第20話 残念〇少女、鑑定をたのむ
トリーシュさんから鑑定スキルを持つ人を紹介された私は、街から歩いて二日ほどの距離にある、山間の村に来ている。
相手と話すのに、多言語理解の指輪が必要だから用意してきた。
魔道具屋で買ったのだが、なんと金貨二枚、日本円にして二百万円もした。
幸い、今まで溜めていたお金に、ダンジョンで取った魔石を売ったお金を合わせて何とか予算内に収まった。
しかし、その買い物で、手持ちのお金が金貨一枚と銀貨十枚ほどになってしまった。
これで鑑定代に足りるだろうか?
宿泊費も掛るわけだから、お金は節約しないといけないわね。
トリーシュさんに書いてもらった地図だと、この辺りだと思うけど。
私は、左手にある美しい湖を眺めながら、木立の中を縫う道を歩いていった。
◇
「こんにちわー。
誰かいませんか?」
私が訪ねたのは、大きなログハウスだった。
湖のほとりに立つそれからは、湖とそれを取りまく森が見える。
空に浮かぶ白い雲が水面に映り、飛びたつ水鳥が引く波紋が美しい模様を描いていた。
「どこのだれじゃ、うるさいやつよ」
彫刻で飾られた美しい扉がわずかだけ開くと、声と全くイメージが違う女性が顔を出した。
緑の髪を後ろで束ねた少女は、中学生くらいの年齢に見えた。大きな目、碧の瞳、小ぶりな鼻と口、細っそりした手足、可愛らしさを絵にかいたような姿だ。
それは、妹が欲しかった私のお姉ちゃん心をくすぐった。
そして、彼女の耳は長く、美しい髪から突きだしていた。
これって、エルフ?
あのエルフじゃね?
「あの、お父様はいる?」
「お父様じゃと?」
「ええ、そうよ。
鑑定家のマイヤーンさんに会いたいの」
「マイヤーンは、私じゃが」
「えっ!?
お父さんの名前もマイヤーン?」
「いや、違うぞ。
私が、鑑定を生業にするマイヤーンじゃ」
「ええっ!
妹エルフが鑑定家!?」
「私には姉などおらぬが……」
「とにかく、私を鑑定して欲しいのよ、我が妹っ!」
「わ、私はお前の妹ではないぞっ」
「そんな小さなことは気にしなくていいのよ、マイシスター」
「じゃから、妹じゃないと言うておるじゃろっ!」
「ぐふふふっ、怒った顔もかわゆいのう」
「き、気持ち悪いやつじゃ!
今日の所は、帰ってくれ!」
「遠くから来た姉になんていう仕打ち!
いいのかな、そんなことして」
「な、なんじゃと」
「村の人たちに言っちゃおうかな。
私は残虐非道な妹に、いたぶられ続けた哀れな姉だって」
「い、いたぶられっ!?」
「では、さようなら。
さあ、どんな風にいたぶられたって言いふらそうかしら」
「待て、待ってくれ!
しょうがない。
話だけは、聞いてやろう」
こうして、私は、いもう……いや、鑑定家マイヤーンの家に招きいれられた。
ポチ(カニ)たち『招かれてないから!』
◇
ロッジの中は、外見からは想像つかないほど、美しい装飾がなされていた。
しかも、それが派手ではない。
木材が彫刻で飾られた部屋には、品がいい置物や絵画、壺の類が並べられていた。
「まあ、素敵なお部屋ね!
お姉ちゃん、嬉しいわ」
「誰が、お姉ちゃん!?」
マイヤーンは、湖を眺められるよう置かれたソファーに私を座らせると、アイランド型のキッチンに立った。
「エプロン!
妹エプロン、キタコレーっ!」
「なっ、なんなのこの人っ!?」
時々、ビクビクと震えながらこちらを優しい目で見てくる妹はとても可愛かった。
ポチ(カニ)たち『『『優しい目じゃなくて、怯えた目だから!』』』
やがて、テーブルの上にお茶とケーキが二つずつ置かれた。
私は電光石火の早業で、ゴリラバッグから布を取りだし、ケーキを隠した。
「なんで、そんなことを?
というか、私も食べられないんですけど?」
妹が抗議しているが、私は聞きいれない。
この姉は、妹を甘やかさないのだ。
「禁断の食べ物は、こうせぬと呪いが降りかかるのだ」
理由をつけてケーキは封印と。
お茶は、独特の香りと風味があり、なぜか懐かしい感じがした。そして素晴らしく美味しい。
「美味しいわねー、これ」
「私の故郷、エルファリアという世界のお茶よ」
「エルファリア?」
「ええ、エルフが住む世界ね」
妹エルフたちが住む世界!
「ぐふふふっ、いつか行ってみたいわね~、じゅるり」
「頼むからやめてくれ。
種族ごと滅びそうだ。
それより、何を鑑定したいのじゃ」
おおっ、妹エルフの「のじゃ」来たーっ!
ポチ(カニ)たち『『『やっぱり、この人、残念!』』』
◇
「鑑定して欲しいのは、ダンジョンで手に入れたお宝と私のスキルだよ」
「……お宝は分かるが、なんでスキルを鑑定する必要がある?
市販のスキルブックを買えば、その辺は分かるじゃろうに」
「私のスキルは、スキルブックに載ってなかったの」
「ほう!
レア職か?
じゃが、最新のスキルブックには、聖女や勇者のスキルも簡単ながら載っておるぞ」
「私の職業は、魔闘士なの」
「マトウシ?
聞いた事ないのう」
「記憶の引きだしを全て探してごらん。
きっと小さなかけらが見つかるわ」
「……見つからんのう」
「ぐっ、しょうがないわね……『残念職』よ」
「おお、それなら知っておるぞ」
「さ、さいですか」
「なるほどのう。
確かに残念職なら、スキルの事は分からんじゃろう。
だが、確かレベル1のスキルは身体強化だけのはずじゃが?」
「それはそうなんだけど……体が光ったのよ」
「体が光る?」
「ダンジョンで、プチっとしたら体が光ったの」
「プチっが何か分からんが、確かに高位の術者はレベルアップ時に体が光ることがあるのう」
「だから、私の魔闘士スキルがレベルアップしているかどうか、そして、レベルアップしているなら、どんなスキルが手に入ったか知りたいの」
「ふむ、なるほどのお。
しかし、私の鑑定料は高いぞ。
それが払えるのか?」
「い、いくら?」
「そうじゃなあ、『残念職』はレア職じゃから、手が込んだ鑑定が必要じゃ。
金貨三枚も、もらおうか」
「さ、三百万円っ!」
「なんじゃ、それは?
で、どうじゃ、払えるのか?」
「金貨一枚しかありませんっ!」
「そんなことで胸を張られても困るのじゃ。
では、今回は、お引きとり願おう」
「マイヤーン、我が妹よ。
お姉ちゃん、何でもするから」
「しかし、金が足りんのではな」
「お姉ちゃん、何でもする。
薪割でも、水くみでも、薪割でも、水くみでも、薪割でも、水くみ……」
「ええーい、鬱陶しいわ!
それに、できることは薪割と水くみだけのようじゃな」
「りょ、料理もできるもん!」
「何ができるんじゃ?」
「黒焦げ肉とか、黒焦げ魚とか、黒焦げ野菜とか……」
「食えるかッ!」
「それに季節の新鮮な愛情を添えて」
「添えても食べられないからっ!
ていうか、季節の愛情って何?」
「妹に対する姉の愛、ぐふふふ」
「こ、怖い!」
「分かってくれたの?
お姉ちゃん、妹のあなたを怖いくらいに愛してるの」
「……だめじゃ、こやつ、すでに終わっておるわ」
「足りない分を返せるまで、毎日愛を注ぐわ」
「ぞくぅ~っ、鳥肌ががが。
もうよい、鑑定はするから、それが終わったら、すぐに帰ってくれ」
「でも、お金が足りないよ。
その分、愛情で補わないと、ぐふふ」
「いや、もういい。
金貨一枚でいいからっ」
作者「ちょと気になるのだが、このエルフ実は……」
カニ『残念!』




