ヤマカガシ
日曜日にはヤマカガシの偽装は完了おり、いつでも使える状態になっていた。
ハルトが試しに乗ってみるとやはり振動もなく、駆動音もしない。しかし、悩みの種が消えたわけではなく、
「駆動音が小さすぎて怪しまれないっすかね、これ?」
と、昨日とは違い性能の高さ故の不安を口にした。
「他に六機いるんだろ、そいつらの駆動音が隠れ蓑になるからバレねぇだろう」
「でも駆動音以外にも動きが滑らかだったり、機動力やパワーが他の参加者の機体よりも目算数倍高いっすよ、この機体」
「しょうがねぇな、今回は俺がトレーラーで待機しておくから何かあったら通信してくれ。基本的には主催者の指示で動いて貰えればいいが、どうしていいかわからなくなったりしたらこっちから指示を飛ばす」
打ち合わせが終わるとハルトはヤマカガシを荷台へと移動させ、そのままコクピット内で待機し、ショウゾウはトレーラーの運転席へと乗り込み、埋蔵金の採掘場へと向かった。
移動中、
「そういえば昨日はどこまで採掘しおわったんだ?」
と、ショウゾウがハルトに通信してきた。
「大して進んでないっすよ、採掘に適した形に改造されていた機体は見た感じ二機だけで、後の機体はハンマーみたいな埋蔵金を掘る気概が感じられない装備を持ってきていたんでね」
少し皮肉を込めて言うと、
「まぁ、そう言うなって。俺の今回の目的はハンマーの強度や使い心地、威力なんかの調査が本筋だし、お前は悪路での操縦に慣れる事を目的にしているんだろ? だったら、埋蔵金なんてどっちにしろ二の次だろう」
と返された。ハルトはまさか自分の心境をショウゾウが察しているとは思わなかったので少し驚いたが、よくよく考えてみれば自分も洞察力には少し自信があったため、叔父が同じでも不思議ではないだろうと納得した。
しかし、この一件でショウゾウがそれなりに油断できない人物であると認識したため、ハルトはそれ以降少し寡黙になり、埋蔵金が埋まっている山の麓に到着するまでは必要最低限の話しかしなくなっていた。
山麓に到着するなり昨日ハルトを気にかけてくれた参加者が、
「あんた、今日は大丈夫なのか?」
とハルトに通信してきた。
「ああ、一日経ってだいぶ体調が戻った。昨日はありがとな」
低い声をつくりつつハルトは答える。
「酔いに関しては一朝一夕で慣れるようなものじゃないだろうから、今日も無理すんなよ」
「気をつけるさ」
そうは言ったもののこの日は昨日とは気をつける対象が異なり、体調に気を配るよりも、むしろ目立たないように気をつけなければならない。無免許の状態で違法な機体に乗っている事がバレて通報されでもしたら、機体は没収となる上に前科がつくという事をハルトは既に知っている。さらに、ここに集まっている参加者は絡繰人形を好きで所持している者も多いとの事なので、場合によってはヤマカガシの性能に惹かれて奪取を企てる可能性も低確率ではあるが考えられた。
その後、参加者が続々集まってきて、予定時刻の三十分前には全員集合していたので、主催者は予定を前倒しして採掘現場へと進む事にした。その際、早速ハルトにとって不都合な事態が発生した。主催者が、
「昨日はタナカさんが先頭でしたので、今日はマツシマさんが先頭でお願いします」
と言い出したのである。
主催者は絡繰人形を持っていないので、参加者の機体のマニュピレーターの上に乗って移動する事になっている。ヤマカガシの駆動音は他の機体よりも遥かに小さく、揺れも少ないので主催者としては昨日よりもストレスを感じずに移動できるだろう。しかし、彼をマニュピレーターに乗せてしまっては、その揺れの少なさと音の小ささを実際に体験させる事になってしまい、自然、違法な機体だとバレる確率も跳ね上がる危険性がある。
(困った、どうするべきか…)
少し悩んだ末、ハルトはハッチを開け、
「山道は慣れておりませんので別の方に頼んだ方がよろしいですぞ」
と、主催者に呼びかけた。ヤマカガシの外部スピーカーは故障していないが、昨日壊れていた物が今日は直っているというのもおかしな話なので肉声で呼びかけざるを得ない。
肉声での大声はトーンの調整が難しいため、ハルトは言った後不自然ではなかったかと少し心配になったが、
「そうですか、では他の人に任せるとしましょう」
と、主催者は言った。
しかし、その直後
「昨日で、ある程度木々が踏み分けられているはずなので誰でも大丈夫だと思いますよ」
という声がした。
声の発信源は昨日ハルトを気にかけてくれた参加者の機体からである。
直後、その機体から
「人を乗せるとなるとどうしても動きを慎重にしなければならないから、いい練習になると思うぞ」
という通信が入った。
(なんてことを言いやがる…)
ハルトはそう思ったが、おそらく親切心からの発言であるため却下する訳にも、怒る訳にもいかず黙り込むしかない。
黙り込んでいると主催者は、
「そういう事でしたら問題無いですね、改めてマツシマさんよろしくお願いします」
と言った。
(これはもうバレない事を祈るしかねぇな…)
まだ、採掘は何も始まっていなかったがハルトは既に顔に疲れが見え始めていた。
採掘現場まで行くにあたって、ハルトはできるだけヤマカガシの進行速度を落とした。こうでもしなければ、高い機動力が仇となって後続を遥か彼方に置いてきてしまう可能性があるという事もあったが、ゆっくり進む事で他の参加者の機体の駆動音を小さくするという狙いもあった。他の機体の駆動音が小さくなれば、ヤマカガシとの静粛性の差が僅かながら縮むため、その分機体性能の差が主催者にバレにくくなるだろうという考えである。
しかし、それでもヤマカガシの静粛性は群を抜いていたようで、道中、
「マツシマさんの絡繰人形は凄く乗り心地がいいですね。揺れも少なく、音もかなり小さい」
と、主催者が話しかけてきた。
このマニュピレーターに乗っている男は幸い絡繰人形についての知識は乏しいが、昨日はタナカという参加者の機体のマニュピレーターに乗っており、それとヤマカガシの比較くらいはできるのだろう。そのため、あまり下手な事は言えない。
(こちらのスピーカーが壊れている事を知っているだろうに気の利かない男だ…)
とも思ったが、話しかけられた以上何かしらの返事が必要となるだろう。
壊れた振りをしている真っ最中の外部スピーカーは使わない方が無難であるため、ハルトはハッチを開けると、
「昨日初めて来た時はまだ道らしい道はできていませんでしたが、今日はある程度草木が選り分けられていますからな。おそらくそれが進みやすさの一因になっておるのでしょう」
と、肉声で主催者の問いに答えた。一見問いに答えているように聞こえるが、機体の事には一切触れずに先ほどのお節介男の発言を流用したというだけ、というなかなかの返しである。
その後、返事に満足したのか、マツシマ機の外部スピーカーが壊れている事を思い出したのかは定かではないが、
「なるほど」
と言ったっきり現場に到着するまで、主催者はハルトに話かけてくる事はなかった。
昨日と同じく、ハルト以外の参加者は現場に到着するなり早速作業を始めた。
ハルトも、主催者を少し離れた場所に降ろし他の参加者と合流すると、彼等に混じって発掘を開始した。
彼はヤマカガシを操作してハンマーを振り下ろす。
すると、昨日は七機がかりで何も成果が得られなかったのに、一撃目からピシッという音が岩肌から聞こえた。
この音は他の参加者にも聞こえていたらしく、
「案外もうすぐなのかもな」
「今日は早く終わりそうだ」
という声が周りから聞こえ始める。
しかし、ハルトは現在外部スピーカーが使えない状況なので、会話には混じらずもう一撃振り下ろした。
ただ、その二撃目はハルトにとっては良くない結果をもたらす事になった。
二撃目に繰り出されたハンマーは一撃目で弱った岩肌を粉々に砕き、その下に隠れていた石室を破壊し、中に納められていた櫃を叩き潰してしまったのである。
潰された櫃からは金色の物体が一部飛び出したため、埋蔵金が実際に埋まっていた事は証明されたが、今の一撃で小判や大判からは模様の一切が消えてしまったらしく、確認しに行った主催者ががっくりと腰を落としている。
その事についてはハルトにとってはさほど問題ではない。問題はたった二発で山を一部崩してしまった事にある。
七機がかりで一日費やしても全く微動だにしなかった山がたった一機に崩されてしまったため、流石に他の参加者にはヤマカガシの事がバレ始めたらしく、
「その機体は昨日の機体とは違うな、国内で流通しているグリーンパイソンにそんなパワーはない」
「小判を貰い損ねた腹癒せがしたくてしょうがねぇ気分だ」
と、次々とコックピットのスピーカーに通信が入る。
その参加者からの通信に混ざってトレーラーからショウゾウの通信が入った。
思えば何かあったら通信しろとのことだったが、ハルトはまだこの叔父に連絡していない。今日の行動は全て自身の判断で行ってきており、かつ、ほぼ失敗しているため、この後伝えられるであろう叔父の指令にはどんな事であっても従う決心を固めた。
その叔父からの指令はただ一言、
「逃げろ」
とのことであった。
ハルトは何も考えずに詰め寄ってくる参加者達の機体を押し退けて逃げ出した。
当然、参加者の内三機が追いかけて来るが性能差がありすぎてヤマカガシには追いつく事は出来ない。
麓まで来る頃には完全に振り切っていたので、ハルトはゆっくりとヤマカガシをトレーラーに積み込むとショウゾウとともにその場を後にした。
「何てスピードだ…」
「大した腕もねぇくせにふざけた機体に乗りやがって」
追いかけた三機のパイロットは取り逃がしてしまったため悪態を吐いていたが、山に残った三人の参加者は違う心情を持っていた。
一人はせっかく仲良くなれたのにと悲しみに暮れており、後の二人はヤマカガシの性能を見て少し心が踊っている。
「あれは使えるかもしれないな。是非欲しい」
「いい機体だねぇ」
その二機の中でそれぞれそんな事が呟かれたが、当然ハルトの耳には入っていない。




