海中戦
翌日、地方紙の片隅に昨日の港での事が掲載されていた。
死傷者はゼロであり、密輸された機体十一機と盗難された機体一機が回収され、それらに乗っていた十人が取り調べを受けているとの事である。
弾き飛ばされたハンマーや、僅かに散乱したであろうヤマカガシやレティキュレートのパーツについては特に何も書かれていなかった。
ハンマーは海の底に沈んだまま今のところ見つかっておらず、二機の謎の機体のパーツについては残骸があまりにも少ないため調査のしようがないのだろう。
新聞を流し読みして、朝食を食べていると丁度登校の時間に差し掛かったため、ハルトは残りの支度を手早く済ませて学校へと向かって行った。
ハルトは教室に入って自分の席に座り、暫く机に突っ伏したまま周りの会話を聞いていたが、港での戦闘については特に噂になってはいなかった。
「朝からお疲れみたいだな、テスト勉強でもしていたのか?」
ナカワタセが話しかけてくる。
「そういえばもうすぐだったな、ぼちぼち取り組み始めないといけないな」
身体を起こしながらハルトは答えた。
「取り組み始めないとなって事はまだ始めてなかったのか。じゃあ、なんで朝っぱらからそんなに疲れてんだ?」
ハルトは仲間に嘘をつくのが苦手だったので少し回答に困ったが、
「ちょっと今、下宿先の家の手伝いをしていてな。それが昨日は結構重労働だったんだよ」
と嘘ではないが、かなりぼかして言った。
「そうか、確か金属加工の工場って言ってたな。あんまり、重労働ってイメージは俺にはなかったんだが大変なんだな」
ハルトとナカワタセの話は滞りなく進んだが、ハルトはなんとなく違和感を感じた。
いつもならシライシ・ユウリがそろそろ会話に割り込んでくる頃合いであるが、朝のホームルーム開始直前であるにもかかわらず彼女はまだ来ていないらしかった。
「そういえば今日はシライシはまだ来ていないんだな」
ハルトはナカワタセにそれとなく尋ねてみると、
「ん? ああ、そういえばいつもならそろそろ会話に混ざってきてもおかしくない時間帯だな」
と、彼もあまり知らないようだった。
その後、ホームルームで彼女はこの日風邪で休むという事が知らされた。
その日の授業は、化学、数学、英語と何故か小テストが多く、今のところ対策らしい対策はしていないハルトはかなり苦戦した。さらに、小テストの採点は隣の席の生徒との交換採点であり、その点数はことごとく負けている。幸い、答案を交換したのは彼と仲がいいナカワタセとは逆隣の席の生徒だったので、仲間に醜態を晒す事は避けられたが、それでも自身の学力の低下に若干焦り始め、帰ってからは勉強しようと心に決めた。
帰り道、ナカワタセは
「最近やたらと暑くなったな」
とか、
「昨日一人で急いで帰っていたみたいだが、あれも家の手伝いか?」
などと毒にも薬にもならないような話をハルトにしていた。
頑なに授業や小テストのことに触れないところをみると、彼もあまり結果が芳しくなかったのだろう。ハルトは傷の舐め合いができるのではないかと思い、
「そういえば、お前今日の小テストはどうだったんだ? 俺は少し悪いくらいだったんだが」
と、尋ねてみた。
「それなんだが、次の土日に雨が降ってなかったら何人か集めて勉強会でもやらんか?」
「そうだな。まぁ、俺たちが集まったら最初の一時間くらいは勉強するだろうが途中からゲームを始める可能性があるがね」
「否定したいが、何とも言えんな…」
そうこう話をしているうちに二人は駅に到着した。
その後も二人は電車の中で共通の趣味の話をしていたが、ナカワタセは途中で降りたので、ハルトはその後自分の降車駅まで本を読んで時間を潰した。
「修理…どこまで終わったかな…」
電車を降りたハルトは一言そう呟くと、帰路についた。
ハルトは家へと戻った後、テスト勉強の事を忘れていた訳ではなかったが、すぐに工場へと向かった。
工場に到着するとそこには何故かリンガルスⅡが置かれていた。
「まさか、昨日グリーンパイソンを盗んだ連中から修理の依頼っすか?」
ハルトは冗談混じりに工場の中にいたショウゾウに尋ねてみた。
彼は今、ヤマカガシの修復作業をしている。
「そんなわけねぇだろ、知り合いから借りてきたんだよ。ハンマーを回収しようと思ってな。本当は俺が行こうかと思っていたんだがお前が乗りたがるかもしれないと思ってとりあえず待っていた。どうする? 乗るか?」
ハルトはテスト勉強の事が頭の片隅に引っかかっていたが、急激に目の前にある絡繰人形に乗ってみたくなった。
ヤマカガシは現在修理中であり、グリーンパイソンは返却されるまでもう少し時間がかかるはずなので、この機会を逃したらしばらくの間、絡繰人形に乗れなくなる。そのことに比べたら一日テスト勉強を放棄する事など現在のハルトにとっては容易い事だった。
「この時期は後二時間くらいは明るいはずです。暗くなる前に早く行きましょう」
そう言うと、ハルトはリンガルスⅡに乗り込み、機体をトレーラーの荷台へと移動させた。
「随分と乗り気になったもんだ」
ショウゾウはそう呟くと、ヤマカガシを格納庫へと戻し、工場に鍵をかけると、トレーラーに乗り込んだ。
その後、二人は昨日戦った港とは対岸の港へと向かって行った。
港に到着するとハルトは早速リンガルスⅡを海中へと潜行させた。
彼は水中での絡繰人形の操作はこれが始めてだったが、リンガルスⅡの水中での操作方法はスクリューの調節と舵取りの二つがほぼ全てだったので、色々細かな操作が必要な地上よりもむしろ上手く動かせている。ただ、海水の透明度や巻き上げられる砂によって視界が左右されるという感覚には、少し馴染めないでいた。
「かなり速度を落としているのにどうしても砂が巻き上がる。こんな視界でハンマーを探せるだろうか…」
弱音を吐きつつもハルトはハンマーを探し始めた。
すると突然、
「探しているものはこいつか?」
と言う声が、コックピット内のスピーカーから声が聞こえてきた。
驚いて周囲の様子を見渡すと、ヤマカガシ用のハンマーを持ったリンガルスⅡが一機ハルトのリンガルスⅡの方を向いていた。
直後、ショウゾウから
「そいつはおそらく自警団だ、俺たちがハンマーを回収する事を見越して張り込んでいたのかもしれん。とにかく、水中での経験はたぶん相手の方が上だからお前は一旦退け。合流する座標をそっちに送ったから後でそこで落ち合うぞ」
という通信が入った。
しかし、相手の方が経験が上なのであれば逃げることもそう容易くはないだろう。逃げるためには、どうにか隙を作る必要がある。
そこで、ハルトのリンガルスⅡは海底の砂を蹴り上げて煙幕を張ると、そのままスクリューを回して相手がいた方向へと進行し、思いっきり殴りかかった。
相手が倒れた後に再び煙幕を張り、その隙をついて逃げる作戦である。
が、巻き上がる砂の中で相手は冷静に防御の体勢を取っていた。当然、ハルトのリンガルスⅡの攻撃は有効打にはならない。
それどころか相手が持つハンマーの射程に入ってしまったため、状況はより悪化した。
(リスクは覚悟の上だったが、それにしてもいささか近づき過ぎたな)
そう思った途端、相手のリンガルスⅡはハンマーを振りかぶった。構え方から見るに脚部を薙ぎ払うつもりらしい。
軌道が分かれば先日の戦いで少しだけ戦闘に慣れたハルトには、なんとか回避可能である。ハルトのリンガルスⅡは海水槽の水を排出しつつ、海底を蹴って飛び上がった。ハンマーは彼の機体の足元で盛大に空振る。
ハルトの機体はそのまま相手のリンガルスⅡの腕目掛けて回し蹴りを放った。
その衝撃で相手のリンガルスⅡは少しバランスを崩し、ハンマーも手元から落ちてゆっくりと海底へと落下し始める。
落下しきる前にハルトのリンガルスⅡはハンマーを掴み取り、そのまま海底目掛けてそれを振り下ろして砂を巻き上げる。
(逃げるなら今しかないな)
そう判断すると、ハルトは沖に向かって全速力で機体を進めた。
その後、ショウゾウが指定した座標である普段から人気の少ない海岸へと到着し、上陸した。
帰り道ショウゾウから、
「お前かなり腕が上がったみたいだな」
とハルトに通信が入った。
ハンマーを回収した上で逃げ果せて来るというなかなかの成果を挙げたが、考えてみればハルトは水中戦はこれが始めてであり、先程の相手は挙動を見る限り決して下手なパイロットではない。
(上手くなってきているんだろうか)
嬉しくない訳ではなかったが、その腕の上がった彼をあしらった昨日相手にした三人やレティキュレートのパイロットがいかに腕が良いか改めて理解した気がしたので何とも言えない気持ちだった。




