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三つ巴 シライシとレティック・スパイダー

 シライシは特にこの日は何をするでもなかったが、レティキュレートを隠してある廃工場近くに来ていた。彼女は年を越す前には既に機体の修理と強化を終えており、この日は特に動かす予定もなかったので本当に気まぐれで散歩がてらここへと来ている。

(折角来たんだからアルバトロスで何か食べて、廃工場の様子を見てから帰ろう)

 そう考えて洋食屋アルバトロスへと入ると、以前、ハルトと来た時に座った席へと案内された。

 チーズケーキと紅茶を注文しそれらが運ばれて来るまでの間、彼女は店内に流れるジャズの旋律を聴きながら物思いに耽り始める。

 考えている内容は、ハルトの事であった。ハルトがレティキュレートのパイロットが彼女ではないかと疑っていたように、彼女もまた彼がヤマカガシのパイロットだろうと考えていたのである。

 彼女が最初にその疑念を抱いたのは、スパイダーテイルと戦っている時にヤマカガシが助太刀に入って来た時であった。

「殺そうとしてた奴に助けられた気分はどうよ、やっぱり悔しいかね?」

 そう彼女を茶化しながらヤマカガシは上空から現れたが、その茶化し方が何となくハルトに似てると彼女は感じたのである。ただ、この時のヤマカガシの外部スピーカーから聞こえて来る声は加工されており、後々考えてみれば茶化し方に似ているも何もないなと思い直しているので、せいぜい頭の片隅に置いておく程度の疑念であった。

 疑念が真実味を帯びてきたのはその翌日、彼に尾行された時である。

 ハルト曰く、彼女を尾行して来た理由は彼女がいつもとは全然違う方向へと帰るので気になったとのことだったが、この程度の理由で学校からかなり離れたこの地域まで歩いて来るとは考え難い。さらに、ここで一緒に軽く食事を取った際に彼は彼女にどうでもいいような質問を繰り返しているが、普段の彼は会話を質問だけで構成するというようなことはあまりしない。これは回答の中から絡繰人形に繋がる何かを探し当てようとしていたのかもしれないと、質問に答えながらその時の彼女は考えていた。

 その帰り道のタクシーの中で、彼女は文化祭でのレースの事を思い出して疑惑はほぼ確信に変わり、

「まだ君じゃあ私には届かないけど、私の絡繰人形じゃ君の絡繰人形には届かない。いずれ戦う事になるだろうからもう少し待っててね」

 などと呟いてしまったが、本当に戦って良いものなのだろうかという事をそれ以降ずっと悩んでいたのである。

 確かにヤマカガシは夏場初めて遭遇した時よりも強化されているらしいので、倒してパーツを奪う事が出来ればレティキュレートの強化に繋がるだろう。さらに、あの機体は以前遭遇した時はレティキュレートよりもやや性能が上だったので強化された彼女の機体のテストをするにあたっては最適の相手である。しかし、彼にはスパイダーテイル戦で助けられた恩もあり、それ以前に学校の友達である。戦うとなれば当然お互いに怪我をするリスクが発生するが、友人を傷つけると考えるとどうしても良心の呵責に苛まれる思いがするようだった。

「ふぅ」

 と考えが纏まらなかったからか彼女は溜息を吐いた。店内に流れるジャズピアノやドラムの律動が彼女には何となく雨音のように聞こえ始め、ふと自分の悩みも洗い流してくれはしまいかなどという思いが頭を過ったが当然そんなことはない。

 そうこう考えているうちにチーズケーキと紅茶が運ばれて来た。

(頭の回転を良くするには丁度いいかもね)

 味を楽しもうと思って頼んだ二品だったが、彼女は新たに糖分を摂取するという目的を持ってそれに手をつけた。


 束の間のティータイムを終えるとシライシはすぐに店を出た。

 次に向かう先はレティキュレートを格納してある廃工場である。

 昼なので出撃したら見つかる可能性があり、廃工場に行っても何か特別な事ができる訳ではないが彼女はなんとなく行きたくなった。

 工場の扉を開けて中に入るが特に変わった事はなく、以前来た時と変わらずレティキュレートは壁に腰をかけるような体勢で座っている。

「あんたも半年で随分と変わったね」

 と彼女は何となくレティキュレートに声をかけてみた。

 随分と変わったと言ったが、最早別物とも言っていいだろう。夏場の時点ではグリーンパイソンの性能を底上げしてレールガンを装着しただけの機体だったが、今となっては外装だけでなく素体の一部もサイドワインダーやスパイダーテイルの物を使用している。彼女はワンオフ機などよりも量産機の特別仕様や、実験機に高性能量産機のパーツを使って強化しているような機体の方が好きで、この機体もある意味それに該当すると言えばするが、サイドワインダーやスパイダーテイルのパーツは有限なのである意味ワンオフ機とも言える機体であろう。なので、

(もうどう考えてもレティキュレート・プラスじゃないし、別の名前を考えた方がいいかもしれない)

 と彼女は考えていた。

 その機体のコックピットへと彼女は乗り込み、動かすつもりはなかったが何となく起動させる。

 すると、モニターに遠くで絡繰人形が戦闘を行なっているような反応があった。

 この機体のレーダーはスパイダーテイルに積み込まれていた高性能の物を使用しており、誤作動が少なく、少々の電波妨害があってもかなり正確に表示されるようになっているので、戦闘が行われている事は間違いないだろう。

「三機で一機と戦ってるみたいだな。他に二機が海にいるみたいだけどこっちは動かない。こっちで戦っている四機とは関係ないのかな?」

 彼女は機敏に動いている四機の反応の方へと眼を向けた。

 三機の方はかなりいい動きをしているが、相対している一機の性能が凄まじく、中々勝負が決しないという状況に見える。この一機の機動力は他の三機とは比べ物にならないくらい速く、彼女は軍用機か何かではないかと一瞬思ったが、すぐに別の可能性を連想した。

(ヤマカガシか)

 この近辺で警察予備隊が訓練しているという話は聞いた事が無いのでむしろそちらの可能性が高いだろう。仮に単機で三機と戦っている機体が本当にヤマカガシだとしたら、以前遭遇した時よりもさらに強くなっている。

(戦ってみたいな)

 ふと純粋にそう思い、気づけば彼女は自分の機体を立ち上がらせていた。パーツが欲しいとか、機体の性能を試してみたいなどとはこの時の彼女の頭にはない。

「修理して以降動かしてないから分からないけど、多分ヤマカガシに逼迫するくらいの性能はあるはず。だから今回は夏場戦った時とは違って、マツナガ君との腕の競い合いになる。君にとっては迷惑かもしれないけど付き合って貰うよ」

 彼女はそう言って廃工場から出すべく機体を進めて行く。彼女が抱いていた良心の呵責はまだ一応あったが、

(こんな強い相手を三人同時に相手しているくらいなんだから、マツナガ君も絡繰人形を戦わせる事が好きなんでしょう。それに私はもう既に夏場の時点で彼に喧嘩を売ってしまっている。こうなったら毒を食らわば皿までだよ)

 と考え込んで無理矢理正当化した。

 機体を外に出すと、

「さぁ行こうか、レティック・スパイダー」

 と言って彼女とその愛機は空へと飛び立って行った。

 昼間は仕事等で家族全員外へ出ており家には誰もいないという事が多いので空き巣は夜よりも昼を好むという話があるが、この廃工場付近の住宅街もその傾向があったため、偶然彼女は誰にも目撃されずに飛び立つ事が出来ている。

 そのまま陸地を抜けるまでは高高度で飛行し、海に出てからは高度を低くしてカミシモ重工の工場跡へと向かって行く。

 そこへは海を突っ切って向かって行ったので比較的早く到着した。

 しかし、到着する頃には先程までいた筈の三機の姿は何処にも見当たらず、ヤマカガシが一機でそこにいる。

 彼女とヤマカガシはスパイダーテイル戦では一時的に協力関係にあったので今回は明確に敵である事を伝えるために、とりあえず彼女は外部スピーカーをオンにして

「あんたの機体のパーツを貰いに来たよ」

 と、宣言した。前回はうっかり音声を加工する事を忘れていたが、今回は故意に加工していない。

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