分かりませんが、ここは青沼という場所です。
キンベラという国の北東部に当たります」
「キンピラ?」
「キンベラです」
「他にどんな国があるの?」
「ええと、南東にアリスト、サザール湖を越えて南にマスケドニアですね」
どうしよう。
全然知らない国名ばかりだわ。
しかも、外国っぽい名前だし。
あ、そうだ。
「あんたのせいで、さっき目を開けちゃったじゃない」
「でも、そうしないと、グワッシュに……」
「それはそれ、これはこれよ。
よくも、目を開けさせてくれたわね」
私の右手がブロンドの頭髪ごしに彼の頭を鷲掴みにする。
「思い知れ、これがホントのグワッシだっ!」
「い、いたたたたた、痛い、痛い、ひーっ!」
男が涙と鼻水、よだれを流している。
「まあ、今日の所はここまでにしといてやる」
「……」
若い男は、ぐったりと舟底に横たわった。
「濡れた体を乾かすわよ。
岸に向かって漕ぎなさい」
「ハァハァ、少し休ませて……」
「もう一度、グワッシしてもらいたいの?」
「ひ、ひいい、漕ぎます、漕がせていただきます」
男は、私から体を遠ざけるような位置に座ると、二本のオールを出して漕ぎだした。
「トロトロすんなよっ!」
「ひ、ひいいい」
◇
それほどかからずに、小舟は岸に着いた。
「も、もうだめ、死ぬ……」
若者は、舟からよろめき出ると草むらに横になった。
「死ぬだ?
本当に、ここで死ぬか?」
四本貫き手を、突きおろし、彼の目の前でとめる。
「。。。」
あ、ちょっとやり過ぎちゃった。
気絶してるわね。
私は、ぐったり倒れている彼の上半身を起こすと、背後から活を入れる。
「……はっ!
こ、ここは?
び、美少女に殺されかける夢を見ました」
「そうか、ひどい夢を見たな。
とにかく人が住んでる所まで連れていけ」
「えーっ?
でも、まずは、この舟を船着き場に持っていかないと」
「ここで死ぬのと、後で舟を取りに来るのとどっちを選ぶ?」
「も、もしかして……」
若者は、ブルブル震えだした。
どうやら、殺されかけたのが夢ではなかったと気づいたらしい。
「とっとと歩け!」
私にお尻を蹴られた彼は、肩を落として歩きはじめた。
「ボ、ボク、冒険者に向いてないかも……」
グワッシュ青年、可哀そうすぎる。
次回、金曜日更新予定です。