毒蛇と毒蛇
それからしばらくは事件らしい事件も無く、ハルトの通う学校は夏休みに入った。
ちなみに彼は、テストパイロットとしての仕事が少し落ち着いた事や、中間テストでの失敗の反省もあって期末テストではかなりの好成績をとって一学期を終えている。
この期末テストでハルトは自分は天才というわけではないが、地頭自体はそこまで悪くないので努力すればトップは無理だがそれなりの成績を叩き出せるという事を改めて認識し、これからはこまめに勉強しようと心に決めていた。しかし、いざ夏休みに入ってみると、家と工場と山の中の練習場を往復するだけの日々を送り、それがない時は友達の家に遊びに行くという勉強とは無縁の生活をしていた。
そんな生活を送っていたら、夏休みの半分ほどが終了してしまったので、そろそろ課題に取り組もうとラジオを聴きながら勉強していた日の夜、聞いていたラジオから絡繰人形に関するニュースが聞こえてきた。
その内容は警察予備隊機を生産しているカミシモ重工という会社の工場が、競合他社の絡繰人形の試作機に襲撃を受けているとの事であった。犯人はその競合他社の社員であり、犯行の動機は最新鋭の警察予備隊機に犯人の会社の絡繰人形が高コストすぎて採用されなかったからではないかとか、自身の会社のイメージダウンを狙っての事ではないか、などと様々な事が推測されている。ニュースは、現在自警団の機体が数機で現場に向かっている、と締めくくられていたが戦闘になった場合、民間機では警察予備隊機の試作機には到底歯が立たないだろう。
唯一対抗できるであろう警察予備隊も出動するまでには少し時間がかかると聞いており、治安の維持が仕事である警察はだいぶ以前にロボット犯罪対策課を解体しているため、警察機は残っていても型落ちの物しかないだろう。
(ヤマカガシなら止められるか?)
いつの間にかハルトはそんな事を考え出し、手に持ったシャーペンは次第に動かなくなって行く。
するとラジオから自警団の機体が全機大破、搭乗者の安否は不明という旨の続報が聞こえてきた。
その数秒後にはハルトの部屋からラジオの音が消え、室内には誰もいなくなっていた。
「やめとけ」
というのが、玄関に居たショウゾウからの第一声だった。
彼もテレビか何かでニュースを見て工場襲撃の一件を知っているのだろう。
重ねて、
「基本的に警察予備隊機とまともに戦えるのは警察予備隊機だけだ。ヤマカガシなら可能性が無いことも無いだろうが、それにしてもあんな危険なところにお前を行かせられるか」
とも言った。が、ハルトは事件を早期解決できる可能性を秘めた物が近くにあるのにも関わらず、それを使わないとなると後で後悔する気がした。
「しかし、このまま放っておいても増援の民間機がやられるだけっすよ。少しでも事件を解決できる可能性があって、尚且つ、それで怪我人や死人が少しでも減るかもしれないんならそっちの方がいいんじゃ無いっすか?」
「確かにお前は俺以上に上手く操縦できるようになっているし、ヤマカガシも強化されている。だがな、相手は日々絡繰人形の研究をしている研究者と、俺以上に研究開発費を使える企業の機体だ。そう簡単に勝てる相手じゃ無い」
「じゃあこうしましょう。勝てそうに無い時は早々に自警団の怪我人を回収して撤退、なんとかなりそうならそのまま交戦って事で。とにかく俺はできればあの機体を人助けに使いたいんすよ」
「…」
ショウゾウは少し考えた。
確かに彼はヤマカガシのテストをたまに発生する絡繰人形が絡む事件を利用して行おうとしていた。しかし、それはあくまで小規模の事件を想定しており、今回のように軍用機を相手にするとなると話が変わってくる。今回の相手は盗賊団や民間機を魔改造した程度の機体とは違うのである。
ただ、被害が拡大する前に暴走する機体を止め得る可能性があるのは現状ヤマカガシを置いて他にはいないだろう。
ショウゾウは悩んだ末、
「無理そうだったら本当に退け」
と、言って工場へと向かって行った。ハルトもそれについて行く。
工場に到着し、ヤマカガシを倉庫から出すと、機体には新たに装備が追加されていた。それは、追加装甲と一体になったスラスターで不要になったら外す事ができるとの事だった。
「襲撃されている工場は確かかなり離れたところにある港の近くにあったな。今のヤマカガシならここからそこまではひとっ飛びで行く事ができるだろうが、近所迷惑になるだろうし、危ねぇから一旦山に行くぞ」
「トレーラーで運んで行った方が速いんじゃ無いっすか?」
「いや、飛んで行った方が遥かに速い。さっき調べたら工場へと向かう道は事件の影響か、ところどころ渋滞していたみたいだしな」
話がまとまると、ヤマカガシをトレーラーの荷台へと積み込み、二人は練習場がある山へと向かって行った。
山へと辿り着くとショウゾウは、
「俺も何かあった時の為にこの前のリンガルスⅡを事件現場の近くに潜行させて待機しておく。ただ潜行して待っているだけじゃなく、その間、敵の情報について調べておくから知りたくなったら連絡してくれ」
と、ハルトと打ち合わせをし、最後に
「無理はするな、その機体を捨てなければ自分は助からないと思った時は迷わず捨てろ」
と付け加えた。
「分かりました。じゃあ、気をつけて行ってきます」
そうハルトは言うと、ヤマカガシに乗り込んだ。
思えばショウゾウはこの機体の名前をつける際に、他の機体も基本的に毒蛇の名前をつけているからという安直な考えで名前をつけていた。しかし、今この機体は非対称ジメチルヒドラジンという毒を積んでおり、少し前は僅かながら水中を泳ぐ事ができたので名は体を表すというのは本当なのかもしれないと彼は考え始めている。
(今回も毒牙が敵の機体に通用すればいいんだが…)
ショウゾウがトレーラーの中で不安に思っていると、彼の目の前にいる毒蛇はスラスターを全開にして空へと飛んで行った。
事件の首謀者、コバヤシ・チョコメロディは自分が所属している会社が好きだった。
彼の両親はお互いが愛し合った結果、産まれてくる人間は血の繋がっただけの第三者だという事が分からず、彼が男性だというのに可愛さ重視のクソみたいな名前をつけ、尚且つ操り人形のように育てようとしていた。そのため彼はその逆張りをして、いつからか可愛らしさがあまり感じられないような職業を目指すようになった。
しかし、こんな名前なのでいくらエントリーしても落としてくる企業は数知れず、上手く面接までいっても両親が会社に駆け込んで台無しにし、そのまま落とされるという事を繰り返していた。
そんな中、今の会社は名前などではなく彼の技術に目をつけて採用してくれており、さらに文句を言いに駆け込んできた両親を彼の上司が完全論破して帰らせ、彼から引き離してくれたため、多大な恩を感じていた。
そんな彼が会社への恩を表現したかのような機体、サイドワインダーは多彩な武器を装備する事ができ、自由自在に空を飛べ、さらにこれ以上ないほど頑丈であり、コストと整備性はやや悪かったがそれ以外はほぼ完璧な機体となっていた。
しかし、警察予備隊はそこまで高性能である必要はなく、むしろ、コストと整備性こそ重要視していたためサイドワインダーは最新鋭機として採用されなかったのである。
納得がいかなかったチョコメロディは、
(カミシモ重工の工場を破壊すれば採用してくれるかもしれないな。その破壊活動をサイドワインダーの試作機を使って行えば性能の高さの誇示にもなるし一石二鳥だ)
と、考えて自分が設計した機体を使い、カミシモ重工の工場を破壊し、止めに来た自警団の機体を五機まとめて瞬殺した。
(まだだ、まだこの機体の有用性を表現しきれていない。性能を出し切らないと)
チョコメロディがそう考えていると、突然空から重装甲の機体が飛来した。
「いいところに来たね、早速だけど僕の機体のPRをするための生贄になってもらうよ」
彼は外部スピーカーを使ってその機体に呼びかける。
「えぇ…あんた、刑務所で何のPRをするつもりだよ」
そう答えながらその機体がハンマーを持って向かって来たため、チョコメロディのサイドワインダーも絡繰人形用ナイフを引き抜きその機体へと向かって行った。




