疑惑
スパイダーテイルの事については翌日の学校でも噂になっていた。
ハルトは今朝はテレビにも新聞にも目を通しておらず、どんなことが記載されていたか分からなかったので朝のホームルームまでの間、その噂話を盗み聞きして情報を得る事にした。
その会話の中に混ざって情報を得ても良かったが、昨日のレティキュレートから聞こえた声は彼には聞き覚えがあり、もしかしたら彼の知っている人物の内の一人があの機体を操縦しているかも知れない。そんな中、彼が積極的に話を聞こうとしているところをその人物に見られでもしたら、ヤマカガシのパイロットが彼である事がバレてしまうかも知れないため盗み聞きをする事としている。
ハルトが突っ伏していると、
「絡繰人形をピンポイントで狙っていたから怪我人はあまり出なかったみたいだよ」
「暴れまわった絡繰人形の残骸の近くで、この前工場を襲撃した絡繰人形の破片が結構見つかったらしい。あっちも確か消えていたらしいし、もしかしたら暴走した絡繰人形同士で相打ちになったのかも」
といった話が聞こえてくる。
それに混じって、
「おはよう、どうせ起きているんだろ」
とナカワタセの声が聞こえ、直後、背中を叩かれた。
「ああ、おはよう。俺だから特に何も言わないが、本当に疲れている奴に同じ事やったらお前キレられるんじゃねぇの?」
起き上がりながらハルトは答える。
「他の奴にはやらん、お前限定だよ」
「嬉しくねぇ特別扱いだな…」
苦笑しながらハルトが言うと、
「朝から元気一杯だねぇ」
と、昨日山の上で聞いた声と同じ声が横から聞こえてきた。
声のした方向を向くと、シライシがいた。彼女はやや疲れているような表情をしている。
(そうか、こいつだったか…)
ハルトは彼女の声を聞いて即座にそう思った。
レティキュレートにシライシが搭乗しているという確証はないが、考えてみれば思い当たる節がいくつもある。
ただ、流石に直接その事について聞くのは気が引けたため、
「朝から疲れているようだな、昨日何かあったのか?」
と、ハルトはかなり遠回しに尋ねてみた。
「特に何も無いよ…」
シライシは本当に何も無さそうにそう返す。
直後、担任が教室に入ってきた。
時計は朝のホームルームの時間を指している。
放課後、ハルトはナカワタセに
「今日は用があるから一緒には帰れそうに無い」
と言ってシライシを尾行した。
彼女がレティキュレートのパイロットであれば、昨夜中破した自身の愛機を直す為の施設へと向かうと思ったからである。
本来なら尾行など褒められた事では無く、発見された時のリスクも伴う。さらに、彼女がレティキュレートに乗っていたとしてもだから何だという話ではあったが、なんとなく彼は知っておきたかった。
住宅街を進んで行くシライシの後を死角を利用しながらハルトはついて行く。
しかし、とある角を曲がったところで彼は彼女を見失った。
(確かにこっちに曲がったはずだが…)
ハルトがしばらくキョロキョロと辺りを見回していると、
「何か用?」
と、道路沿いの民家の敷地内からブロック塀の上へと飛び乗ってきたシライシに声をかけられた。民家の敷地に不法侵入して姿を隠していたらしい。
「いや、お前がいつも帰る方向とは全然違う方向へ向かっていたから気になっただけだよ」
道路へとふわりと降りてくる彼女の問いにハルトは答える。その動きを見ていた彼には彼女の流れるような身のこなしが、レティキュレートの挙動に似ていなくもない気がした。
それに対し、
「へぇ〜それでストーキング行為をねぇ」
と、やや意地悪そうな笑みを浮かべながら彼女は言った。彼女を尾行していたハルトには返す言葉が無い。
「お前の不法侵入についても言及しないからその事については言わないでくれ…」
仕方ないのでやや苦しそうに答えた。
「冗談はさておき、こっちにたまに行ってる洋食屋があるんだよ。良かったらついて来て、いつも奢って貰ってるから今日は私がご馳走してあげる」
ハルトは悪い気がしたが、ついて行かなければ真相を確認できない。
「せっかくだから馳走になろう」
そう答えて彼は彼女について行く事にした。
シライシに連れられてハルトは一軒の洋食屋へと案内された。
店名はアルバトロスであり、住宅街にあるだけあって波風を立てないように周囲の景観と調和したような建物だったが、民家ではなく飲食店だと分かる外観をしている。
店内に入るとハルトはコーヒーとサンドイッチを、シライシは鶏肉をトマトソースで煮込んだものとミルクティーを注文した。
頼んだ物が来るまでの間にハルトはいくつか彼女に絡繰人形とは全然関係ない質問をする事にした。直接的に聞かなくても、質問に対する回答や仕草などを観察し、それとレティキュレートのパイロットの癖や話し方等を突合して確認できないかと考えた為である。
「いつもファミレスでは軽い物を頼んでいたイメージなんだが、何で今日はそんながっつりした物を?」
「お弁当を忘れてきたからだよ。本当は夕食が入らなくなるから今食べない方がいいんだけど、今日は朝もそれほど食べていないから流石にお腹が空いてね」
「ならファミレスで良かったんじゃないか? あっちの方が食べる量の調節もし易いだろう」
「そっちには頻繁に行っているからたまには違う物にしてみようかと思ってね」
「しかしながら良くこの店を見つける事が出来たな。学校からも結構離れているし、ファミレスで解散した後、お前が向かう方向から察するに家からもかなり離れているんだろう?」
「この近辺ではここはトップクラスに評判がいいんだよ。私も初めて来た時点でかなり気に入ったから、それ以降ちょくちょく来てるってわけ」
ハルトは色々と話を聞いてみたが、彼女とレティキュレートのパイロットとの共通点は声以外には確認できなかった。強いて言うなら、スパイダーテイル戦で一時的に共闘した時の話し方に似ている事くらいだろう。
(別人なんだろうか…)
そう考えているうちに料理が運ばれて来た。
二人は手早くそれを食べると、
「二人ともここから家が離れているから、暗くなる前に帰ろうか」
というシライシの提案により、ファミレスの時とは違い、無駄話は程々にして店を出る事にした。
店を出た後、住宅街を抜けて大通りに出るとシライシはタクシーを止め、
「マツナガ君も乗って行く?」
とハルトに尋ねた。彼には彼女のその後の動向が気になったが、一度バレてしまった尾行をもう一度やろうという気持ちは湧いてこず、今日はもういいかと思い始めていたため、
「いや、俺は電車で帰るよ」
と、答えた。
「そう、じゃあまた学校で」
そう言うと、彼女は去って行った。
駅に向かう最中、彼は彼女との会話を再度頭の中で思い返してみた。
すると、どうも『二人ともここから家が離れている』という言葉が引っかかる。
(俺は叔父の職業については言ったかもしれないが、住所までは誰にも言っていないつもりだ。適当に言った可能性や電車で俺がどっち方面に行くかナカワタセから聞いた可能性も否めないが、もしかしたら…)
彼には友人を疑う事はいい事ではないという気持もあったが、そんな疑惑も拭えないでいた。
一方、別のところでは
「まだ君じゃあ私には届かないけど、私の絡繰人形じゃ君の絡繰人形には届かない。いずれ戦う事になるだろうからもう少し待っててね」
と彼の疑問に対する答えが呟かれたが当然彼には聞こえていない。




