模擬戦
機体を見せてもらったはいいが、ハルトにはショウゾウの意図が今ひとつ読めない。
絡繰人形など最近若者人気に陰りが見え始めている自動車以上に誰も乗っておらず、ハルトもそれに漏れず絡繰人形にはあまり興味がない。
「これを俺に見せた意図を教えてくれませんか?」
彼はショウゾウにそう尋ねた。
「乗ってみたいとは思わないのか?」
「いえ、特には…」
ショウゾウも彼があまり興味を示さなかったようなので試しに、
「参考までに聞くが、高級な時計や服なんて物に興味が湧いた事はあるか?」
と尋ねてみた。
ハルトの回答は
「まぁ無いっすね。今時、時計なんて着けていても、いなくてもどっちでもいいんじゃないっすか? 服に関してもそれ自体は結構どうでもよくて、どちらかと言えばそれを身につける身体に気を配った方が良い気がしますね」
というものであった。
ショウゾウが若い頃は高い車や時計等を購入して綺麗なお姉さんと一緒に過ごすという事が至高の趣味であり、その後絡繰人形が一時的に流行った際も大人気もなくこぞって新機種の情報を集めてたものであったが、ハルトはそれらに見向きもしなかったので彼は衝撃を受けた。無論、彼が衝撃を受けたのは若者の趣味嗜好が変化した事にではなく、自分が時代の変化について行けていなかった事にである。それらを欲する事が当たり前だという先入観からか今まで気にした事が無かったが、考えてみれば家族という概念が消滅し始めている昨今、車や異性などに興味を示さない人間が増えていてもおかしくはなく、時計や絡繰人形についてもあるに越した事は無いが、スマートフォンや重機で充分対応できる。
彼は自分がおっさんにしては常識の変化には聡い方だと自負していたが、認識を改めなければならないなと思い直した。
しかしこれでは、自分を見つめ直す良いきっかけにはなったが、ハルトの好奇心に訴えかけて絡繰人形に興味を持たせるという事は出来そうに無い。
そのためショウゾウは
「もうすぐ高校生だからアルバイトとかどうかなって思ったんだよ、これを俺が指示した通りに動かして貰えればそれでいい。バイト代もそこそこ弾む。やってくれないか?」
と言った。
「バイトするかどうかも決めてないんでまだいいっすよ。友達ができたら、仲間同士で話し合ってバイト先を決めるかもしれないですし。それに、それ乗るのになんか免許とかいるんじゃないっすか?」
「乗るのは問題ない、免許が無くても未成年者はサポート役を立てれば大丈夫だ」
当然こんな嘘が通じるわけもなく、
「とにかく、俺はやりませんからね」
と、ハルトは戻ろうとした。
「分かった、一回だけさっきの二機を使って勝負しよう、俺が勝ったらこいつのテストに付き合ってくれ。負ければもう乗ってくれなどとは言わない」
「何言ってもやらないっすよ」
「負けるのが怖いんだな」
「…」
ハルトは黙った。ショウゾウが苦し紛れに言った一言が存外効いたらしく、彼は静かに闘志を燃やしているような表情をしている。
「別に戦っても負けないっすけど、それ壊れたらおじさん困るんじゃないっすか?」
「それは問題ない、すぐに修理できる。それよりもやるのか? やらないのか?」
「分かりました。そのしょうもない挑発に乗ってあげましょう」
その後、ショウゾウは仲間に連絡して自分が持っているグリーンパイソンと、仲間が持っているグリーンパイソンで練習試合をするという届出を役所に出すと、山の中に彼等が作った広場へ向けてトレーラーで向かった。
申告は偽装のためのものであって、当然ショウゾウが所持している二機どうしでの対戦である。
仲間も後で収集したデータを回すという条件で口裏を合わせる事に同意している。
到着するとトレーラーの荷台から機体を下ろし、ショウゾウはグリーンパイソンに、ハルトはショウゾウ秘蔵の機体へと乗り込んだ。
「ルールは単純、先に相手を転倒させれば勝ちだ」
「だけどいいんですか? 俺がこっちの機体を使って」
「こっちは何度も動かしているのに対し、お前はほぼ初見だ。それぐらいのハンデはあってもいいだろう」
再び挑発じみた事を言われたためハルトはさらに闘志を燃え上がらせた。
「俺にこっちを渡した事、後悔しないでくださいよ」
ショウゾウは答えず機体を起動させる。
ハルトも少し遅れて機体を起動させた。目の前のスクリーンに文字が表示された後、すぐに外の様子が映った。
「ヤマカガシ…機体の名前か?」
ヒロイックな見た目とは裏腹に、毒蛇の名前がついていた事に少し違和感を抱きながらハルトは機体を立ち上がらせた。
ハルトがスクリーンを操作して機体の説明を読んでいると、
「画面の端の方に六十って数字が表示されているだろう、準備ができたらそれをタッチしてくれ。タッチしてから一秒ごとにその数字が減っていく。数字がゼロになったら対戦スタートだ」
とスピーカーから声が聞こえてきた。
「分かりました」
とハルトは返事をするが、彼はこの時点では説明を読み終えておらず、通信の方法が分からないのでショウゾウには聞こえていない。
一通り説明を読み終えて、動かせると思ったハルトはスクリーンの数字をタッチした。
六十、五十九と自動的にカウントが始まる。
ハルトは付け焼き刃で操縦方法を覚えたため、この六十秒が妙に長く感じた。一秒経つごとに何か一つ忘れていくような感覚がするのである。
(こんな気分では勝てないな)
そう考えた彼は、前に進んでスクリーンに映る緑色の機体をぶん殴る方法以外の事を一旦考えないようにする事にした。
そして、画面の数字がゼロとなった直後、ヤマカガシは凄まじい勢いで前方に駆け出した。
対して、グリーンパイソンは全力で後退を始めたのである。
ショウゾウが前に向かってくるものだと考えて繰り出されたヤマカガシの右ストレートは勢いよく虚空を切り、バランスを崩しかける。
それを好機と見たショウゾウは機体を後退させる事をやめて、前方へ駆け出し体当たりを繰り出した。急速に方向転換したので結構な衝撃がかかるが、性能が劣る機体であれ程の機体と戦うとなれば隙を見逃すわけにはいかない。
が、そのリスクを負った攻撃は彼自身が造り上げた機体を揺さぶる事すら出来なかった。ヤマカガシはバランスを持ち直した直後だというのにである。
(ダメだ、経験でカバーするには性能差がありすぎる)
そう判断したショウゾウは再び機体を後退させようとするが、左腕を掴まれてしまった。ショウゾウもヤマカガシを使っていればこの状態から投げ技に入ることも可能だったが、グリーンパイソンではいかんせんパワーが出ない。掴まれた手を振りほどく事すら出来ないだろう。
ヤマカガシは既に左腕で殴りかかろうとしている。
(負けたかもな)
ふと、そういった考えが頭をよぎったが、彼もタダで負けるつもりはない。
殴られた直後にヤマカガシの左腕を掴み、思いっきり引っ張った。これなら相手のパワーを利用して転倒させる事ができるだろう。
拳を繰り出した直後というバランスが崩れ易いタイミングで腕を引っ張られたため、さすがにヤマカガシと言えどもバランスを崩さざるを得ない。
二機はほぼ同時に倒れこんだ。引き分けである。
二人は倒れた機体を一旦起こすと、一度外へ出て休憩する事にした。
「引き分けだったな」
コーヒーを飲みながらショウゾウが言う。方向転換と倒れた時の衝撃のせいですっかり疲れ果てているらしく、心なしか缶を持つ手に力がない。
「…」
ハルトは何も答えなかった。同じくらいの大きさの絡繰人形が全力でぶつかってこようが、勢いよく倒れこもうが何の衝撃もない程高性能の機体を使っておきながら、引き分けに持ち込まれたのである。悔しさが込み上げてくるのも無理はなかった。
「実際に乗ってみてどうだった? まだ嫌ならもう乗れとは言わない」
ショウゾウがハルトに尋ねてきた。ここで断れば今後絡繰人形に乗ることもないだろう。
しかし、ここでやめてしまったらこの悔しさを払拭する機会が失われてしまい、モヤモヤした気持ちをずっと持ち続ける事になるかもしれない。
(もっと上手く扱えるようになりたい)
微かに浮かんできた思いに後押しされながら、
「分かりました。請け負いますよ」
と、ハルトはショウゾウの頼みを受け入れる事にした。




