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グリーンパイソン

 金曜日になってもヤマカガシの外観の偽装は完了していなかった。曰く、今週になって埋蔵金発掘に参加するという人間からの絡繰人形整備の依頼が急激に増え、ショウゾウは自分の作業をあまり行うことができないでいたとの事である。

「明日どうするんです? 一応半分以上は終わっているみたいっすけど、それじゃあまだ流石にグリーンパイソンには見えませんよ」

 苦笑しつつハルトは言った。当初彼は埋蔵金発掘イベントにそこまで乗り気ではなかったが、この一週間で悪路を進むイメージを膨らませたりしているうちに少しだけイベントが楽しみになってきていたので、自然と

「今回は諦めましょう」

 とは言わなかった。

「仕方ない、明日はグリーンパイソンで行ってくれ。パワーが無いから大して威力は出ないが、あのハンマーは一応グリーンパイソンでも振る事はできる。ヤマカガシについては発掘当日はそれほど依頼は無いだろうから土曜を丸々使って改造しておく」

「慌てなくていいっすよ。まぁ、間に合わなくても最悪緑色のスプレーかなんかで塗装すれば多分バレないんじゃないっすか?」

「何缶使うつもりだよ…そもそも、塗装の技術も設備も俺にはない。必要なら仲間にやってもらっているからな。それに、発掘にくる連中は人気が廃れてからも絡繰人形を持ち続けていた奴等だから多分すぐバレるぞ」

 冗談を交えつつ話しているとハルトは自分がグリーンパイソンを操縦できるかどうかが気になった。彼はヤマカガシには乗った事があったが、グリーンパイソンには乗った事がない。

 そこで、

「少しグリーンパイソンを動かしてみていいっすか? こっちは使った事ないんで」

 と言った。

「構わないぞ」

 と、ショウゾウは快諾した。

 承諾を得るとハルトはすぐにグリーンパイソンに乗り込み起動させた。こちらはヤマカガシと違って外国から輸入した機体だが、操作方法は変わらないようである。

 ペダルを踏んで少しだけ前進させた。

 滑らかに動くヤマカガシとは違い、動きが機械的である。さらに、動く度に機体が少しだけ揺れるため、長時間搭乗することには適さないであろう。

(明日はこれで一日か…エチケット袋が必要かもな)

 ハルトは試乗した事で少しだけ翌日が不安になってきた。


 絡繰人形は発掘現場の山の麓までは偽装が施されたトレーラーで運ばれた。ハルトはそもそも運転できない上に、荷台に積まれたグリーンパイソンに既に搭乗しており、ショウゾウはヤマカガシに偽装を施さなければならないので、運転しているのはショウゾウの仕事仲間ミタライ・タケシである。

「お前も災難だったな、あのおっさん一度やりたいと言い出したら人の話を聞かないだろう」

 トランシーバーを使ってミタライがハルトに話しかけてきた。

(絡繰人形ってのはトランシーバーとも話ができるのか)

 と少し意外に思いながら、

「でもまぁ、絡繰人形を動かす事自体は俺も結構楽しんでますし、気にならなくなってきてますけどね」

 と言った。

「そうか、だがその機体はヤマカガシなんかとは少し勝手が違うから気をつけろよ。あっちはちょっとやそっとじゃ駆動音や揺れは感じないが、それはやたらうるせぇし乗ってるうちに気持ち悪くなってくることもあるぞ」

 ミタライからそうアドバイスがあったが、そのことについてハルトは試乗した際になんとなく気づいている。

(やっぱりそうか…)

 少し気を落としながら

「まぁ、うまくやりますよ」

 と、消えるように呟いた。


 麓に到着すると既に主催者である山の持ち主と、地元新聞の記者、ハルト以外の六人の参加者が到着していた。参加者は三人程機体を降りており、主催者と何か話をしている。

(全員降りているわけではないみたいだ、これなら降りずに済みそうだな)

 そう思って少しホッとしていると、

「マツシマ・ゴンゾウさんですね? 強制ではありませんが、親交を深めたいので宜しければ降りてきてください」

 と主催者が言った。マツシマ・ゴンゾウというのはショウゾウの偽名である。

「すみませんが、記者の方がいらっしゃるという事は顔写真が載るという事ですよね。できればそういった物には載りたくないので、このまま絡繰人形に乗ったままでいさせてください」

 とハルトは返したが、

「マツシマさん?」

 と、聞こえていない様子である。

 外の声はコックピット内に聞こえているので集音マイクは問題ないようだが、外部スピーカーが壊れているのかもしれない。ヤマカガシの偽装も完了していない状況だったのでグリーンパイソンの整備不足は予想できた事ではある。そのため、こんな事もあろうかとハルトも一応準備はしていたが、正直その策にはあまり自信が持てなかった。

(まずいことになった。主催者は俺がマツシマだと確認できていないから降りて行かざるを得ない)

 そう考えて覚悟を決めると、用意していた苦肉の策である変装を始めた。そこそこ狭いコックピット内でツナギに着替え、ニット帽をかぶり、マスクと銀縁眼鏡をつけて、スマートフォンのカメラ機能で自分の姿を確認する。しかし、それでもせいぜい十五歳程度しか見た目を老けさせる事ができていない気がした。何よりも肌質がどうにもならない。

「いつまでもアクションが無いと怪しまれそうだ、行くしかねぇか」

 そう溜息を吐きながら呟くと機体から降りた。


 ハルトは機体から降りると、そこにいた五人の前で

「マツシマです、本日はよろしくお願いします」

 と、必要最低限の事をダミ声で話した。

 しかし、作り声にも変装にも穴がある状態なので、当然主催者は違和感を持たざるを得ない。

「大丈夫ですか? 声が変みたいですが」

 と、やはり聞かれた。

「風邪が直ったばかりでしてな。本当は降りようとは思わんかったのですが外部スピーカーが壊れていたので降りてきた次第です」

 ここまではどうにか誤魔化せる。しかし、

「そうですか、それにしては随分と生気に満ちた眼をしておられるようですが? 顔も以前申し込みに来た時よりも何処と無く若々しいですし」

 と重ねて聞かれた。見た目を褒められているわけではなく、質問のニュアンスが強いため、

「ありがとうございます、年齢よりも若いってよく言われるんです」

 とは言えない。さらに、ショウゾウもといゴンゾウ本人かどうかを疑われている状態なので安易に

「そんな事は無いと思いますけど」

 などと言ってしまった場合は向こうの思う壺となって、それを見越した追撃の質問がくる可能性がある。

 ハルトは少しテンパった挙句、

「見た目なんて案外化粧でどうにかなるものですぞ。このマスクも風邪のためではなく実は女装を隠すためのものでしてな。昨日化粧を落とすのを忘れてしまったので急遽マスクをつけて参加した次第です」

 と言った。

(我ながら馬鹿なことを言ったものだ、流石に苦しいか?)

 そう思い少し冷や汗をかいたが、この一言で目の前のマスク男を変な奴だと主催者は認識したらしく、

「そうですか、時間になったらまた合図を出しますんで準備の方よろしくお願いします」

 と話を切り、それ以降は話かけてこなかった。

 それからしばらくして、主催者からゴーサインが出たので他の参加者が機体を進め始めた。

 それを見てハルトもペダルを踏み、周りの参加者にぶつからないように気をつけながらグリーンパイソンを進めて行く。

 しかし、他の慣れている参加者はともかく、まだ乗り始めて四半期も経っていないハルトはどうしても地面に足を取られて転倒しそうになったり、機体を必要以上に木に擦り付けたりしてしまっている。それを見ていたのか参加者の一人が、

「どうしたあんた? もしかして慣れていないのか?」

 と、ハルトに通信してきた。スピーカーから聞こえてくる声にも、画面に映る顔にも見覚えが無い。先程降りていたメンバーでは無いようである。

 ハルトは自分を映すカメラをオフにしつつ、

「ああ、悪路を移動するのは初めてだ」

 と、言った。するとすぐに、

「絡繰人形は身体の延長とも言える。だから、普段あんたが山登りの際に気をつけている事を意識するだけでかなり動きやすくなると思うぞ」

 とアドバイスがあった。外部スピーカーが壊れていたので他の通信機能も無事かどうかハルトは少し心配していたが、どうやら他機のコックピット内のスピーカーへは通信できるらしい。

 しかし、アドバイス自体はどう活用していいかわからない内容である。

(そもそも普段山登りしないからなぁ…)

 と思いつつも、

「すまんな、参考にする」

 と礼を言った。


 ハルトは埋蔵金が埋まっているポイントに到着する頃には悪路にも慣れてきていたが、代わりに吐き気が操縦の邪魔をし始めていた。他の機体の挙動に変化はなく、到着するなり掘削作業を始めたため、酔っているのはどうやらハルトだけのようである。

 しかし、いつまでも何もしないわけにはいかないのでハルトも操縦桿を動かして地面に杭を打ち込みつつ、ハンマーを振り下ろした。一撃地面に叩きつける度に衝撃がコックピットを揺らす。

 十発程打ったところで、ハルトはいよいよ気分が悪くなってきた。

(これは駄目だ)

 操縦席の傍に置いておいたエチケット袋を取り出し、溜め込んでいたものを吐き出すと、落ち着くべく水を飲んだ。

 その間手が止まる事になったので

「どうした? 手が止まっているようだが何かあったか?」

 と、他の機体から通信が入った。

(吐いたのがバレたら大して腕がない事がバレてしまうな、言うべきだろうか)

 と考えていると、先程アドバイスしてきた機体から全機に

「その男は山での作業に慣れていないらしい、大方酔いでもしたんだろう。少し休ませてやろう」

 という通信が入った。悪路で酔う事はそれほど珍しい事ではないらしい。

 ハルトはハッチを開けて外の空気を取り入れつつ、しばらく機体の中で掘削の様子を見ていたが埋蔵金が出てくる様子はない。回復してから作業に加わった後も埋蔵金が出てくる事はなく、とうとうこの日は引き上げる事になった。

 引き上げる際、ハルトは二度目のリバースをしている。

 そのため、彼は帰りのトレーラー内で

(二度とグリーンパイソンには乗らん…)

 と、心に決めた。

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