シュミレーター
アルバトロスでの密会以降、学校ではハルトとシライシが交際しているという噂が一部で流れたが、ナカワタセやトキ、ムトウ等彼らと関わりのある人間が弁明を図ってくれたため、二日ほどで噂は終息し、そのまま土日休みに入った。
が、その土曜日にはシライシがショウゾウの工場へと来ることになっており、ハルトは最寄りの駅まで彼女を迎えに行く手筈になっている。
(学校の奴に見つかったらまた再燃しやしないだろうか?)
と、少し不安を抱きながら彼は駅へと向かって行った。ただ、心情とは裏腹に彼に吹き付けて来るそよ風はからりとした爽やかなものであり、なかなか心地良かった。
その風を浴びながら足速に進み、駅に到着すると彼女は既にそこで待っていた。
「先に待っていて貰えると嬉しかったんだけど」
というのが彼女からの第一声である。
批難を含意した文言ではあったが、彼女はさして不機嫌ではなさそうだったので
「悪い、ちょっと道に迷ってな」
と、ハルトは冗談を交えて言ってみたがウケなかったらしく、
「まぁ、いいや。行こうか」
と、スルーされた。
軽く挨拶を終えると、すぐに二人は徒歩でショウゾウの工場へと向かって行く。
この付近は工場が立ち並んでいる地域であり、普段は人通りも多過ぎず少な過ぎずという地方都市特有の情景を成しているが、この日は土曜なだけあって稼働している工場も少なく、不思議と車の通りも少ないため、かなり静かであった。
ハルトはシライシと秘密を共有するようになってからは、より彼女への親近感を感じており、今のようにお互いに黙ったままでも悪い気はせず、むしろ心地いいという境地に達している。
その静寂を崩すかのように
「マツナガ君の叔父さんってどんな人?」
と彼女が彼に尋ねて来た。静寂のみならず彼女との話も割と楽しいと感じている彼は
「あまり悪い人ではないと思うが、変な人ではあるかもな。俺が民間機による事件に首を突っ込んで解決するようになったのも叔父に頼まれたからなんだが、その動機が『町を守りたいから』とかじゃなくて『ヤマカガシの性能を確かめてみたい』ってもんだったし」
と少し長々と言った。
「無免許運転と場合によっては危険な仕事をするように言われておきながら悪い人じゃないなんて、なかなか信頼しているんだねぇ」
と彼女は返す。解釈の仕方によっては嫌味にも聞こえかねない言い回しだが、彼女の言葉に他意はなく、彼にもそうは聞こえなかったので
「言われてみればそうだな。もしかしたら、両親よりも叔父といる方が居心地がいいかもしれん。あまりに危険な仕事の場合は止めてくるが、基本的には俺の自由意志を尊重してくれるから窮屈さがないしな」
と、言った。
「スパイダーテイル戦は危険な仕事に入らなかったの?」
「遠回しに止められたさ。準備が終わってないから出撃できないってな。あれは、俺が行きたいって言って出て来たんだよ」
と言ったところでショウゾウの工場に到着した。
ハルトには行きよりも帰りの方が時間が短い様に感じた。
工場には先客がおり、二人がそこに入ると入れ違いで出て来た。
外にパトカーが停まっていたので警察関係者らしい。
その男はすでに用を終えたらしく、二人に軽く会釈をすると、そのままパトカーへと乗り込んで帰って行った。
(まさか、ヤマカガシの事がバレたのか)
と、思ってハルトはショウゾウに尋ねてみたところ、
「いや、俺がオート・エト・ロタイ社の競技用絡繰人形の開発協力をしているとどこかで聞いたらしく、そのツテを使って警察機を安く仕入れられないかと相談を受けていたんだ。ここ最近、絡繰人形を使った事件がやたら多発するようになった上に、その事件には高性能機が関与している事も増えてきたからどうも自警団だけじゃどうにもならなくなってきているらしい。だから試験的に導入して様子を見るとのことだ」
ということだったので、ひとまず胸を撫で下ろした。
「それで、それは請け負うんですか? もし、請け負うのであれば整備のために頻繁に警察関係者が出入りするようになるんじゃないっすか?」
「本来の業務にさし障るとか、たぶん値下げはして貰えないなんて言ってもしつこく食い下がって来たから仕方なく引き受けた。国内で生産している軍用機ではパワーが過剰過ぎるし、民間で使われているような物は逆にパワーがなさ過ぎるから、競技用ってのはよっぽど丁度いいんだろう」
ショウゾウはそこで話を一旦切り、
「ところで、その子が今日来るって言ってた子か?」
と、シライシの方を向いた。
「はい、私はシライシ・ユウリと申します。本日はお詫びとお願いがあってお邪魔致しました」
とシライシが答える。すると、すぐに
「ヤマカガシのことなら気にしなくていいよ、君もハルトも無事だったしそれでいい」
とショウゾウが言ったため、シライシは少し戸惑った。彼女はもっと怒られる事を想定しており、どう謝罪しようかとずっと考えていたのである。
彼が謝らなくていいと言うので用意していた謝罪文は全部無駄になってしまったが、それでも一言何か言っておこうと思い、彼女は
「それでも謝らせてください、申し訳ありませんでした」
と、言った。
その後、ショウゾウは重苦しい空気になる事を避けたのか、突如話を変え、
「分かった。それはそうと、シュミレーターが完成したんだが二人ともやってみないか? サイドワインダーやスパイダーテイルだけではなく、今度製造する予定のリントヴルムって機体のデータも組み込んでいるからいい練習になると思うぞ」
と、彼の提案でハルトはリントヴルムを、シライシはサイドワインダーを相手にシュミレーションを行う事になった。
まず、シライシがグリーンパイソンのコックピットへと入って行き、シュミレーターを立ち上げると、スクリーンにはカミシモ重工の工場の景色と、サイドワインダーが映し出される。
そして十カウント挟んだ後、シュミレーションが始まった。
サイドワインダーはコバヤシ・チョコメロディが操作していた際の挙動を参考にしているので、特定の武器しか使って来ない上に、格闘戦は下手くそであるが、その有り余るスピードとパワーを使って攻撃を仕掛けて行く。
シライシが今操作しているのはヤマカガシのデータであり、彼女はそれを動かすのは初めてだったが、器用にその猛攻を避けつつ敵機の分析をする。
「レーザーとライフルさえどうにかすればいけそうだな」
そう呟くと、サイドワインダーに向けてサーマルガンを撃ちながら工場へと接近して行く。そして、工場の壁を突き破って長剣を拝借するとスラスターを全開にしてサイドワインダーへと急接近して行った。
間合いへと入り込んでレーザー発生装置と右腕を切り落とし、武器を完封すると、そのまま各関節とコックピットを潰してシライシは勝利を収めた。
「サイドワインダーはパイロットのデータをもう少し強化した方がいいかもですね」
と言いながら彼女は出て来る。
(冗談だろ?)
と、外で同じ映像を見ていたハルトは思った。彼はリミッター解除をしなければたとえヤマカガシと言えども、サイドワインダーは倒し得ないと今まで考えていたが、今回彼女はそれを使っていない。
(機転と機体性能でカバーしていたが、俺とシライシの実際の腕の差はかなりあるようだな)
と、少し落胆しながらハルトはグリーンパイソンのコックピットへと入って行く。
彼の相手はリントヴルムという機体であり、性能は未知数である。なので、その性能差をより感じる事ができるように相手パイロットには自分のデータを使う事にしてシュミレーションをスタートさせた。
すると、真っ白な空間にぽつんと佇立している一機の黒い絡繰人形がスクリーンに映し出された。悪魔の羽のようなスラスターユニット、龍の角のようなアンテナ、剣竜類の背ビレのような放熱板、見るからに強靭そうな爪を持つその機体はまさにリントヴルムという名がふさわしい佇まいである。
十カウント後すぐにシュミレーションが始まり、リントヴルムはハルトが動かすヤマカガシへと突っ込んで来たが、彼は対応できずに吹き飛ばされた。その機体は推進力、パワー共に少なくともヤマカガシの倍はあるため反応が追いつかなかったのである。
(これはリミッターを解除しなければ勝負の土俵にすら立てんな)
と、彼は判断しリミッターを解除して反撃を試みるが、リントヴルムとヤマカガシでは一撃の重さも防御力も違うらしく、戦闘を始めておよそ一分後には大破させられてしまった。
「これ、本当に作れるんですか? リミッター解除を使っても歯が立たないんですけど」
と、ショウゾウに言いながらハルトはグリーンパイソンのコックピットから出て来る。
「普通の状態でヤマカガシのリミッター解除状態以上のパワーがあるからフレーム構成材が少なくとも二倍は必要だし、その分重くなるからそれに見合ったジェネレーターをつけなきゃならなくなるが出来ない事はない。それに、その機体にも燃費が悪すぎるという弱点があるぞ」
と、ショウゾウが返す。
すると、
「もう一つ弱点がありますよ、これ」
と言ってシライシが会話に混ざってきた。彼女はハルトがシュミレーションをしている間、ショウゾウからリントヴルムの資料を借りて軽く目を通していたらしく、その際に気づいた事があるらしい。
「弱点? どんな?」
とハルトが尋ねる。
シライシは、
「武装の貧弱さですよ。今のところこの機体は遠距離の攻撃に対応してないみたいですね」
と言い、重ねて
「この設計図、私とハルト君で少し手を加えてもいいですか?」
とショウゾウに尋ねてみた。
(この子、結構グイグイ来るな)
ショウゾウは少しそう思ったが、やる気のある学生というのは見ていて悪い気はしなかったので、特に止める事なく承諾した。




