深海の竜
レーザーが万全でなかったからか、あるいは元々頑丈に造られていたからか理由は分からないが、リントヴルムは爆散しなかった。ハルトとシライシも大量の冷や汗をかいているうえに、死ぬかと思った事によってやや息を荒くしていたがなんとか無事である。
が、刺突を繰り出そうとしていた関係上、機体は左半身を中心ににかなりのダメージを負ってしまった。
左腕は焼け落ち、頭部は半壊し、剣は物打ち部分が溶けて無くなった上に柄とマニュピレーターが熱で融合している。
ただ、その程度は些細な問題でしかない。
ハルト達が何より気にしたのは肩に搭載されていたレールガンが使い物にならなくなった事と、スラスターユニットになっている羽は片方熱で変形してしまっている事だった。
戦う事を選んだ場合、レールガンが無くなったため牽制が出来ない上に、片側のスラスターが使えるかどうか分からない状態なので、走って敵機に近づいていって溶け残った柄でぶん殴るという戦法にならざるを得ないだろう。当然、そんな戦い方で勝てるわけがない。
逆に逃げることにしても、スラスターが万全ではないため途中で撃ち落とされてしまうかもしれない。
「片腕になった事に加えて武器は全滅、スラスターはボロボロ、極め付けに残りの稼働時間ももうあまり残っていない。これじゃあもうどうしようもないよ」
「通信機能もダメみたいだな、さっきから叔父さんに連絡を入れようとしているんだがどうにも繋がらない。逃げるにしても海を渡らなきゃならないから海岸近くで待っていて貰おうと思ったんだが……」
と、二人の考えはどちらかと言えば逃げる方に傾倒していた。
ハルトもシライシも死に掛けるのはこれが初めてではない。
彼等はそれぞれヤマカガシ、レティック・スパイダーに乗っていた際に相打ちになっており、その際に爆発に巻き込まれそうになったが助かっている。
ハルト至ってはそれに加えてサイドワインダー戦で自爆に巻き込まれているためこれで三度目だ。
しかし、今回ばかりは二人ともどうしても恐怖が先行してしまっている。
頑丈さが売りで、今までダメージにもならない程度の傷しか負ったことのないリントヴルムが一撃で、しかも万全とは言い難い威力のレーザーでここまで破損してしまったことや、もうすぐ予備隊の増援が到着してしまい、その攻撃に巻き込まれかねない等他にも要因はあったが、何よりも二人に継戦を躊躇させていたのはお互いの存在だった。
ハルトもシライシも既にお互いに友達とも恋人とも違う次元の関係であると考えている。
なんと言って良いか分からない関係ではあったが、お互いに大切な存在であることには変わらないので、武装を失ってしまったリントヴルムではどうにも戦う気が起きなかった。
「とにかくスラスターを外して敵機に投げつければ爆炎で目眩し程度にはなるかもしれない。それで相手を怯ませた隙に走って撤退しよう。町中の人達は避難しているはずだから、何とか逃げ切れるはずだ」
ハルトはスラスターユニットをパージするボタンを押した。
が、外れなかった。
それどころか、先程の衝撃で何処かおかしくなったのか誤作動を起こし、レーザーで破損した側のスラスターが点火した。
不調らしく炎は揺らぐように燃えており、色も不完全燃焼に近い。それが、徐々に色を変えていき炎も激しさを増し始める。
その噴射する勢いは次第に強くなっていき、終いにはリントヴルムは転倒してしまった。
片腕で倒れてしまった機体を起こそうとしたところ、腕に何かが当たる。
見ると、ハンドガンを持ったままの警察機の腕があった。
所々に土がついているところを見ると、先程リントヴルムが吹っ飛ばされた際に巻き込まれて転がってきた物らしい。
この二つを見てシライシは
(この機体はまだ私達を守ろうとしているのかもしれない)
と思い、
「これなら撤退できるかもしれないよ。パージせず空を飛んで脱出しよう」
と言ったが、同じものを見ていた彼は彼女とは違う事を考えており、逃げるという発想は頭から吹っ飛んでいた。
機体は何処となく搭乗者に似るところがある。
現在向こうにいるヨルムンゴールドは異常なまでの高火力レーザーを発射する事ができるが、搭乗者のカナヤ・カケルは世界を滅ぼしたいと願っていた。サイドワインダーはひたすら高性能を目指した機体だったが、それに乗っていたコバヤシ・チョコメロディもまた自社を思う心が暴走した結果、最強を目指していた。警察用タイガーキールバックは防御力が売りの機体だが、トヨオカ・コウセイは町の治安を守る事が仕事である。そして、マツナガ・ハルトのヤマカガシはたとえ相手が強くて劣勢になったとしてもリミッター解除を武器にさらに苛烈に向かっていく機体であった。
機体がヤマカガシからリントヴルムに変わりはしたが、作った人間、そして乗っている人間は変わらない。
故に、
「確かにこいつは俺たちを守ったが、逃げるためでもただ単に戦うためでもない。こいつは俺たちと一緒に勝ちたいんだ」
と、自然と口に出た。
この一言でシライシの躊躇いも無くなった。
彼女も深層心理では継戦を望んでいたが、それを相方の存在が抑えていた。
故に、ハルトが戦う気になった今、抑えていた枷が外れたのである。
「分かった。けど、私が操作できる火器はもう無いからあとは格闘で戦うしかないからね。負けないでよ」
「格闘なら任せろ、この機体と俺の領分だ。向こうは異形の機体とは言え絡繰人形である以上何かしらの毒蛇の名が冠されているんだろう。竜が毒蛇なんざに負ける訳がない」
結局、二人は先の選択肢の何方も取らず、戦って勝った上でこの機体で帰るという選択肢を選んだ。
リントヴルムは落ちていたハンドガンを拾い上げる。
トヨオカは各方面へヨルムンゴールドの情報を伝える為に、機体を置いて警察へと向かっているため、ハンドガンの使用許可を得る必要はないだろう。
その後、スラスターを噴かせ、ヨルムンゴールドのいる施設跡へと向かって行った。
リントヴルムが再びヨルムンゴールドの眼前に降り立つと、敵機は既に自己修復と蓄電を一旦中断して戦闘態勢へと入っていた。
カナヤ、タナカ、タジマは森から飛んでくる黒い影を察知していたのである。
ただ、あまりに短時間で復帰されたので、当然の事ながらエネルギーは回復仕切っておらず、自己修復も済んでいない。
この機体はエネルギーの生成力もかなりのもので、回復に徹しさえすれば十五分程で全快し、レーザーやバリア等も最大出力で使用する事ができるのだが、蓄電を始めた直後にリントヴルムは戻ってきているので、現状それらはほぼ使い物にならないだろう。唯一格闘だけはどうにかなりそうだが、相手も格闘に長じた機体なので大した利点にはならない。
(こうなったら、戦いながらエネルギーを蓄えるしかないな……。バリアもレーザーも使わなければ極端な消費は抑えられる筈だ)
カナヤはそう考えたが、正直不安であった。
流石にこの機体でも動きながらエネルギーを蓄えるとなると、冷却が間に合わずオーバーヒートを起こすので、それを行うには発電量もパワーも制限せざるを得ない。
パワーを落としてしまった状態で先程の流れるような連続攻撃にヨルムンゴールドが対応できないかもしれないという考えが頭を擡げてきたのである。
(パワーを一気に使い果たすよりはマシか、エネルギーが底をつけばそれまでだが、僅かにでも残っていれば身の振りようもあるかもしれない)
不安を振り払うべくそう思うようにしたが、それでも眼前のモニターに映る黒い機体は彼に恐怖を植え付けようとしてきた。
所々、熱で溶けた装甲がより一層禍々しさを際立たせており、関節が干渉して出てくるらしい軋み音も竜の唸り声のように聞こえてくる。
その唸り声が突如、咆哮へと変わった。
一足飛びで間合いを詰めたため出た音であったが、ハルトはこのタイミングでリントヴルムのリミッターを外したので先程よりも数倍大きな音だった。
満身創痍の機体とは思えないほどのスピードでヨルムンゴールドに迫るリントヴルム。
それは最早、肉眼で追えるような速さではない。
畢竟、なす術なくぶん殴られた。
殴った自身の腕が少し変形してしまう程の拳打をバリアを展開する暇もなく受けたため今まで受けてきた攻撃とは違い、拳は装甲を貫通してフレームにまで達しており、タジマから
「今ので冷却装置がおかしくなったみたいたぞ、自己修復を済まさない限りレーザーは使わない方がいいかもしれない。まぁ、そもそもまともに使える状態じゃないが」
という報告が挙がる。
(……強いな。もう少し攻撃に意識を割いてもいいかもしれない)
そう考え、カナヤは格闘技を使って反撃をし始めるが、ヨルムンゴールドはリントヴルムよりもやや大きいので、どうしても攻撃が大振りになってしまい当たらない。
殴りかかれば体勢を低くして躱され、ボディに肘打ちを食らい、蹴りを繰り出せば凄まじい反応速度で避けられてしまう。
そのまどろっこしさからか、リントヴルムが蹴りを回避してさがったところを見計らって、ついレールガンを発射してしまった。
弾丸はリントヴルムの胴体を掠め、その装甲を削る。
しかし、同時にハルトも先程拾った警察機の銃を投げつけており、銃身はヨルムンゴールドの頭部に直撃すると同時に暴発しそれを破壊した。
先史時代の遺物を改造した機体だからといって、機体の頭部にセンサー類等を搭載していることは変わらず、搭乗している三人の視界は狭まる。
(好機だな)
そう見たハルトはリントヴルムを敵機へと急速に接近させ、その右腕でこれでもかという程殴った。
ヨルムンゴールドは体勢を立て直して反撃するという事が出来ず、次々と後付けのパーツや、装甲を剥がされていき、ついには骸骨のような意匠のフレームが剥き出しになってしまう。
しかし、その攻撃でリントヴルムの右腕は自身の攻撃の反動でひしゃげ始めてしまっていた。
そうなってしまえばスピードもパワーも充分に拳打に乗せる事が出来ないので、自然、隙ができてしまう。
そこを突かれてカウンターを受け、リントヴルムは右腕をちぎり飛ばされてしまった。
その後、カナヤは自機の状態の確認をするため、ハルトは次の攻撃に勢いを乗せる為に一度距離を取る。
どちらが勝つにせよ後一手で勝負が決まる。
カナヤにもハルトにもそれは分かったが、カナヤは
「リミッターを解除されてからは格闘能力で上回られてしまっている。レールガンではかすり傷程度しかしつけられないし、レーザーを使ってしまえばエネルギー残量がなくなる。……どうする」
と、やや消極的になっている。
対してハルトは使える武器は脚部しかないにも関わらず、
「次の一撃に全てをかける」
と息巻いていた。
その二機はほぼ同時に動いた。リントヴルムは前に、ヨルムンゴールドは後ろにである。
特にリントヴルムはフルパワーでの一足飛びとスラスターの噴射を同時に行なっていたので、下手をすれば搭乗者二人も気絶しかねない程の勢いで前進している。
それ程のスピードが乗った状態で、飛び蹴りを放つ。
ヨルムンゴールドは現在使える全てのエネルギーをバリアに回してそれを防御しようとした。
(しまった……)
バリアの展開をしたカナヤ自身がそう思った。
彼はこれが悪手だと分かっていたにも関わらず、つい反射的にバリアを選択してしまったのである。
ここで、一か八かレーザーを撃ってみれば勝敗はどうなったか分からなかったが、ヨルムンゴールドのバリアは全エネルギーを収束したとはいえ薄壁を形成するのが精一杯だったため、結果、胸部から上のフレームが千切れ飛んで機能を停止した。
リントヴルムも一足飛びと蹴りの反動で脚が壊れてしまったが、ぎこちないながらもまだ動く事ができる。
故に、勝負はハルト達の勝ちと言っていいだろう。
「終わったね、ハルト」
舌を噛まないようにずっと黙っていたシライシが口を開いた。
これによって彼は勝利というものを実感した。
彼女程の腕を持つ人間が、終わったと判断したのだから本当に決着がついたのだろうという思いである。
「しかし、かなり辛勝だがな。脚も蹴りの反動でもうまともに動かないし、リミッター解除の状態を解いたとしても十分も稼働できないだろう……」
「十分動けば充分だよ、ここからさっさと逃げないと」
リントヴルムも機体の頭部が半壊している為、センサーの精度はかなり落ちてしまっているが、予備隊の増援がヨルムンゴールドを止める為に接近しているという事は二人にもわかる。
ヨルムンゴールド程ではないが、彼等の機体もアンノウンではあるのでここにいたら事情徴収を受けることになりかねない。
そのため、リントヴルムは勝利の余韻に浸る間も無くボロボロになった羽を広げて海の方へと飛び立っていった。
後に残されたカナヤ、タナカはタジマはどういう訳か静寂を感じていた。
ただ、施設が燃える音や、遠くから消防車の音なども充分聞こえる距離である。
それでも、ここでは何も起こらなかったと思おうとする心が三人の感覚を鈍くしていた。
「負けたのか? 俺たちは」
タナカが燃え盛る施設を見ながらその場の二人に問いかけた。
元来、火を見るのが趣味の男ではあったが、今回は敗北の是非を確認する目的で見ている。
「一応、上半身が吹っ飛んだ今の状態からでも、三カ月くらいあればフレームは自己再生する事は出来る。しかし、勝ち負けとなるとな……」
一応カナヤはそう答えたが、表情は上の空である。
「どうでもいいけど、ここから逃げた方がいいんじゃないか」
とりあえずタジマはそう提案したが、カナヤは
「これを放置して行くわけにはなぁ……」
と乗り気ではなく、タナカも
「カナヤが行かないのなら俺も行かねぇ」
との事だった。
二人が行かなければタジマも行く場所が見つからないので、
「ヨコヤマへの指示は無駄になりそうだな」
と言ってその場に座り込んだ。
約一時間後、駆けつけた警察に三人は確保された。
警察の中にトヨオカがいなかったのは、ちょっとした当てつけの意味を込めているつもりである。
トヨオカは何度か攻撃されたものの、それ以上に何度も助けられているリントヴルムの情報を有志の協力者として情報を流していたため、海の上を低空飛行するハルト達は何とか移動出来ていた。
実際のところ、とうの昔に彼等は発見されており、いくらリントヴルムでもマッハ二以上のスピードを出せる戦闘機を振り切る事は出来ないので、本来なら既に捕縛されていてもおかしくない。
ただ、予備隊の増援や警察はリントヴルムがヨルムンゴールドを機能停止に追い込んだ事もセンサー等から知っており、トヨオカからの通信の事もあったので、見逃されているというのが実態に近いだろう。
「あと何分くらい動ける?」
やや心配そうにシライシが尋ねた。彼女もこの機体に思い入れが出来始めていたが、それにしてもワンオフという整備性の悪さや、活動時間の短さ、他の機体に比べて少し大型であるため被弾しやすい事など気になる事が多々あったのである。
この機体は活動時間の短さもさながら、ヤマカガシについていたような脱出機能がついていないので、彼女が今この心配をするのも自然な事だろう。
「八分くらいなら大丈夫そうだ。だが、スラスターの調子が悪かったのが気にかかるな……」
そう言った矢先に不調だった方のスラスターが停止してしまった。
「ハルト!」
「ああ!」
ハルトは片側のスラスターを停止させ、もう片方でバランスをとるようにしながら機体を動かした。
しかし、速度が落ち、バランスも悪くなってしまっているので元々高高度を飛んでいたわけでは無かったが、さらに低くなってしまった。
完全な状態であれば海面に叩きつけられても問題ないだろうが、ダメージを受けすぎている今の状態では着水した瞬間にバラバラになる可能性があり、下手をしたらコックピットの耐衝撃システムが作動する間も無く二人は海の藻屑となるだろう。
そんな折、とうとうもう片方のスラスターも停止してしまった。
一応燃料は残っているが、先ほどの戦闘で少なからずダメージを負っている上に、ここにきて酷使し始めたのでどこかしらおかしくなったのかもしれない。
「ハルト、どうにか機体を仰向けにしてスラスターユニットを外して」
急にシライシがそう言った。
ハルトには彼女が言っている事が分からない。
現状、スラスターユニットは命綱のような物なので、それを外す意図がどうも読めないのである。
しかし、特に躊躇うことなく
「分かった」
と言って外した。
と、同時にアナザーキールバック戦で破壊され、デッドウェイトとなっていた尾を外されたスラスターユニットに向けた。
切断されてしまっていたので出るかどうかは一か八かだったが、レーザーは僅かに出た。
それは破損したスラスターユニットの中でも特に脆くなっている箇所を突いて爆発させた。
さらに、レーザーを出した尾の残骸も誘爆する。
それらの爆風を利用して着水時の衝撃は和らいだ。
ただ、爆発と着水でガタがきていた脚部がもげた上に、元々耐水性が低い事もあって機能を停止した。
機体はゆっくりと海中へと沈んでいき、少しずつコックピットにも水が入ってくる。
「一応、粉々になるような事は無かったみたいだな。もう既にこれ以上ないくらいにボロボロなのに、爆発に耐えるとは流石に頑丈だな」
ハルトはとりあえず一安心したが、コックピットハッチが開かないので余裕をぶっこいてもいられない。
彼も水没した車からの脱出方法くらいは心得ているが、この機体の装甲は車の窓とは違い、靴下に小銭を数枚入れて縛りそれを振り回してぶつけただけでは壊れるという事はないだろう。
ほとんどコックピットが浸水仕切った状態になれば外からの水圧と内側からの水圧が近似するので開きやすくはなるが、手動で、それも水中で金属の扉を開けるほど腕力に自信があるわけでもない。
つまり、現状助けを待つ以外にできる事が無かった。
「このスピードなら一時間くらいは何とか耐えられそうだけど、それまでに来てくれそうな人に心当たりはある?」
尋ねられたハルトには一応当てはあった。
ショウゾウがリンガルスⅡを借りて来てくれるという線である。
しかし、いくら最新の市販機とは言えセンサーが優れているというような話は聞いた事がないので、彼等がいる場所を探知する事は難しいだろう。
仕方なく、
「無い訳じゃないがどうなるかは分からない。ただ、ここから出る策はある。水がここを満たせば内外からハッチにかかる水圧の差が変わらなくなるからそこを見計らって開けるしかないだろう」
と、水没した車から脱出する方法を言った。
この方法についてはシライシも知っており、彼と同じくそんな事でここから脱出できるとは思っていないが、他に方法が思いつかないので
「まぁ、それしかないか」
と、言った。
コックピット内を水が満たすまでしばらく時間がかかる。
その間二人は不安を紛らすために雑談をしていたが、とうとう顎辺りまで水に浸かり始めた。
「そろそろ押してみるか?」
「やってみようか」
二人はハッチを押し開けようとしたが、海水で冷やされた身体では力が入らない上に、そもそもいつも機械のサポートを受けて開閉している金属の分厚い扉など二人だけの力で動くようには作られていない。
「よりにもよって溺死が死因とか一番嫌なんだけど。見つかった時多分膨れ上がってるじゃん」
嘆息しながらシライシが言う。
先程死にかけたからか、恐怖はあまり感じていない。
「君と同じ棺桶なら俺としては悪い気分じゃないがね」
ハルトも諦め始めているのかそんな冗談を口にした。
「そう。それじゃあ、今までスナイパーとスポッターみたいな関係だったけど、今からは運命共同体だね」
「スナイパーとスポッターか……。高校生の恋愛以上の関係をお前に感じていたが、そう言われれば確かにそうかもな」
そう言った後二人の会話は無くなった。
上昇した水位が二人の口を塞いだのである。
水位はその後もゆっくりと上がり続け、ついにはコックピットを満たす。
満杯になって呼吸が出来なくなった後、シライシはハルトの口に自身の口をつけてきた。
お互いに体内の空気を使って呼吸をしようという発想であるが、正直ヤケクソで考えついた事である。
それでもとりあえず二分程持たす事が出来た。
これが二人の生死を分けた。
コックピット内の水位が徐々に少なくなり始め、ついには大きな穴が空いて中の水が一気に外に流れ出たのである。
その空いた穴から
「二人とも無事か!? 」
という声が聞こえてくる。
声の主がショウゾウだという事はすぐに分かったが、どうやってこの場所を見つけ出したのかがハルトには今一分からない。
しかし、穴から外に出てみるとすぐに判明した。
彼はリンガルスⅡではなくレドームをつけたヤマカガシでここに来ていたのである。
リントヴルムの胴体の残骸から出て来たハルトの姿を見たショウゾウは、
「ひしゃげた追加装甲がなかなか外れなかった時は間に合わないと思ったが、どうにか間に合ったようだな」
と、安心したような声を出した。
ただ、ヤマカガシが立っているのは水中の丁度いいところにあった岩場であり、まだ岸から遠く離れた場所である。
そのため、ショウゾウは二人をコックピットに乗せ一度岸へと戻ることにした。
ヤマカガシの手を離れ、リントヴルムは海中へと沈んでいく。
その姿を見送りながら、ハルトとシライシはヤマカガシに乗り込んだ。
一人乗りの設計であるため三人で乗るにはかなり狭く、ショウゾウの膝の上にハルトが座り、その上にシライシが座るという形で座っている。
その状態でどうにか岸までたどり着くと、機体をトレーラーへと仕舞い、トレーラーで工場へと戻った。
トレーラーの中で、
「しかし、この機体は水中適正を失ったと聞いていたのですが」
と、シライシが尋ねたのでショウゾウはその事について説明をした。
二代目ヤマカガシはタイガーキールバックを改造して作られているため、脱出機能がついていた初代より構造自体はシンプルである。従って、初代でオミットせざるを得なかった耐水性も復活しておりここまで来れたという事である。
横でそれを聞いていたハルトは
「これで三回目だな。お前に助けられたのは……」
と呟き、機体が積載された荷台の方を振り返った。




