新装備
ハルトが愛機ヤマカガシを再び見たのは入学してしばらく経ってからであった。
オプションパーツが一つできたという事でショウゾウから呼び出されてある日の早朝に確認しに行った時である。
その新しいオプションパーツという物は巨大なハンマーだったが、ハルトにはその用途が分からなかったため、
「何でこんな物を?」
とショウゾウに尋ねた。
「いや、この前の対戦は一対一だったから初心者のお前でも俺と引き分ける事ができたが、これが複数機相手になるとさすがにきつくなるだろう。だから、武器はあった方がいいかと思って造ってみたんだが気に入らなかったか?」
「そうそう絡繰人形同士の戦いなんて無いと思いますけどね」
「まぁ、そう言わずに学校から帰ってきたら試してみてくれよ」
「気が向いたらやります」
そうは言ったものの、彼が上手く扱えるようになりたいのは絡繰人形であってハンマーではない。ハンマーを振る練習が操縦技術の向上に繋がるとはあまり思えなかった彼は、帰ってからも試しに使ってみようなどとは思わないだろうなどと考えながら学校へと向かって行った。
ハルトが教室に入ると、そこでは近くで発見された埋蔵金の話で持ちきりだった。
今朝は新聞やテレビなどを見ていないのでハルトは知らなかったがこの近くで見つかったとの事らしい。
「何でも見つかったはいいけど、重機が入り難い山の中らしいから絡繰人形を募集しているみたいだな」
「俺らは乗れないからこの話は関係ないな。できればそれを手伝って少しお零れをもらいたかったが」
などと教室のいたるところから聞こえてきてハルトは嫌な予感がした。
絡繰人形を募集している、手伝えばお零れを貰えるという二つのキーワードでショウゾウの顔が脳内に浮かんできたためである。
(やらされるんじゃないか?)
ヤマカガシは合法的な機体ではないためその可能性は低いが、可能性がないわけではない。
そこで、隣の席に座っている友人のナカワタセ・ヨシヒロに
「みんな、何の話をしているんだ?」
と尋ね、詳しい話を聞く事にした。
「ん? テレビとか見なかったのか? 何でも近くの山から大量に大判・小判が見つかったみたいなんだ。ただ、そこの地主は金がかかりすぎて発掘することが出来ないから、その埋蔵金の内の一部を分けるという事を餌に絡繰人形を持っている人間を募るみたいだな」
「発掘する前なのに何で小判があるって分かるんだ?」
「さあ? 最近だと山の地質調査にレーザーを使うみたいだから、そういうのを使ったんじゃねぇの?」
分け前といっても雀の涙程度にしか貰えないだろうし、そんな事はショウゾウも理解しているだろう。だが、今工場にはヤマカガシ用の大型ハンマーがあり、彼はそれを試したいはずである。参加させられる理由には充分なり得るだろう。
「まぁ、どっちにしろ俺たちには関係ないさ、絡繰人形なんて今時誰も持っていないし、そもそも多分まだ免許を取得できる年齢じゃないと思うぞ?」
「ああ、そうだな…」
遠い目をしながらハルトは答えた。
放課後、ハルトは可能な限り家に帰るまでの時間を延ばすため、同級生のナカワタセとシライシ・ユウリとともにファミリーレストランへと来ていた。
「しかし、何でまたいきなりファミレスなんぞに行きたいとか言い出したんだ?」
ナカワタセが訝しげに聞いて来た。ここ一ヶ月と少しの付き合いで、ハルトから何かを提案してくるという事は今までなかったので無理もないだろう。
「まぁ、私はいいけどね。ちょうど何か甘いものを食べたいと思っていたところだったし」
あんみつを口に運びながらシライシが言う。
「俺も似たような理由だ、軽く何か腹に入れておこうかと思ったんだよ」
理由としては妥当だろう。小腹が空いていたためあながち嘘でもない。
ナカワタセもそれ以上は怪しんでいる様子はなく、
「そんな事より、お前らテスト勉強どうしてるよ? 確かもうすぐ中間だろ。俺は国語とか社会はどうにでもなるが、英語だけはどうにもならん」
と普通の話を始めた。ハルトも英語はさほど得意ではないので、
「セージがかなり話せるみたいだが、曰く、ボイスチャット使った状態でゲームしてたら自然と喋れるようになったみたいだぞ」
と、当たり障りのない事を言う。一方、シライシは
「私は一旦教科書の英文を訳した後、それをまた英文にしたりしているけど、時間がかかるからあまりオススメはできないかな。まぁ、一番の対策は親しい先輩を持つ事じゃない? その人が一年の頃のテストを持っていれば、それを貸して貰えば大体同じ内容でしょ」
と、予想外の事を言った。
「お前、パッと見だと真面目そうな顔してんのに案外そうでもないんだな…」
ナカワタセが少し呆れて言う。
ハルトは飲み物を飲みながら二人のやりとりを聞いていると、丁度コップが空になった。
立ち上がってドリンクバーへ行こうとすると、
「私にも何か持って来て」
とシライシに言われたため、自分のコップにはコーラを、シライシのコップにはオレンジジュースと大量のガムシロップを入れてテーブルへと持ち帰った。
「あっま…何か細工したでしょ?」
呆れたような顔をしながらシライシは苦言を言う。
「これに懲りたら俺をパシらせようとは思わない事だ」
そう微笑しながらハルトは言った。それをいい終わるとほぼ同時に彼に電話がかかってきた。
かけてきたのはショウゾウで、曰く早く帰ってこいとの事である。
「叔父からだ、早く帰ってこいって言ってるから悪いが先に帰るわ。残ったポテトは二人で食べてくれて構わない」
ハルトは伝票を持ってレジへと向かった。
「悪いなハルト」
「ごちそうさま、マツナガ君」
という二人の声に見送られながらハルトは家へと帰って行った。
「埋蔵金の話は聞いたか? 参加者は次の土日に現地集合だそうだ」
というのが帰ってからのショウゾウの第一声だった。彼は参加するつもりでいるらしい。
「ヤマカガシは使えないんじゃないっすか? 格納庫から出すのにあんな面倒な手順を踏んでいるところを見ると、あれ届け出とか出していないんでしょう? それに、やっぱり絡繰人形を動かすのに免許必要じゃないっすか。免許を持っていない俺はどっちにしろ参加できないんじゃないっすか?」
ハルトが行けない正当な理由を羅列すると、
「俺の名前で申し込んでおいたからコックピットから降りなけりゃ免許が無くても大丈夫だろう、コクピット内のカメラはオン・オフできるし、スピーカーにはボイスチェンジャーもついているから他の参加者と話す際はそれを使えばいい。ヤマカガシの外観についてはガワだけグリーンパイソンにすりゃ案外バレないもんだぞ。免許についてはテキトーな事を言って悪かったな、しかし、ヤマカガシは元々合法的な機体じゃないから免許の有無は関係ないだろう」
と、若干開き直った返しをしてきた。重ねてショウゾウは
「反応速度が年々落ち続けている俺ではあの機体は扱い切れず、いいデータが取れないんだ。参加者に渡される埋蔵金についてはお前が受けとってくれて構わないから、是非参加してくれ」
と言った。
(よほど、新装備のテストをしたいんだろう)
ショウゾウの熱意を見たハルトは協力してやりたいという気持ちが少しだけ湧き上がってきた。それに、埋蔵金が見つかったのは山の中らしいので、当然そこまでは絡繰人形を使わなければ辿り着けない。悪路を踏破するというのも、操縦技術の向上にはまんざら無駄ではなさそうであると考えたハルトは、
「土曜日までにヤマカガシの外観を変えておいてください」
と言った。